ビジネス書業界の裏話

ビジネス書編集者にとってのバブル崩壊とネット時代の出版不況

2018.02.22 公式 ビジネス書業界の裏話 第49回
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平成不況の始まりはテーマに困らなかった

以前にもここで書いたが、大手総合出版社は本が売れなくなると、ビジネス書に参入してくる。そして1年か2年で撤退する。昭和の終わり、大手総合出版社は、ちょうどバブル景気の前、プラザ合意前後にビジネス書へ参入してきた。だが、バブルの到来とともに地味なビジネス書からは引き上げ、元の路線に戻っていく。そちらのほうが、会社としての売上げがあがるからだ。つまりビジネス書は、好不況の波にあまり影響を受けないという印象が出版界にはあるようだ。

事実は必ずしもそうとは言えないが、それはさておき、バブル崩壊後のビジネス書は、たしかにテーマにはあまり困らなかった。景気が悪くなればコストダウン、経費節減がテーマに浮上するし、BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)、ムダ取りなど、注目される経営改善手法が次々と現れた。コーポレート制、事業再構築(結局リストラは首切りの意味になった)は、それほど目立ったテーマにはならなかったが、世界標準という新しい波は会計制度の新基準をもたらし、金融ビッグバンという新しい用語を生んだ。いまでは珍しくもなくなったISOも、この時代に生まれたスタンダードである。バブル崩壊から10年間は、だいたい年に2本以上、新しいトピックや用語が出てきたように思う。いちいちその中身を憶えるのは面倒だったが、我々にとっては天から降って来るチャンスでもあった。

そうこうしているうちに、ビジネス書のテーマにはいくつかの異変が起きる。ひとつは営業マン向けの本が売れなくなったことだ。それまで営業の本はビジネス書の定番で、波はあっても一定の数が読めるジャンルだった。ところが、コストダウン、リストラのテーマが売れるのに反比例して、営業本は振るわなくなった。

もうひとつは、従来は地味な存在であった会計関連の本が動き出すようになったことである。特に「決算書を読む」というテーマが、非常に手堅いテーマとなった。それ以前にも、経営分析というテーマはあったのだが、やっていることとロジックは同じでも、経営分析では本が売れず、「決算書を読む」「決算書がわかる」というタイトルにしたとたん、なぜか読者は殺到した。

次第に明日を信じられなくなっていった経営者

前回に述べたとおり、当時、私はある金融機関の総研事業に関わっており、毎月、経営者の懇談会を開いていた。バブル崩壊直後から10年は、経営者もまだまだ頑張れば何とかなるという希望を捨てていなかった。懇談会の講演では、BPRやムダ取り、ISOの専門家を招いて具体的な話を聞き、それらの手法を実際に自社へ導入する経営者も少なくなかった。その頃、見よう見まねで生産現場の改善をはじめた中小企業が、いまや20年連続増収増益の立派な会社となっている。「継続は力なり」という言葉を、私はこの会社を見て実感した。

この会社のようにバブル崩壊から企業努力を重ね、自力で成長した会社もあるにはあるが、多くは業績が振るわないまま、何とか不況をしのいできたというところだろう。経営改善という前向きな努力は、90年代末になると、だんだん影をひそめる。代わって登場したのが、新人事制度というテーマである。具体的には成果主義人事、年俸制だ。年俸制自体は、その時突然現れたわけではなく、すでに90年代前半からテーマにはあがっていた。だが、導入しようとする会社がほとんどなかったため、その頃には具体的なテーマとはならなかったのだ。

新人事制度には、ナレッジ経営、コアコンピタンス、団塊の世代のリタイア対策や新しい人材像の提案という前向きなものもあったが、人々は総人件費抑制のための成果主義や年俸制に目を奪われた。明日を信じて頑張っていた経営者たちは、それまで手を着けなかった従業員の賃金にも、抵抗なく引き下げ措置をとるようになったのだ。「みんなもやっているのだから」ということが免罪符となり、抵抗感を弱めたのであろう。

時代に合わせてテーマを追いかけるのが編集者の仕事だが、成果主義人事と年俸制は、最後まで企画の俎上(そじょう)に載せることを私はしなかった。経営者の懇談会のテーマにもしなかった。しかし、私がやらなくても他の人間が代わりにやる。なぜなら、読者が、あるいは懇談会の経営者がそれを求めていたからだ。明日を信じて頑張る経営者の役に立つテーマを求めて、あちこち動き回っていた私は、結局、何ら彼らの役に立つことはできなかった。

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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