トップの力 ジョンソン・エンド・ジョンソンで学んだ経営の極意
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IT化石になってはいけない

とはいえ、使いこなすためには、やはり最低限の知識は必要だ。私は、ITに対する人間のタイプ(ITリテラシーのタイプ)には次の3つがあると考えている。

①ITネイティブ(Native……生まれたときからパソコン、インターネットなどIT機器とIT環境に囲まれて育ち、自然にITリテラシーが身に付いている人たち。20代~30代社員の多くはここに属する。ITネイティブの層は今後拡大を続けていくはずだ。
②ITイミグラント(Immigrant=移民)……努力して後天的にITリテラシーを身に付けた人。40代以上のほとんどはIT移民である。
③ITフォシル(Fossil=化石)……ITリテラシーのリの字もないIT難民。70代以上には少なくないが、もっと若い人でもITリテラシーを放棄している人もいる。

世界で飛躍的に成長している企業といえば、グーグル、フェイスブック、アップル、マイクロソフトなどのIT企業がほとんどである。ITもAIも社員にそれを使いこなせる人間がいればそれでよい、トップの仕事はそういう社員を使って結果を出すことだ、と高をくくっているのも考えものだ。確かにトップがITに精通している必要はないが、ITとは無縁というトップはその存在価値を問われる。

トップにとってITやAIは、社員と同様、その力を存分に発揮させて会社に貢献してもらう経営資源の一つなのである。社員全員の私生活まで、つぶさに知っているという社長はいないだろうが、社員のことをまったく知らない、名前も知らない、関心もないという社長もいないはずだ。

トップといえども、「IT化石」でいることは許されないのである。今日の「ITネイティブ」は、簡単なプログラムなら自分でつくることもできる。しかし、そうした彼らのITリテラシーに驚いていては、ITネイティブを使いこなすことはできない。

ITネイティブの力をトップの力とするには

ITネイティブに、その力を存分に発揮させて会社に貢献してもらうには、トップにITやAIについての基礎的な知識とスキルがあることはもちろんだが、それ以上に必要なのが「任せる力」である。

「任せる力」は、拙著『自分と会社を成長さえる7つの力』でも詳しく述べている。経営で肝心なことは、「何をやるか」はトップが責任をもって決定すること、そして「どうやるか」は現場に目一杯任せることである。人は信頼されればうれしいし、その信頼に応えようとする。

任せるというのは、信頼の表明である。人は信頼を示されればやる気になる。仕事にやり甲斐、生き甲斐を覚える。ITネイティブであっても同様だ。「何をやるか」の指示の下に、「どうやるか」を任されたITネイティブ型社員は、信頼に応えようと奮闘するはずである。ITネイティブ型社員の持てる力を、トップの力とするための秘訣は「任せる」ことにある。では、任せるために必要なことは何か。

忍耐である。英国海軍には「船長は血が出るほど唇をかむ」という言葉がある。社員の行動を忍耐強く見守ることも、トップに求められる「任せる力」だ。社員が困って相談に来た時でも、トップはどうすればよいかがわかっていたとしても、社員がそれに気づくまで忍耐強く待つ。トップは甘い親心で安易に現場へ介入してはならない。任せるということは、忍耐力、持久力、判断力という「力」の要ることなのだ。

与えればそれ以上のものが返って来る

任せるうえでの心構えには、忍耐に加えてもうひとつある。それは“GIVE AND GIVEN(ギブ・アンド・ギブン/与えれば与えられる)”だ。

日本では、商習慣や人間関係を含めて「ギブ・アンド・テイク」が基本といわれる。ギブ・アンド・テイクとは、言うまでもなく先に与えるべきものを与え、それからもらうべきものをもらうということだ。商品の販売はギブ・アンド・テイクを基本としてよいが、人を活かすためのトップの基本的な行動としては、ギブ・アンド・テイクではまだ力不足といえる。トップの行動の基本はギブ・アンド・ギブンである。

ギブ・アンド・テイクが与えた後に取るという計算が働いているのに対し、ギブ・アンド・ギブンは与えた後に“結果として”「与えられる」という関係となる。そこには損得づくの計算がない。心理学には「好意の返報性」という法則がある。ギブ・アンド・ギブンは、いわば「他利の返報性」といえよう。与える人は、結果として与えられる人なのである。

与えられるものの中でも、一番はトップからの信頼だろう。トップから信頼され、仕事を任された社員は信頼に応えようとする。これは先ほど述べたとおりである。ただし、結果が出てから信頼を示すのでは、代金を払ってから品物を渡すようなもので、ギブ・アンド・ギブンではない。テイク・アンド・ギブ(取ってから与える)だ。

信頼は結果が出る前に示さなければいけない。ゆえに「信頼して任せる」というトップの力が求められるのである。トップの力とは見極める力であり、より具体的に言えば瀬踏みする力だ。任せてはいけない人に、任せてはいけない仕事を任せれば、会社にとって損失となるばかりなく、任された人にとっても大きな負担となり、時として深く傷つけてしまいかねない。そこで任せてよい仕事か、任せてよい人かを見極める必要がある。

トップがある人物について知ろうとする時、まずトップ自身がその人物を自分の目で見て判断し、次にその人物の上司に評価を聞くのが正道だ。加えるに、同僚や部下の声も貴重な情報源となる。周辺の人の人物評は、単なるうわさ話に過ぎないレベルのものが多いが、反面、100人中90人が同じ印象を持っていれば、それは十分尊重するに値する情報といえる。英語には“Perception is reality(認識とは現実である)”という表現がある。現場の声は、多くの場合、意外なほど本質を突いているものなのである。

次回に続く

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プロフィール

新 将命
新 将命

株式会社国際ビジネスブレイン代表取締役社長。
1936年東京生まれ。早稲田大学卒。シェル石油、日本コカ・コーラ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、フィリップスなどグローバル・エクセレント・カンパニー6社で社長職を3社、副社長職を1社経験。2003年から2011年7月まで住友商事株式会社のアドバイザリー・ボード・メンバー。2014年7月より株式会社ティーガイアの社外勤取締役を務める。
現在は長年の豊富な経験と実績をベースに、国内外で「リーダー人材育成」を使命に取り組んでいる、まさに「伝説の外資系トップ」と称される日本のビジネスリーダー。
代表的な著書に『他人力のリーダーシップ論』『仕事と人生を劇的に変える100の言葉』『経営者が絶対に「するべきこと」「してはいけないこと』(いずれもアルファポリス)などがある。

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