人と接するときに大切なのは、相手の立場に立って考えるということです。私は、挫折を経験し、苦しい思いをした人こそ、素晴らしいリーダーになれるのだと思います。それは苦しんでいる人、弱い立場の人の気持ちを理解できるからです。そして、こういう人は、苦しんでいるメンバーの悩みを解決することによってリーダーとしての信頼を獲得し、チームとしての力をさらに向上させることができるのです。
私にもたくさんの挫折経験があります。例えば、大学の野球部でのこと。
ピッチャーとして出番がない中、あるとき20対0で大勝ちしている試合がありました。普通なら、ここは控えの選手の出番です。苦しい練習を続けている控え選手にしてみれば、1イニングでも1打席でも出場できることが大きな喜びになり、励みになります。
ところが、監督は控えの選手を誰ひとり出しませんでした。チャンスを与えられなかった私はひどく失望し、練習へのモチベーションが大きく下がったことを記憶しています。
ですからソフトボールやサッカーなどのチームスポーツをするときは、人一倍控え選手が出場できるかどうか、私はとても気になります。
リーダーには、華やかな経歴を持った人が少なくありません。しかし、その裏側で、人に言えない苦労や挫折を味わったことが必ずあるはずです。
そのとき、自分が感じた悔しさ、胸の痛みを思い起こせば、メンバーの痛みに目を向けることができます。苦しんでいるメンバーに寄り添い、そっと手を貸すことができる人が、本当に優れたリーダーになれるのだと思います。
日産自動車に勤務していた時代、尊敬する先輩と、ある車体工場に同行したときのことです。
「この工場で付加価値を生んでいるのは、ロボットが車体を溶接する瞬間に散る火花だ。会社が価値を生むためには何が大切な瞬間なのか、そういう目で製造現場を見なさい」
先輩のこの言葉は、その後さまざまな会社で仕事をするときに、常に私の頭の中にありました。ザ・ボディショップではじめて小売業に携わったときは、お買い上げいただいたお客さまを笑顔で送り出す瞬間に「火花」をイメージしました。 スターバックスでは、くつろぎを求めていらしたお客さまに、最高のコーヒーを、自信を持って笑顔でお渡しするときが「火花」の瞬間だと思いました。 私は全パートナーにこうお願いしました。
「あなたたちの最高の笑顔とともに、自信をもって入れられた最高においしいコーヒーが、素敵な音楽とスポットライトに照らされながらカウンターでお客さまに渡される。その瞬間に意識を集中させてください」
火花が散る瞬間は、企業の存在意義、つまりミッションと深い関わりを持っています。日々の仕事の中で、ミッションの実現につながる行動が、火花が散る仕事です。リーダーとして自分のチームに火花が散る瞬間は何かを考え、それをメンバーに伝えることはとても大切です。
サッカーのゴールの瞬間には、間違いなく火花が散ります。しかし、ひとつのシュートの前には、パスでボールを運ぶチームメイト、チームを支えるスタッフ、ファンなどさまざまな人が参加しています。すべてのメンバーは、火花を散らすゲームの参加者なのです。
ある日、はじめて社長になったアトラスで、就任演説をすることになりました。私はとても張り切って、ビジネススクールで学んだ知識や言葉を並べ立てました。「これからは企業価値経営だ」「キャッシュフロー経営が重要だ」……。 聞いている100人ほどの社員からは、まったく反応がありません。懸命に話し続けましたが、雰囲気はしらけたままでした。
カッコいい経営用語を並べたてても、社員の心には届きませんでした。そんなことよりも、新しい社長がどうやってこの会社を建て直すつもりなのか。その後にどのような明るい未来が待っているのか。社員たちはそれを聞きたかったのだと思います。
次回は、私がザ・ボディショップの社長就任演説での、「社長就任挨拶 七つのお願い」についてお話します。
(次回に続く)