作家にとっても、出版社にとっても、最も重要なのは本のテーマである。
テーマとは、何を書くかだけでなく、どういう切り口で書くかということも含まれる。むしろ生命線は後者にあるといえよう。
作家の立場としては、何を書くかは概ね決まっていようが、どういう切り口で書けばよいかとなると、簡単には答えが出ない。
練達(れんたつ)のコラムニストであり、出版社の経営者でもあった山本夏彦氏は、本のテーマに困ったときには古書店街に行くと言っていた。
過去の本を眺めていると、確かにいまでも十分読者に受け入れられそうな本がいくつも見つかる。その中から、一番手ごろそうなものを選べば、新刊の企画の8割はできたも同然である。時代の最先端を求めてトピックスに飛びつき、ゼロからテーマを起こすよりも、ずっと楽に早くできるのだ。
売れている新刊本を真似てつくるときは、競合相手も多いので、慌ててつくらなくてはならない。しかし、古書のテーマを参考にしていれば、競合相手は少ないため焦る必要はなく、真似したところでめったに気づかれないので後ろめたさもない。
ビジネス書の売れ筋のテーマというものは、回転ずしのように、時間が経つと再び巡ってくる。回転ずしの場合は、ネタが古くなると新しいものに取り替えられるが、本の場合はいわばパッケージだけを新しくして、ネタ自体はそのまま使うことが多い。
ピーター・ドラッカーの本は、1960年代に一度ブームになり、2000年代になって「もしドラ」となって再ブレイクした。
その間40年である。
ハレー彗星は70年周期で太陽の周りを回っているため、それよりは短い。
ビジネス書では、もっと周期の短いテーマがいくつもある。
「仕事がイヤになったら」「仕事に疲れたら」というようなテーマは、ほぼ4年に一度くらいの周期で、どこかで誰かが本を出し、5万部くらいの実績を上げている。
また、いわゆるサクセス本(起業してお金持ちになるという類の本、この呼び方は私だけかもしれない)は、常に誰かが出しているが、ヒット作が生まれるのは概ね5~6年に一度くらいだ。
『こんな幹部は辞表を書け』(畠山芳雄著 日本能率協会)は1968年の発行だが、以後、80年代まで「幹部本」といえば、このテイストだった。幹部は、とにかく厳しく鍛えられなければならなかったのだ。
この時代の幹部は気の毒だったと思う。
バブル期を経てバブル崩壊後は、この種の幹部本はやや鳴りを潜めた。バブル期は人手不足だったため、幹部といえどもあまり厳しいことがいえなくなったのかもしれない。
だが、バブル崩壊後はリストラというもっと過酷な現実があったため、幹部教育どころではなくなったのだろうか。
そうすると、70年代、80年代の幹部はむしろ幸福だったといえるのかもしれない。
産業界の裏事情はよくわからないが、ビジネス書では90年代後半から、しばらく「幹部を鍛える」タイプの本は市場に出てこなくなった。
そんなときに先祖がえりのように現れたのが2000年発行の『上司が「鬼」とならねば部下は動かず』(染谷和巳著 プレジデント社)だった。
やはり、テーマは繰り返すのである。
私のように80年代からビジネス書の世界にいる者は、このタイトルを見て電通の「鬼十則」を思い出していた。