【完結】雷の夜に

緑野 蜜柑

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「檜山に好きだって言わなかったの?」

神島が微笑んで俺に聞く。

「それは言った」

「ん?じゃあ、付き合ってんじゃないの?」

「いや、それは、どうだろ…」

「どうだろって、何さ」

そう。あの朝に俺が檜山に言ったのは、『これからは雷が来たら俺がそばにいるから』 であって、『付き合ってくれ』ではなかった。

俺の中ではその2つは同じ意味なのだが、厳密には同じではない。そして、檜山の返事も無理に聞き出さなかった。

「そこが曖昧だったから、逃げられてんのかなって思ってはいる」

「ふーん。まぁ、ちゃんと言質取らなかったなら、村瀬にしては爪が甘かったんじゃない」

その通りだ。一度抱けただけで自分のものに出来たと油断していた。相手はあの檜山なのに。

「身体だけの関係じゃなくて、檜山とちゃんと付き合いたいって思ってるんでしょ?」

「当たり前だろ」

「はは。じゃあ、大丈夫でしょ。村瀬なら」

そう笑った神島は何の根拠もなさそうだったけど、俺の心は少しだけ軽くなった。



次の日。

昼休みに自身のスマホで天気予報を調べる。週間天気は悲しいくらい晴れマークが並んでいる。

窓の外を見ても夕立が来そうな気配はない。天気は全く俺の味方をしていないようで、当面はあの夜のようなチャンスはないことを示していた。

完全に檜山不足だ。あんな甘い夜を過ごしたら、疑いなく次を期待するに決まってるのに、避けられまくって接点ゼロって、何の拷問なのか。

あの夜の檜山、めちゃくちゃ可愛かったな。
まだたった一週間ほどしか経っていないのに、もう随分と前のことみたいだ。

抱きたいなんて贅沢は言わないから、せめて手が届く距離で顔を見たい。


「村瀬、昼休みに悪い。午後ちょっと雑用頼めるか」

外出間際の課長が、現実に引き戻すように俺にそう声を掛ける。

「いいっすよ」

「この書類、顧客とやり取りした原本が5階の書庫にあると思うから、探しておいて貰えないか。夕方には戻れると思うから」

「わかりました。課長が戻ってくるまでに探しときますね」

「助かる。悪いけど、よろしくな」

足早に出ていく課長を見送ると、ちょうど午後の始業を知らせる短い音楽が鳴る。俺はそのまま書庫に向かった。



5階の突き当り。 人気ひとけのない書庫は、シンと静かだった。エアコンの設定温度が低いのか、少しひんやりしている。

ほとんどの書類が電子化されている今、この部屋に用事は滅多になく、俺も1回しか来たことがない。

部屋の奥から手前まで所狭しと並んだ複数の棚。俺はめぼしい場所を探した。
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