では、どうすれば「瞬間移動」が、読者のついていける「普通の歩幅の移動」になるのだろうか。無意識に飛ばしてしまう途中の経路を意識してなぞるというのは、それはそれで難しいし、煩わしいはずだ。しかし、このひと手間をかけないと「瞬間移動」は克服できない。今回、原稿で瞬間移動を発生させた作家には、次のような話をした。たまたま、相手がシステム系の人だったからである。
「ビッグデータ」や「AI」という現代用語がある。IT用語によくあるように、このビッグデータやAIも、わたしのような素人にとってはわかったような、わからないような言葉である。とはいえビッグデータの意味が、ただデータの量が巨大だから、そう言っているわけではない、ということくらいまではわたしでもどうやら察しがつく。では、このビッグデータやAIを説明するときは、どうすれば分かりやすく説明できるのだろうか。
わたしのように、長いことビジネスの世界を眺めてきた者にとっては、過去の経緯から説明されるとわかりやすい。何にでも出発点はあるし、そして何であれスタート段階は、概ね原始的でわかりやすいものだからである。「これは、あのときのあれか!」と話をつなげることができれば、今日、複雑怪奇に発展したものであっても、何となくつかむことはできる。
以下はわたしの理解するところなので、事実関係の正確さは保証の限りではない。本稿の目的は、あくまでもわかりやすい文章の組み立てを模索することであるため、内容の事実関係は大目に見てほしい。肝心なのは道筋である。
90年代半ばのことだ。当時、大手流通業ではCRPを導入する動きがあった。CRPとは、わたしの理解では売り損じ(売れるのに仕入れが少ない)、売れ残り(売れないのに仕入れが多い)を防ぐための長期需要予測システムだった。CRPは、米ウォールマート用にIBM社が開発したもので、それをカスタイズしたものが日本に持ち込まれたと聞いている。
CRPは、夏季セール(お中元)、年末セール(お歳暮)、それに定期的なイベントに合わせて受発注を管理していたと思う。つまり、需要予測といっても、予測できるのは一部の定番品だけであり、予測期間も3ヵ月~4ヵ月単位であった。これがCRPである。
いま、コンビニでは週単位、日単位で需要予測を行っている。夏であれば、気温が1℃高ければアイスクリームの売れ行きが何%増えるか、冬なら気温が1℃下がればおでんの売れ行きがどれだけ増えるか、需要予測の精度はぐんと高くなり、さらに予測の対象となる商品アイテムも広範囲に広がっている。これは確かにビッグデータである。
しかし、ビッグデータといえども、予測できるのはPOSデータのある定番品に限られる。ビッグデータだからといって、POSデータのない新製品の需要まで予測できるというわけではない(これはわたしの個人的理解だが)。つまりビッグデータは、90年代半ばのCRPの延長であり、発展系である(くどいようだがわたしの理解である)。ただし、90年代半ばには、3ヵ月~4ヵ月単位であったCRPの需要予測は、ビッグデータと呼ばれるに至り、週単位から日単位に進化した。
では、なぜそれだけ予測の精度と緻密さが上がったのか。それは、90年代のCRPにはなかった膨大なPOSデータの蓄積が今日ではあって、さらにAIの分析能力が効果を発揮しているからだ。
とまあ、わたしにとっては、こういう説明をされることで、「ああ、あのCRPがビッグデータになったのか、AIがあの当時の予測システムに取って代わっているから、膨大な量のデータを正確に分析・管理できているのか!」と納得することができる。ビッグデータとAIといわれても、何のことかわからに素人のわたしは、CRPからビッグデータにいたる道筋が示されることによって(その理解が正しいかどうかは措いておくとして)、はじめて頭の中で、どういう仕組みで、何ができるのかを含めて話がつながるのである。
ちなみにAIは、80年代半ばにはすでに登場していた言葉で、わたしのいた出版社でも、その当時に1冊くらいはつくったようだ。CRPは30年ほど経ってビッグデータとなり、AIは40年近くを経てプロ棋士を凌ぎ、ビッグデータの精度を飛躍的に高めるまでに進歩した。それに比べると、わたしはまったく進歩がないように思えてならない。
次回に続く