どうせデビューするなら、誰でも知っているような有名出版社から本を出したほうがよいのではないか。そういう意見もあるだろう。それは半分正しい。なぜ半分だけかというと、一般論として有名出版社から本が出れば、その事実だけでブランディングには一定の効果がある。これが正しいといえる部分だ。
しかし、有名出版社はほぼ例外なく大手出版社である。そして出版不況の波を最も強く受けているのも大手出版社である。それでも大手出版社は、絞っているとはいえ今でも書籍の発行点数は多い。発行点数が多いということは、作家にとってチャンスがあるということにはなる。ところが、絞っているのは発行点数だけではない。発行部数も厳しく絞っているのだ。それなら出さないほうがいいんじゃないかと、こちらが思うくらい初版部数を絞る。意地の悪い言い方をすれば、はじめから売れることを期待していないんじゃないかというくらいである。失敗したときの傷を小さくすることにばかりを考えているためだ。
発行点数が多くて、部数を絞るということは、書店に流通する範囲が狭く、さらにわずかに配本された書店でも、次から次へと新刊が出てきて、既刊本と交代するため寿命が短いということになる。極端な話をすれば、最初の一週間で一定の実売が出なければ、ところてん式に次の新刊に押し出され、返品となってしまうのだ。新人作家の本はよほど発売直後の売れ行きがよくないと、たちまち店頭から消えてしまう。
本の損益分岐点からいえば、点数が多くて部数が少ないというのは効率の悪い出版といえる。しかし、大手出版社は概して卸値のレートが高い。新興の出版社だと60%前後の掛け率で卸すこともあるが、大手出版社はそれより10%以上高いのがほとんどだ。そのため小部数でも、新興出版社より損益分岐点を低く設計できる。しかし、返品率が高くなれば、結局赤字となるため、あらかじめ配本量を抑えるのである。
大手出版社が卸値のレートで優遇されているのは、本の問屋である取次ぎ大手のトーハンやニッパンの創業時から、互いに二人三脚で出版界を支えてきたからだ。出版界では、本が取次ぎを通って書店で販売されるルートを正常ルートという。正常ルートがあるなら、異常ルートもあるのかとなる。異常ルートという言葉はないが、取次ぎを通さないルートや読者に直接販売する方式は、正常ルートとは言わない。
本は長く正常ルートで流通してきた。しかし、ここにきて正常ルートによる出版市場が大きく後退している。正常ルートで業績を伸ばしてきた出版社は、戦略の転換を迫られている。その代表格が有名大手出版社である。大手を含め出版界は、正常ルートを越える新たな販売方式を必死になって摸索しているが、いまのところ決定的な方向は見出せていない。電子化は当然視野に入ってはいるが、電子化すれば確実に読者が増えると言えるような状況にはなっていない。
出版界に逆風が吹く中、取次ぎを通さずに書店と直接取り引きをしている出版社もある。それ以外に、地方の出版社などにも直販型は多い。こうした正常ルートの外にいる出版社は、会社によって事情は異なるが、トーハン、ニッパンという大手取次ぎの影響が小さいため、出版業界に蔓延している縮み志向とは別のスタンスで本をつくっている。中には有名大手とは真逆の積極的な出版活動をしている会社もある。
書店との直接取り引きが将来どのような展開になるかは不透明だが、すでに機能不全寸前に陥っている正常ルートに頼った既存の出版社よりは、明るい未来が描けると思う。明日は今日よりもよい日と思える会社しか、未来に投資することはできない。
出版社が新人作家をデビューさせるというのは、未来への投資に他ならない。作家デビューを考える時には、既存の出版社だけでなく、こうした正常ルートの外にいるニュータイプの会社にも注目してよいと思う。
次回に続く