これまで6回にわたり、幼少期から始まる私の野球人生を振り返ってきました。20回目となる今回は、未来に目を向け、私が考える“今後の展望”についてお話ししたいと思います。
今、幸いなことにプロ野球の監督をやらせてもらっていますが、この仕事は10年も20年も務められるものではありません。何年と決まっているわけではないものの、ある程度かぎられた期間の中、毎年「この1年」に優勝することに集中してシーズンを戦います。しかし、その年“だけ”を考えてやっていてもいけない。チームの「将来」にも目を配る必要があるんですね。
では、監督としてチームの未来にどう貢献できるか? 私は、「財産」を残すことが大切だと考え、それを日々意識しています。ここでいう財産とは、人材のことです。特に、コーチ陣ですね。私がいなくなっても、選手と監督をつなぐ“中間管理職”である優秀なコーチがいれば、ヤクルトはずっと強いチームでいられると思うんです。
プロ野球界では、新たに監督が就任する際、少なからずコーチ陣もメンバーの入れ替わりがあります。監督が自分で人材を選び、集めてくるわけですね。この場合、次の監督に替わるときには、当然コーチ陣の顔ぶれも変わることになります。そうなると、選手たちは大きな環境変化に見舞われてしまう。そしてコーチは、監督が替わってもいかに球団に残るか、ということを考えるようになるかもしれません。
でもそれでは、選手と向き合った指導はできません。だからコーチには、新監督のもとでも評価され続けるしっかりしたコーチングスキルを身につけてほしい。そうすれば、そのコーチは監督や球団のほうばかり向いて仕事をする必要がなくなります。あくまで選手のために、自分の能力を発揮できるようになるのです。
こうした考えを、私は常々コーチたちに伝えるようにしています。通常、コーチという職種には、「バッティングコーチ」「ピッチングコーチ」といった“肩書き”がつきます。肩書きというのは不思議なもので、これが与えられると、人は知らずしらずのうちにそこに縛られることがあるんですね。「自分はバッティングのコーチだから、バッティングを教えないといけない」といったことです。すると、選手に対して必要以上にあれこれ教えようとしてしまう。
でも、たとえば遠くから選手を見守っていて、練習が終わったあとにひと声アドバイスをする……これも立派なコーチングです。コーチから細かく指示されるよりも、ここぞというポイントでアドバイスをひとつもらうだけのほうが伸びる選手もいますし、同じ選手でも、精神状態やコンディションによって、ベストなコーチングは変わってくるものです。
たとえば、「特守」(守備の強化練習)。千本ノックのようなこの練習では、選手は全身泥まみれになり、息もあがるため、コーチにしてみれば“練習をさせた気”になれます。しかし、守備力を高める練習法はこれだけではありません。打球を追うのではなく、1人でグローブの出し方をひたすら反復する、これも立派な練習です。息はあがらないし、泥だらけにもなりませんが、選手によってはこちらの方法のほうが効果的かもしれない。
このように、コーチは固定観念にとらわれずに、選手個々人にとって最善のアプローチを選択する必要があるのです。そのためには、日ごろから選手としっかりコミュニケーションをとり、ある練習が彼のどんな課題に対するものなのかを、きちんと理解してもらうことが大切です。「そのとき、その選手にとって最善と思われるアプローチをとる」、コーチは常にそう心がけて、選手と接してほしいですね。選手たちが試合でベストなパフォーマンスを発揮することが、コーチングの目的なのですから。
私が考える理想像は、「監督が替わってもコーチ陣はすべて残り、新監督の方針のもと、選手たちと適切なコミュニケーションを継続して、全力でチームの勝利に貢献する」というものです。現在のヤクルトを眺めてみると、コーチ陣は選手たちのほうをしっかり向いてよくやってくれていると思います。彼らが選手に愛情を持って接していること、選手たちの状況に応じてベストなアプローチをしようとしていること、これは選手にも伝わっていると思いますよ。