ビジネス書業界の裏話

編集者泣かせの原稿 その1

2017.03.09 公式 ビジネス書業界の裏話 第27回
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瞬間移動を繰り返すエスパー原稿

このブログでは、何度か原稿の書き方について述べている。ビジネス書の作家にとって大事なことは、原稿はわかりやすい表現で書くということに尽きる。だが、これがなかなか難しいようだ。たしかに、わかりやすさとひと口に言っても、何を説明するかによって、適当な表現の手法は変わってくるし、文体を子どもにいって聞かせるような形にしたところで、説明している内容が難解なままでは何もわかりやすくはならない。

できるだけ専門用語を使わないということも、わかりやすい説明をするための有効な手段のひとつではある。しかし、それで全面解決とはいかないところが原稿の難しいところなのである。

ビジネス書作家は読者の案内人

以前に本稿で、理解の歩幅とか、説明の歩幅について述べたことがあったと思うが、この「歩幅」という言葉も、わかるひとにはわかるが、わからない人にはわからないという指摘を受けた。専門家、つまりわかっている人である作家の「歩幅」と素人である読者の「歩幅」では、圧倒的に作家の歩幅のほうが広い。

したがって、作家が普通に歩く(説明する)とたいていの読者はついていけなくなる。だから、作家は意識して、歩幅を読者に合わせて小さく(説明を小刻みに)して、原稿を進めたほうがよいということが、この「歩幅」の意味である。ところが、問題は「歩幅」だけではなく、歩く道筋のもあったのだ。

わたしは、最近、理系の人たちと企画を進めているうちに、新しい原稿の問題に気がついた。それは、問題提起Aから解決方法Bを説明するとき、AとBは説明されているのだが、AからBに至るプロセスの説明が欠落してしまうという極端な論旨の飛躍(ジャンプ)である。わたしは、この現象を「論旨の瞬間移動」と名づけることにした。

「論旨の瞬間移動」は、文系の作家では少ないが、理系、すなわち製造現場、技術者出身の作家には多く見られる傾向である。「論旨の瞬間移動」が起きている原稿は、どう読んでも話がつながらないという箇所が、次から次へと出てくる。何を言いたいのかはかろうじて推測できるが、なぜそうなるのかがまったくわからない。それが、「論旨の瞬間移動」を起こした原稿の特徴である。

頭の中にある道筋を原稿の上に出そう

無論、作家の頭の中には、なぜそうなるのか、だからどうするのかというプロセスはきちんと存在している。つまり、A地点からB地点をつなぐ経路は、ちゃんと存在しているのである。しかし、その経路はあまりに普段通い慣れている道筋なので、説明段階で落としてしまうのである。その結果、論旨は突然A地点からB地点へと瞬間移動してしまう。

この瞬間移動のことを、80年代のヒットアニメ『宇宙船間ヤマト』ではワープといった。ヤマトのワープ同様に、作家の頭の中では、論旨のプロセスを大幅に短縮した裏道ができあがってしまっているのかもしれない。しかし、読者にとっては、案内人である作家が突然裏道に入って姿を消えてしまっては、路頭に迷うことになる。作家はみだりに裏道に入ってはいけないのだ。

製造現場やシステム設計の現場においては、作業効率を上げるということは、繰り返しを統合したり、不要な動作を省略することである。したがって、製造現場や技術系の人にとっては、こうした「裏道づくり」は日常的にやってきたことなのだろう。理系やメーカー系の作家に、この傾向が表れやすいのは職業的なクセなのかもしれない。

そして、こういう人に限って「50ページ書いたら終わってしまいました。200ページも書くことがありません」と言う。明らかに説明不足の原稿であるにも関わらず、真顔でそう言われると、かつてはこちらも大いに混乱し動揺を覚えたが、いまではもう慣れたので、次のように答えることにしている。

「いまは50ページですが、抜けている途中のプロセスの説明を埋めていけば、240ページでも足りませんよ」

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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