【完結】雷の夜に

緑野 蜜柑

文字の大きさ
上 下
10 / 25

2-3

しおりを挟む
書庫で課長から頼まれた書類を探すこと15分。簡単に見つかると思っていたのだが、甘かった。

うちの部署の棚の収納は極めて雑で、分類という概念が微塵もない。男ばかりの開発部署とは言え、これは酷すぎる。

今思えば課長はこの事態を知っていたのではないだろうか。まぁ、時間なさそうだったし、たまたま近くにいた俺が貧乏くじを引かされたという所か。

引き受けた以上、捜索を続けるより仕方ないと溜め息をついた瞬間、カチャっと入口のドアが開く音がした。

コツコツという足音に、誰だろう?と思いながら棚の横から顔を出し、「お疲れっす」と声を掛けると、そこにいたのは檜山だった。

「檜山…」

「…っ!?」

俺に気付いた檜山は天敵を見つけた小動物のようにびっくりして、入って来たばかりのドアに向かってクルッと回れ右した。

俺は慌てて追いかける。

「待って! 檜山、待てってば…!」

逃げる檜山の腕を掴む。俺の手を振り払って檜山が逃げようとして、少し強引に彼女を壁際に閉じ込めた。

いわゆる『壁ドン』というものをまさか自分がする日が来るとは思っていなかったが、状況からして、これ以外に檜山を引き止める方法が思い浮かばなかった。

「なんで避けてんの、俺のこと」

「さ、避けてな…い…」

「嘘つけ。いま明らかに逃げようとしたじゃん」

俺の言葉に檜山が黙り込み、気まずそうに視線をそらす。

あの夜があんなに幸せだったから否定していたが、こんな顔をされるとその自信が揺らいでくる。

一度寝た後にこんなに必死に逃げる理由は、やっぱり神島が言っていたように、あの夜の行為が何かまずかったのかもしれない。

「あの日…、俺、檜山に何かした…?」

「し、してない…」

そう答えた檜山は、視線をそらしたままだ。

そもそもあの夜は、雷が怖くて帰れなかった檜山の状況に俺が付け込んだと言ってもいい。

檜山は一夜限りのつもりだった…?

雷が轟く夜に一人で過ごすのを回避する代わりに、俺に身体を許した。そこに恋愛感情などはなく。だから、檜山からは一度も好きだとは言われなかったのだろうか。

そうなのだとしたら、俺だっていい大人だ。みっともなく縋るつもりはない。

「俺とは付き合えないなら、はっきり言ってくれていいよ」

「え…?」

「諦めるから」

俺を見上げる檜山と視線が重なる。

あの夜、この丸い瞳が潤んで俺を見つめていた。檜山の柔らかい頬の感触も、重ねると甘い唇も、俺はもう全て知っている。

指先から髪の一本一本まで、全てを愛しいと思ったあの夜と同じ感情が、再び胸を占める。

知らなければ良かった。これを諦めるのは結構キツいかもしれない。
しおりを挟む
【完結】とびきりの幸せを、君に (R18)



本作の脇役、村瀬の友人の神島の恋愛ストーリーはpixivで随時更新中です(R18)。
pixivリンク

感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

一夜の男

詩織
恋愛
ドラマとかの出来事かと思ってた。 まさか自分にもこんなことが起きるとは... そして相手の顔を見ることなく逃げたので、知ってる人かも全く知らない人かもわからない。

処理中です...