ビジネス書は、自己啓発書しか売れないと言われ続けて久しい。では、ビジネス書の中に自己啓発書が登場したのはいつ頃で、いつからメインストリームとなったのか、今回は自己啓発書の来し方について振り返ってみたい。
自己啓発書のテーマは、今も昔も「処世術」と「成功メソッド」のように見える。処世術系としては、『引き寄せの法則』(ウイリアム・アトキンソンのほう)『小さいことにくよくよするな!』『チーズはどこに消えた』『嫌われる勇気』などが代表的であり、成功メソッドは『7つの習慣』『思考は現実化する』『金持ち父さん貧乏父さん』などが代表的なほか、古いところでは『原因と結果の法則』もこちらに入るだろうか。
処世術の本は歴史が古く、中国古典の『菜根譚(さいこんたん)』などもそのジャンルのひとつといえる。成功メソッドも昔話に数多く見られるし、江戸時代を代表する作家のひとり井原西鶴の『日本永代蔵』は、成功メソッドをテーマとしたその時代の自己啓発本である。処世術は上品に表現すれば「生き方」であり、成功メソッドは「手本」ということができる。
『大学』『中庸』は江戸時代のリーダー階級にとっての手本であり、上質な処世術の教科書といえるものであった。つまり、自己啓発書そのものは昔からあるもので、決して新しくはない。自己啓発書が、ビジネス書のメインストリームになったのが新しいのである。
ビジネスで求められる能力を大きく分解すれば、「スキル」と「マインド」の2つに分けられる。スキルの分野とは基本的な接遇マナー、会計、生産管理、マーケティング技術、プレゼンテーション話法、ビジネス文書の書き方、経営分析など、いわゆる「仕事の腕」のことである。一方、マインドとは意欲や情熱、先を読む力、共感する力、向学心、人望力など、人の頭と心の分野に属する知識と心得だろうか。こちらはかなり幅が広い。
ビジネスをテーマとする以上、ビジネス書も大きく分ければスキルアップのための本と、マインドアップのための本となる。スキルアップの本は実務書(やや古い呼び方かもしれないが)、マインドアップの本は、マネジメント本、リーダーシップ(幹部)本、コミュニケーション本、組織活性化の本、という具合にいくつかに分かれていた。
かつて(20年数前)、ビジネス書といえば、大体このあたりの本のことを言っていた。これらは、いずれも仕事で具体的な結果を出すための本である。わたしが若かりし頃の自己啓発書とは、上記のジャンルにきれいに収まらない本のことだった。出版社では、年に一度図書目録をつくるが、そのときに既存のジャンルに収まらないものはだいたい自己啓発というジャンルに入れてしまったものである。そのため、油断すると自己啓発書ばかりになってしまうので、バランスよく振り分けるのに苦労した。
図書目録をつくっていたときに、最終的に「これは自己啓発書」とする基準は決まっていなかったが、わたしは、直接仕事の結果につながらないテーマを扱った本が「自己啓発書」という大胆な設定をしていた。