ワンマン社長やカリスマ社長の一番の弱点は、人の話を聴かないことである。ワンマン社長は、たいてい実績と実力のある人だ。したがって自信満々である。しかし、自信が高じて過信となり、過信が慢心に変わり、慢心が高じて傲慢に陥ると、その先には破滅という名の化け物がパックリと口を開けて呑み込もうと待ち構えている。
過信・慢心・傲慢に陥った人は、人の話を聴かなくなる。中でも特に耳の痛い話を嫌う。その結果、ある日気が付くと自分の周囲にはイエスマンしかいなくなる。イエスマンは、社長が喜ぶような情報しか上げてこない。悪い情報には蓋をしてしまうのだ。こうして、人の話を聴かないワンマン社長の下には正しい情報が集まってくることがなくなる。入ってくるのは「後追い加工情報」だけ。結果として、社長は裸の王様になる。
経営にとって、悪い情報ほど重要な情報はない。歪められた耳に心地よい情報ばかりを聞いて会社の舵取りをしていれば、経営が破綻するのは時間の問題となる。本来、喉から手が出るほど欲しいはずの重要な経営資源のひとつである情報を、ワンマン社長は自ら遮断しているようなものだ。人の話を聴かないというのは、実にもったいないことなのである。
そもそも、社長がいかに有能な人であったとしても、自分ひとりで何でもできるわけではないし、現場の隅々まで承知しているということは不可能だ。正しい答えは現場にあるにもかかわらず、現場の社員の声やお客さまの声に耳を傾けなければ、正しい経営を行うことはできない。組織の中で立場が上がれば上がるほど、「聴く力」が大事になってくるのである。
私は、社長時代「8聴き2しゃべり」を徹底した。しゃべるよりも聴くことに軸足を置いたのである。社員と話をしているとき、私がしゃべるのは全体の2割程度の時間、あとの8割は社員の話を聴くことに努めた。しかし、ただ社長が黙っているだけでは、社員は話をしない。話のつぎ穂を提供したり、あいづちを打ったり、「それで?」と相手の話をうながすことも心がけた。社員の気持をリラックスさせ、口が滑らかになるよう、常に軽いジョークのネタを2つ、3つはポケットに入れていた。聴く耳を持つ人のところには、人が集まる。人が集まれば、そこに情報も集まってくるのだ。
さまざまな情報の中には“キラリ!”と光った情報もあり、中にはゴミのような情報もある。取捨選択したうえで、正しい情報に基づいた意思決定をする。これが経営の基本である。
かつて私の友人のコンサルタントが、こんな話をしてくれた。彼は初めて行く会社では、半日かけて現場の社員、マネージャー、管理者と順番に会って話を聴く。彼が聴くのは、我が社の問題は何か、どうすれば解決できるかの2点だ。それを朝から聴いていって、昼に社長と飯を食いながら「御社にはこういう問題がありますね。それを解決するにはこうすればよいのでは?」と、社員から聴いたことを社長に話す。すると社長は「こんな短い時間で、よくぞそこまで我が社の問題を見抜かれましたね」と舌を巻き、彼に解決を委ねるのだという。
このコンサルタントは、常に「人に聴くよりよい知恵はなし」と言っていた。現場の問題の答えは、多くの場合、現場にある。現場の声を「聴く力」のあるリーダーは、情報収集能力が高いだけでなく、問題解決の能力も高いのである。現場からの問題提起を聴く、あるいはその解決方法を聴く時に、トップやリーダーが特に気をつけておかなければいけないのが、「相手の意見を初めから否定しない」ということだ。
現場の問題意識や着眼点は、ときにトップやリーダーとは異なることがある。置かれた立場が違えば、物の見方や考え方に違いが生じるのも当然だ。それに、そもそも人はそれぞれに個性があり、異なった人生を歩んできている。同じ会社の人間といっても、必ずしも万事に同じ考えを持つとは限らない。むしろ違っていて当たり前といえる。
現場の問題意識や問題解決の方法の中には、トップやリーダーからすれば、すぐには受け入れがたい意見もあるはずだ。しかし、そこで否定をしてしまっては、現場の人間は二度と口を開かなくなる。意見の否定は、せっかくの貴重な情報源をつぶしてしまうことになるのだ。
私の好きな言葉に"Agree to Disagree(不同意に同意する)“という英語がある。私とあなたの意見は違うが、あなたが私と異なった意見を持つことは尊重するという態度が、この”Agree to Disagree”には込められている。自分とは異なる相手のことを受け入れる度量、相互の違いを認める心の広さは、多様化(ダイバーシティ)の時代では肝心要の部分である。異なる意見を受け入れることで、新しい価値は生まれてくるのだ。
社長にこんなことを言ったら、自分の立場が危うくなるのではないかと、社員がモノを言うのを警戒するような会社は、決して強い会社にはなれない。自分の意に沿わない意見であっても、トップが「異見も意見」と受け入れる度量の広さを見せることで、社員は率直にモノを言うようになり、貴重な情報がトップに集まってくるようになる。トップたるもの、苦言・諫言(かんげん)、大歓迎というくらいの気概を持ってほしい。