ビジネス書業界の裏話

物書きになるということ

2016.11.10 公式 ビジネス書業界の裏話 第19回
Getty Images

伝えるべき真実を伝えてこそ作家

その後、この読者が百貨店業界へ進んだかどうかはわからない。

一方、Aさんは勤務先の百貨店の部長職から課長へ降格となった。閑職(かんしょく)に追われ、一日中壁を見つめるだけの毎日が何ヶ月も続いた。しかしその間も、Aさんの本は重版を続けた。大先輩はAさんに重版の連絡をする度に、Aさんから「もう重版はやめてくれ」といわれるのではないかと覚悟したという。

Aさんには、勤務先の百貨店から、当然、重版を止めるのみならず、速やかに販売中止するよう強い圧力がかかっていたはずだからである。だが、Aさんは重版の知らせを常によろこんで聞いてくれた。その後、Aさんは係長へとさらに降格された。そして、ほどなくして百貨店を辞め、作家一本で独立し、何本もの代表作を持つ実力派の作家として世に認められることになる。ここでAさんの代表作を紹介したいところだが、ご本人の了解を得て書いている原稿ではないので、残念ながらあくまでも匿名とせざるを得ない。

Aさんは、内部告発がしたかったわけではない。真摯に正しい情報を読者へ伝えるという、ビジネス書作家としての使命を貫いたのである。Aさんは百貨店マンであるが、本を出す以上は作家である。作家であるAさんにとって、一身の安寧(あんねい)のために作家としての使命を放棄することなどあり得ないことだった。

物書きの矜持とは、こういうものだろう。会社の要求を受け入れ、華やかな百貨店の上辺だけを書くことは、百貨店マンのAさんにはできても、作家のAさんにとっては誇りが許さないことだったに違いない。

大先輩は、物書きというものをAさんの話を通して私に教えてくれた。Aさんは冒頭で述べた史家たちの末裔(まつえい)といえる。それを私に教えてくれた大先輩も、また史家たちの末裔のひとりだと思う。わが身と引き換えにしても、伝えるべき真実がある。そういう真実を持っている作家は、ある意味では幸福かもしれない。

次回に続く

ご感想はこちら

プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

出版をご希望の方へ

公式連載