生物観察 小説一覧
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1
これは、人間の分裂より千三百年後の、
世界を描いた物語である。
富めるもの、賢きもの、人の上に立つものたちは、
地下へと移り住んだと言われる。
そして、数百年で絶滅。
その原因は、
病気でも、戦争でもなかったと、
伝えられている。
地下世界には、人間の創った人口知能だけが残された。
それからさらに数百年。
地下世界には、
人口知能の創造した、
あらたなる知的生命体が、
人間とは違う、
あらたな社会を築いていた。
この物語は、そこに生きる一個体、
〝アスオ〟に視点を定め、観察したものである。
アスオは一度、殺害されていた。
甲人と呼ばれる、この生物は、
サナギから生まれ、死んでも、
体表面をおおう、鎧の七割を回収できれば、
また、サナギに戻され、再生する。
しかし、死ぬと、記憶障害を起こしてしまう。
前作までの観察では、アスオが再生し、
記憶を取り戻していく過程が描かれていたが、
ついに、アスオの死亡時の記憶までが、
取り戻されるに至った。
様々な種族が、共存し、殺しあうことで、
理解を深めあう甲人社会。
アスオと同時期に生まれた兄弟、タルコは、
アスオが死ぬ前に起こした、大量殺戮事件を、
アスオのせいではないと主張した。
今回の観察は、その先から始まる。
観察の四日目。
甲人社会では〝大会合〟と呼ばれる、
重要なイベントが、行われる日でもあった。
文字数 98
最終更新日 2022.07.09
登録日 2018.12.16
2
革命型奇形種の長と思われるロマニの引き起こした混乱で、トウホの群れの護衛アスオが、ワラビの群れの護衛サマタを、殺害してしまう。
その事件の報復として、ワラビはトウホに戦争を仕掛けた。
それは総力戦ではなく、多分に威嚇の意味合いを強く持った仕掛けであったが、事はワラビの思惑通りには進まなかった。
本来〝護衛とは死ぬのも役目〟であり、護衛の殺傷への復讐は、戦争の理由としては不毛である。
〝大義の無い喧嘩〟を仕掛けられた、トウホの群れの者達は、ワラビとその護衛達を、返り討ちにしてしまう。
アスオと、その兄弟子である護衛シマズは、ワラビの護衛達を皆殺しにした後、ワラビに拷問を加え、これ以上の揉め事を起こさぬよう迫った。
しかし、刃を退くという言質を取る前に、ワラビの脅し文句に乗せられたアスオとシマズは、ワラビを殺害してしまった。
その時、まるで示し合わせたかのようなタイミングで、世界最強の殺し屋集団と呼ばれるコガネの群れの護衛達も、トウホの縄張りに侵入して来る。
革命群の襲撃を予見できなかったトウホへの審問に訪れた、辺境同盟の群司達の加勢もあり、コガネの護衛達を追い返す事には成功したが、トウホへの詰問で始まった群司達の話し合いは、恐るべき可能性への同意で終結した。
ワラビとトウホの揉め事は、確かに革命群の仕業であるが、それに乗じて、コガネが辺境同盟の崩壊を画策している恐れがある、というのが群司達の出した結論だった。
大戦を避ける為、辺境の群司達は中央群司のウノテとリヅキに、仲裁を依頼する事に決めた。
しかし、出発の前夜、中央では更なる混乱が巻き起こされていた。
中央専属の有袋種〝ヒカリ〟が、何者かに殺害されたのだ。
革命群の仕業と思われる、その事件を警戒したコガネの群れの護衛達は、中央共用部を封鎖した。
中央へと向かう辺境の群司と護衛達は、中央共用部付近で、コガネの護衛達に行く手を阻まれ、戦闘を余儀無くされる。
ニウラの群れの最強の護衛タカバと、コガネの四大専属護衛の一人、アラガの死闘は、タカバの殺法〝骨食み〟と、アラガの殺法〝砲拳〟のぶつかり合いであった。
防御不能の殺法である砲拳は、タカバの片腕を潰し、下顎を砕いたが、同じく防御不能で、如何なる物をも両断するタカバの骨食みの刃により、アラガの五体はバラバラに切り離され、残酷な形で勝負がついた。
揉め事は収まらず、キウシの群れの主力護衛である、不死種のアヤメと、甲人国家に於いてコガネの群れにしか存在しない強力な種である、発電殺甲交雑のクマノが、二戦目の単独戦闘を開始した。
甲人観察の三日目。
他の、どの生物とも似付かない、甲人特有の殺し合いの様態の全貌が、少しずつ見え始めていた。
文字数 98
最終更新日 2022.07.09
登録日 2018.07.13
3
ニンゲンの絶滅に関する説と、人工知能の創る社会の凡てに異を唱えた、革命型の変異種ロマニ。
全体意思と共に生き、それでも〝縄張りの拡張〟と〝暴力〟という、甲人の持つ二つの本能を結び付ける行動には、断固として反対する立場を貫こうとする、結界の守護者トウホ。
甲人国家最大最強の群れを率いて中央に君臨する、群司の王コガネ。
甲人という知的生命体の観察は二日目を迎え、観察の主体であるアスオを取り巻く環境が、少しずつであるが見えてきた。
社会構造だけでは無い。
甲人の有する、特殊な体構造も、アスオの得た知識と共に、少しずつ理解が深まってきた。
甲人にとって死は必ずしも終わりでは無く、人工知能により遺体が回収されれば、身体と生命が再生される事。
再生後、アスオに見られた症状として〝死に惚け〟と呼ばれる、記憶喪失状態が確認され、一定時間(未だ、時間的詳細は不明である)種別及び個体特有の能力を満足に発揮する事が、不可能になってしまう事。
人工知能と直接的に係わりを持つ種には、護衛が付けられ、アスオの種は、その護衛の役割を担う種である事。
そして現時点までの観察に於いては護衛役の種にのみ、体内に、刃物や毒などの、武器として用いられる部位が収納されているらしい事(群れに属さない〝有袋種〟は、護衛を持たず、臭液を発射する器官〝噴射口〟を有しているが、戦闘種と争える程の闘争能力は有しておらず、臭液は主に殺傷被害を受けた時、血液と共に相手に付着する性質のものであると推察される為、例外とする。また戦闘種に於いても、飽くまで現時点までの確認に拠るとする)が解った。
甲人社会の一年は、新生者達の誕生と共に始まり、既存者と新生者が、情報を相互に共有しながら経過していく。
新生者の中から有能な者や群れに必要な種を捜しだし、勧誘するのも、首長たる群司の役割である。
トウホの先代〝マズメ〟の時代からの恨みを忘れずに抱える近隣の群司〝ワラビ〟は、当代群司トウホの群れの運営を妨害する工作の一環として人材の枯渇を狙い、スカウトにより人的資源の先取りを毎年繰り返していた。
ワラビの群れの最強の護衛であるサマタと、記憶を失う以前〝現役最強の一人〟と称されていたアスオの死闘は、辛くも、アスオの勝利で決着したが、そのアスオも、自立できず、意識を保てない程の致命傷を受け、死を待つのみの状態まで、追い込まれていた。
時間は、容赦無く経過していく。
凡ての物理現象の内、最も残酷なものは時間の経過である。
何故ならば、凡ての事件、事故、災害、疾病等の災厄、及び喪失や離別は必ず、時間の経過と共にやって来るからだ。
初めての死、そして再生を経験し、友や主の為に懸命に戦い続けたアスオの生命は、再生から一日半で早くも失われようとしていた。
文字数 98
最終更新日 2022.07.09
登録日 2018.04.25
4
かつて人類は地上を支配し、人的資源を含む、
凡てのエネルギー資源を贅沢に消費していた。
優秀な人々が創った人工知能は、
人間の思考と行動パターンを分析し、
社会が滅亡に向かっていると予告する。
破滅を怖れた人類は、
現在の居住範囲からの脱出を計画した。
当初、宇宙への移住を夢見ていた人類だったが、
宇宙移住には技術力が足りず、時間的猶予も不足していた。
リスクの低い代案を模索した結果、
人類は『地下国家』の建設を、
人工知能に計画させることにした。
その計画は実現し、
一部の上流階級のものらだけが地下に移住した。
弱者たちは、地上に置き去りにされた。
地下国家は、
優秀なものたちだけが住む理想の世界だった。
暴力も差別もなく、自由が尊重された。
もう、人が人を裁くことはなかった。
〝自由と平等と平和〟という三原則。
これを人工知能に理解させ、
合理的かつ客観的に審判をさせた。
建国より数百年の後、理想の国家は、
人間の絶滅という形で、あっけなく終焉を迎えた。
人工知能は人間を〝不完全な生態を持つ、矛盾した生命体〟と断じた。
そして、人間に代わり、人間社会の矛盾点を廃した、完全な社会を再構築するべく、新たな知的生命体を創造した。
〝甲人(コウジン)〟と呼ばれる、
昆虫のような本能を持つ人型の生命体。
それは発生から約三百年を経て、
その数を増やし、小さな国家を作り、
ついに自ら社会を形成した。
甲人たちは集団を作り、縄張りを持ち、互いに殺し合う。
それは〝全体意志〟という本能に従った行動であり、
その本能が社会のバランスを保っていた。
平和でも、平等でも、自由でもない、
死と暴力に満ちた残酷な生態を持つ甲人。
本能に従い、持って生まれた能力を用いて、
日々、働き続ける甲人。
この物語は、甲人社会で生きる、ある個体と、それが属する集団の日常を追い、その生態を、ただ観察したものである。
今回は、観察初日前夜からの丸一日と、
さらに約半日分の時間の経過を描いている。
地下深くに生息する、人の造りし神により創造された、新たなる生物たちの小さな世界。
それは、創造者の想定をも超えて、
未知の時間を紡いでいくのだ。
文字数 98
最終更新日 2022.07.09
登録日 2018.03.26
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