ビジネス書業界の裏話

ビジネス書も「時代は繰り返す」ものである

2016.09.08 公式 ビジネス書業界の裏話 第15回

ビジネス書の売れ筋テーマは古書店で探す

作家にとっても、出版社にとっても、最も重要なのは本のテーマである。
テーマとは、何を書くかだけでなく、どういう切り口で書くかということも含まれる。むしろ生命線は後者にあるといえよう。
作家の立場としては、何を書くかは概ね決まっていようが、どういう切り口で書けばよいかとなると、簡単には答えが出ない。

練達(れんたつ)のコラムニストであり、出版社の経営者でもあった山本夏彦氏は、本のテーマに困ったときには古書店街に行くと言っていた。
過去の本を眺めていると、確かにいまでも十分読者に受け入れられそうな本がいくつも見つかる。その中から、一番手ごろそうなものを選べば、新刊の企画の8割はできたも同然である。時代の最先端を求めてトピックスに飛びつき、ゼロからテーマを起こすよりも、ずっと楽に早くできるのだ。

売れている新刊本を真似てつくるときは、競合相手も多いので、慌ててつくらなくてはならない。しかし、古書のテーマを参考にしていれば、競合相手は少ないため焦る必要はなく、真似したところでめったに気づかれないので後ろめたさもない。

ビジネス書の売れ筋のテーマというものは、回転ずしのように、時間が経つと再び巡ってくる。回転ずしの場合は、ネタが古くなると新しいものに取り替えられるが、本の場合はいわばパッケージだけを新しくして、ネタ自体はそのまま使うことが多い。
ピーター・ドラッカーの本は、1960年代に一度ブームになり、2000年代になって「もしドラ」となって再ブレイクした。
その間40年である。

ハレー彗星は70年周期で太陽の周りを回っているため、それよりは短い。
ビジネス書では、もっと周期の短いテーマがいくつもある。

「仕事がイヤになったら」「仕事に疲れたら」というようなテーマは、ほぼ4年に一度くらいの周期で、どこかで誰かが本を出し、5万部くらいの実績を上げている。
また、いわゆるサクセス本(起業してお金持ちになるという類の本、この呼び方は私だけかもしれない)は、常に誰かが出しているが、ヒット作が生まれるのは概ね5~6年に一度くらいだ。

『こんな幹部は辞表を書け』(畠山芳雄著 日本能率協会)は1968年の発行だが、以後、80年代まで「幹部本」といえば、このテイストだった。幹部は、とにかく厳しく鍛えられなければならなかったのだ。
この時代の幹部は気の毒だったと思う。

バブル期を経てバブル崩壊後は、この種の幹部本はやや鳴りを潜めた。バブル期は人手不足だったため、幹部といえどもあまり厳しいことがいえなくなったのかもしれない。
だが、バブル崩壊後はリストラというもっと過酷な現実があったため、幹部教育どころではなくなったのだろうか。

そうすると、70年代、80年代の幹部はむしろ幸福だったといえるのかもしれない。
産業界の裏事情はよくわからないが、ビジネス書では90年代後半から、しばらく「幹部を鍛える」タイプの本は市場に出てこなくなった。
そんなときに先祖がえりのように現れたのが2000年発行の『上司が「鬼」とならねば部下は動かず』(染谷和巳著 プレジデント社)だった。 
やはり、テーマは繰り返すのである。

私のように80年代からビジネス書の世界にいる者は、このタイトルを見て電通の「鬼十則」を思い出していた。

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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