これまでの8回は、選手とのコミュニケーション、具体的なコーチング、モチベーションの維持や起用法についてお伝えしてきました。今回は少し方向性を変えて、「チームの文化」というものに触れてみたいと思います。
不思議なもので、どのチームにも代々受け継がれていく「文化」があるものです。一度チームの中に根づいた文化は、選手たちに大きな影響を及ぼします。とりわけ強いチームには、醸成された良い文化が根付いているように思いますね。
具体的な例をいくつか挙げてみましょう。例えば私が現役の頃のヤクルトスワローズには、「試合前には思いきりリラックスする」という文化がありました。練習の後はロッカールームで将棋大会をやったり、ワイワイ騒いだりして、とてもこれから試合に臨むとは思えない雰囲気でした。それがいざ試合となると、皆、別人のようにスイッチが切り替わる。古田さんなんて、試合では非常に厳しい表情をしていましたが、ロッカールームでは率先して将棋や会話を楽しんでいましたよ。
いま考えると、「オンとオフのスイッチを切り替える」というこの文化は、チームにとって非常に重要な役割を果たしていました。というのも、プロ野球は、例えばナイターならば、基本的に練習が15時前後に始まり、21時頃に試合が終わります。選手たちはその間、ずっと高い集中力をキープする必要がある。しかも試合数は年間140以上。どこかでスイッチを切り替えなければ、とてもじゃありませんが集中力がもちません。
とはいえ、「オンとオフのスイッチをうまく切り替えろ」とコーチや先輩に言われても、選手一人ひとりが常にそれを実行できるとも限らない。しかし「文化として切り替えるという雰囲気」があると、皆、とくに意識せずとも肩の力を抜くことができます。その結果、高い集中力で試合本番に臨むことができる、というわけです。
また、最近の例で言えば、「主力選手が早い時間帯から球場入りして打ち込みをする」という文化もあります。これは宮本慎也などによって作られたものですね。ベテランでありながら誰よりも早く練習を始めている宮本を見た若手選手は、「レギュラーで、しかもベテランの宮本さんでさえ、あんなに早く来て練習しているんだ」と考え、誰に言われるわけでもなく自主的に練習を始めるようになります。
コーチから「早く来て練習しろ」と押しつけられるのではなく、自ら気づいて行動するからこそ、成長する。「自分はきっと先輩たち以上に練習しなければレギュラーにはなれない」と考えるようになるのです。
これらの文化の中心にあるのは、私がたびたび言っている「自主性」なんですね。結局、自分で考え、納得したうえで実行する練習でなければ、選手にとってあまり効果はありません。短期的な成果を求めるのであれば、監督の私やコーチ陣の言うとおりにやれば実現できるかもしれませんが、それでは長期的な成長や成果は見込めないでしょう。