このブログでは、何度か原稿の書き方について述べている。ビジネス書の作家にとって大事なことは、原稿はわかりやすい表現で書くということに尽きる。だが、これがなかなか難しいようだ。たしかに、わかりやすさとひと口に言っても、何を説明するかによって、適当な表現の手法は変わってくるし、文体を子どもにいって聞かせるような形にしたところで、説明している内容が難解なままでは何もわかりやすくはならない。
できるだけ専門用語を使わないということも、わかりやすい説明をするための有効な手段のひとつではある。しかし、それで全面解決とはいかないところが原稿の難しいところなのである。
以前に本稿で、理解の歩幅とか、説明の歩幅について述べたことがあったと思うが、この「歩幅」という言葉も、わかるひとにはわかるが、わからない人にはわからないという指摘を受けた。専門家、つまりわかっている人である作家の「歩幅」と素人である読者の「歩幅」では、圧倒的に作家の歩幅のほうが広い。
したがって、作家が普通に歩く(説明する)とたいていの読者はついていけなくなる。だから、作家は意識して、歩幅を読者に合わせて小さく(説明を小刻みに)して、原稿を進めたほうがよいということが、この「歩幅」の意味である。ところが、問題は「歩幅」だけではなく、歩く道筋のもあったのだ。
わたしは、最近、理系の人たちと企画を進めているうちに、新しい原稿の問題に気がついた。それは、問題提起Aから解決方法Bを説明するとき、AとBは説明されているのだが、AからBに至るプロセスの説明が欠落してしまうという極端な論旨の飛躍(ジャンプ)である。わたしは、この現象を「論旨の瞬間移動」と名づけることにした。
「論旨の瞬間移動」は、文系の作家では少ないが、理系、すなわち製造現場、技術者出身の作家には多く見られる傾向である。「論旨の瞬間移動」が起きている原稿は、どう読んでも話がつながらないという箇所が、次から次へと出てくる。何を言いたいのかはかろうじて推測できるが、なぜそうなるのかがまったくわからない。それが、「論旨の瞬間移動」を起こした原稿の特徴である。
無論、作家の頭の中には、なぜそうなるのか、だからどうするのかというプロセスはきちんと存在している。つまり、A地点からB地点をつなぐ経路は、ちゃんと存在しているのである。しかし、その経路はあまりに普段通い慣れている道筋なので、説明段階で落としてしまうのである。その結果、論旨は突然A地点からB地点へと瞬間移動してしまう。
この瞬間移動のことを、80年代のヒットアニメ『宇宙船間ヤマト』ではワープといった。ヤマトのワープ同様に、作家の頭の中では、論旨のプロセスを大幅に短縮した裏道ができあがってしまっているのかもしれない。しかし、読者にとっては、案内人である作家が突然裏道に入って姿を消えてしまっては、路頭に迷うことになる。作家はみだりに裏道に入ってはいけないのだ。
製造現場やシステム設計の現場においては、作業効率を上げるということは、繰り返しを統合したり、不要な動作を省略することである。したがって、製造現場や技術系の人にとっては、こうした「裏道づくり」は日常的にやってきたことなのだろう。理系やメーカー系の作家に、この傾向が表れやすいのは職業的なクセなのかもしれない。
そして、こういう人に限って「50ページ書いたら終わってしまいました。200ページも書くことがありません」と言う。明らかに説明不足の原稿であるにも関わらず、真顔でそう言われると、かつてはこちらも大いに混乱し動揺を覚えたが、いまではもう慣れたので、次のように答えることにしている。
「いまは50ページですが、抜けている途中のプロセスの説明を埋めていけば、240ページでも足りませんよ」