少し大きめの法改正や制度改正は、ビジネス書や実用書の出版社にとっては、売上げを伸ばすチャンスと見られている。近年の例としては、相続税改正が挙げられよう。相続税改正では、ほぼすべてのビジネス書、実用書の出版社から関連テーマの書籍が出され、どれもそこそこの売行きだったようだ。
だが、法改正があれば必ず本が売れるかというと、現実にはそうではない。相続税に限らず税制自体は、ご承知のとおり毎年少しずつ変わっている。しかし、そのたびに世間が注目するということはない。相続税改正が話題になったのは、非課税枠が縮小され、課税される人が増えるという点と、高齢者人口が増え、相続が身近な問題になっているという世相が背景にあろうと思う。小さな改正では、世間が注目しないのである。
一方、世間が注目する大型の新法や法改正、制度改正では、確かにビジネス書や実用書の出版社にとっては時に干天の慈雨となる。次の大型改正といえば、以前にも触れた民法改正ということになるのだが、果たして「民法大改正」が期待どおりのトピックになるか否かは、やや不透明なところも残っている。新法や法改正、制度改正が、必ずしも常に世間の注目を集めるとは限らないのからだ。世間の関心は法律や改正の内容によってかなりの温度差があり、関心の度合いを見極めるのは意外に難しいのである。
さらに、それが本となって売れるかとなると、当たり外れの幅はさらに大きくなる。では、当たり外れを見極める手立てはないのか。ちょっと話がそれるが、旧ソ連の権力者には「ハゲフサの法則」があるという。レーニン、スターリン、フルシチョフ……、ロシアになってからもゴルバチョフ、エリツイン、プーチン、メドベージェフ、プーチンと、髪が薄い人と髪がフサフサの人が交互に来るというものだ。一部チェルネンコ、アンドロポフのようなやや微妙な頭髪の人もいるが、大体そのように見える。
ソ連の権力者が(おおむね)髪の有無(?)が交互であったように、新法、法改正、制度改正に対する世間の関心の高低も、また交互にやってくる。
私の記憶に残っているもので、古い順番から挙げると次のようになる。○は当たりで、×は外れ、▲は外れではなかったが当たりとはいえない、というところである。
キャッシュフロー会計=○、日本版SOX(内部統制)法=×、個人情報保護法=○、商法改正=▲、IFRS(国際会計基準)=×、相続税改正=○、マイナンバー制度=×といったところだろうか。
IFRSと相続税改正の間が空いているので、他にももっと何かあったような気はするが、だいたい当たりと外れは交互にやってきた傾向にある。この流れで行くと、次に控える民法改正は当たりということになる。実際、ここらで何か当たってくれないと、ビジネス書や実用書は本当に埋没しかねないので、これは推測というより願望に近い。
しかし、出版の現場はというと、施行はまだ2~3年先とはいえ、ビジネス書各社で民法改正に手を着けているところは多くない。こういう方面では伝統的に着手の早い日本実業出版社は、すでに既刊本があるものの、あとはいわゆる法律専門書の出版社ばかりだ。どうも、多くの編集者が民法の本など一般のビジネスパーソンには関係ないと思っている節がある。万事に反応が後ろ向きなのだ。
ところが日本の出版史では『民法入門』は年間ベストセラーの2位になったことがある。加之(しかのみならず)その年は5位に『刑法入門』、9位に『労働法入門』、10位が『道路交通法入門』だった。
1968年のベストセラーでは、いずれも作家は佐賀潜で光文社の発行だった。今日では、到底考えられない現象である。法律書が、たとえひとつでもベストセラーになったなどということは私の記憶にはない。しかし、事実は事実である。そして、上記の4点は光文社のペーパーバック「カッパブックス」シリーズであった。つまり、素人にとっては難解で、一見関心が薄そうなテーマであっても、手ごろなページ数で読みやすく(それでも当時の本は、いまに比べれば忍耐が求められる)つくりあげれば、法律というテーマであっても人々の関心を引き出すことができるのだ。
民法の本では読者はつかめないと決めつけるのは早計というものだ。日本は法治国家であり、日本国民で法律に関わらずに生きていける人はいない。