小説家浅田次郎は、自身が作家デビューするまでの経緯を『勝負の極意』(幻冬舎アウトロー文庫)の中で書いている。ビジネス書作家のデビューと小説家のデビューとでは、次元の異なる部分があるうえ、浅田次郎が作家デビューした時期と今日では、出版業界の置かれている状況も違うため、すべてが参考になるというわけではない。しかし、なるほどと思える部分も多い。
なるほどと思える筆頭は、何年間も原稿を持ち込んでは断られる作家がいる反面、何の下積みもなしに彗星のようにデビューを果たす若い作家がいるというくだりだ。作家デビューとは、偶然の積み重ねによって決まる。それは、文芸書もビジネス書も違いはないようである。『勝負の極意』というタイトルからは想像できないが、本書は浅田次郎自身の作家デビューまでの苦労話が半分を占める。すべてが赤裸裸な真実なのかどうかは保証できないが、作家デビューを目指す人は一度読んでみてもよいと思う。古い本なので書店に在庫されている能性が低いが、アマゾンにはあるだろう。
さて、本題である。今回のテーマは、ビジネス書作家としてデビューするなら、どこの出版社からデビューするのがよいかということだ。
「よい」の意味は2つある。
1つはデビューしやすさである。いかに条件のよい出版社であっても、新人作家に対しては極めて狭き門という出版社は、作家デビューを志す人にとって有利とはいえない。新人作家にとっては門の開かれている出版社が、やはりよい出版社ということになる。
2つめはデビューした後のフォローがよい出版社である。デビューしたはいいが、出版社がまったく販売に力を入れず、書店にもあまり配本してくれないということでは、せっかく出した本が生きない。
ビジネス書作家の場合、別に本業を持っている人が多い。小説家と違って本の印税よりも、本の出版による本業のPR、作家自身のブランディングを期待している人のほうが圧倒的なはずだ。PRもブランディングも、本が広く流通することで効果を発揮する。流通しない本では、出版のために費やした時間と手間が徒労に終ってしまう。
作家にとって最もデビューに有利な出版社とは、上記の1と2を合わせ持っている出版社だ。新人にも大きく門戸を開き、販売力もある。そういう出版社があれば積極的にアプローチすべきである。だが、今日そういう好都合な出版社は少ない。もっとはっきり言えば、ほぼないと言ってよいだろう。むしろ、1もなければ2もないという出版社のほうが多い。
新人作家にとっては逆風の時代である。浅田次郎の下積み時代の頃のほうが、少なくともビジネス書の作家にとってチャンスはたくさんあった。しかし、そういう過酷な環境の中でも作家デビューする新人は毎年着実にいる。作家デビューは偶然の産物とはいえ、現実に作家デビューする人がいる以上、チャンスは皆無ではない。
では、1と2を満たす出版社を見つけるには何を頼りに探すべきか。出版社とは本を売るのが生業(なりわい)だ。売れる本があれば、とことん売ろうとする。本が売れるとわかれば、新人作家の本でも積極的に出版する。しかし、出版社の業績には波があり、好調と不調は交互にやってくる。
出版社が(本が)売れると思うのは、概してベストセラーを飛ばして経営が好調なときだ。こういう時には、編集部は分不相応に強気となり、新人作家の発掘に積極的になる。新人作家を見る目もやや甘くなりがちだ。懐に余裕があるから失敗を恐れず、冒険ができるのである。この傾向は、わたしの経験からいっても蓋然性(がいぜんせい)が高い。要するに調子に乗っているのだ。
調子に乗っている出版社は、門が開き気味となり、そのため新人も通りやすくなるのである。逆に鳴かず飛ばずの状態にある出版社は、門を閉じ気味になる。こういう時には、いくら門を叩いてもなかなか開けてくれない。見極めのポイントは、いま話題となっているベストセラーがあるかだ。
実際の出版社の経営状況は、必ずしもベストセラーの有無とは一致せず、ベストセラーがあっても焼け石に水という出版社もあれば、ベストセラーがなくてもアベレージがよくて経営は好調という会社もある。しかし、こうしたご内証(ないしょう)のことは外から見ていてもわからない。外から見てわかるのは、ベストセラーの有無程度である。したがって、そこを目安にしてアプローチする相手を選ぶしかない。