それであまり文句が出なかったのは、20数年前まではみんなもそう思っていたのだろう。
「実務には 役に立たざる歌詠みと われを見る人に 金借りにけり」という石川啄木の歌があるが、自己啓発書のポジションは啄木的だったのである。自己啓発書の名誉(?)のために付け加えると、自己啓発書はその当時でもベストセラーは多かった。ただ、当時はそれらベストセラーを自己啓発書とは見ていなかったのである。
自己啓発を広義にとらえれば、マインドアップのための本は、すべからく自己啓発書となりそうだし、ピーター・ドラッカーは十分に自己啓発書と思えるが、書店でドラッカーを自己啓発書の棚に置いているところは、いまも昔もない。ドラッカーは「経営書」なのである。
また、デール・カーネギーの『人を動かす』(創元社)は一般書という扱いが長かった。2000年のベストセラー『チーズはどこに消えた』(扶桑社)『金持ち父さん貧乏父さん』(筑摩書房)も、出版社がビジネス系ではなかったので、当時は一般書という扱いで見ていた。『脳内革命』の版元、サンマーク出版はビジネス書も出していたが、『脳内革命』をビジネス系の自己啓発書とは誰も見なかった。自己啓発書のベストセラーは、当時は一般書だったのである。
しかし、90年代後半からビジネス書の流れは、徐々に自己啓発書のほうに変わっていった。その理由は簡単で、実務やマネジメント、リーダーシップという従来のスキルとマインドを中心としたビジネス書が売れなくなったのである。
仕事の役に立つ本から、自分の人生の役に立つ本へとメインストリームが移っていく。その過程で、ビジネス書の中核に自己啓発書が座を占めるようになるのだ。自己啓発書がビジネス書のメインストリームになったのは2000年代のことである。
現在は、自己啓発書とスピリチュアル系の本との垣根が低い。というか、垣根はないと言ってもよい。自己啓発書の作家が僧侶、宗教家、心理学者ということはよくあることなので、もともとスピリチュアル系の本と自己啓発書は近い関係にあったといえる。しかし、仕事の役に立つ能力開発、動機付けという方向に自己啓発書が縛られているうちは、さすがにスピリチュアル色を強く出すことはできなかった。
その縛りを解いたのは、船井幸雄氏である。それは90年代後半のことだ。90年代後半というのは、NECやソニーというエレクトロニクス企業の代表格が、社内に「超能力研究所」を置いていた時代である。企業内の超能力研究の流れは数年で消滅したが、出版界では船井幸雄氏がプロデュースした、あるいは船井氏本人が書いた超能力、スピリチュアル系の本が、船井氏ゆかりのビジネス書の版元から定期的な発行が続いた。
ビジネス書にスピリチュアル系のものが入ってくるという異質の組み合わせを可能ならしめたのは、ひとえに船井幸雄というビッグネームがあったからだ。船井氏のスピリチュアル本がそのまま2000年代の自己啓発書に直結したわけではないが、その底流は通じていると思う。その結果が、書店にあふれる今日のスピリチュアル系自己啓発書である。
自己啓発書は、さらに時代が進むと学習参考書の作家も参入し、20年前の自己啓発書のカテゴリはまったく当てはまらなくなる。しかし、昨年あたりから、また自己啓発書に新しい動きが出ていると聞く。
自己啓発書の中でも、結果に結びつくものでないと売れなくなっているという。まだ、はっきりとした流れになっているわけではないので、もうすこし様子を見ないとわからないが、読者は数多い自己啓発書の中から、何らかの基準で取捨選択を始めたようである。
次回に続く