【完結】雷の夜に

緑野 蜜柑

文字の大きさ
上 下
9 / 25

2-2

しおりを挟む
「檜山に好きだって言わなかったの?」

神島が微笑んで俺に聞く。

「それは言った」

「ん?じゃあ、付き合ってんじゃないの?」

「いや、それは、どうだろ…」

「どうだろって、何さ」

そう。あの朝に俺が檜山に言ったのは、『これからは雷が来たら俺がそばにいるから』 であって、『付き合ってくれ』ではなかった。

俺の中ではその2つは同じ意味なのだが、厳密には同じではない。そして、檜山の返事も無理に聞き出さなかった。

「そこが曖昧だったから、逃げられてんのかなって思ってはいる」

「ふーん。まぁ、ちゃんと言質取らなかったなら、村瀬にしては爪が甘かったんじゃない」

その通りだ。一度抱けただけで自分のものに出来たと油断していた。相手はあの檜山なのに。

「身体だけの関係じゃなくて、檜山とちゃんと付き合いたいって思ってるんでしょ?」

「当たり前だろ」

「はは。じゃあ、大丈夫でしょ。村瀬なら」

そう笑った神島は何の根拠もなさそうだったけど、俺の心は少しだけ軽くなった。



次の日。

昼休みに自身のスマホで天気予報を調べる。週間天気は悲しいくらい晴れマークが並んでいる。

窓の外を見ても夕立が来そうな気配はない。天気は全く俺の味方をしていないようで、当面はあの夜のようなチャンスはないことを示していた。

完全に檜山不足だ。あんな甘い夜を過ごしたら、疑いなく次を期待するに決まってるのに、避けられまくって接点ゼロって、何の拷問なのか。

あの夜の檜山、めちゃくちゃ可愛かったな。
まだたった一週間ほどしか経っていないのに、もう随分と前のことみたいだ。

抱きたいなんて贅沢は言わないから、せめて手が届く距離で顔を見たい。


「村瀬、昼休みに悪い。午後ちょっと雑用頼めるか」

外出間際の課長が、現実に引き戻すように俺にそう声を掛ける。

「いいっすよ」

「この書類、顧客とやり取りした原本が5階の書庫にあると思うから、探しておいて貰えないか。夕方には戻れると思うから」

「わかりました。課長が戻ってくるまでに探しときますね」

「助かる。悪いけど、よろしくな」

足早に出ていく課長を見送ると、ちょうど午後の始業を知らせる短い音楽が鳴る。俺はそのまま書庫に向かった。



5階の突き当り。 人気ひとけのない書庫は、シンと静かだった。エアコンの設定温度が低いのか、少しひんやりしている。

ほとんどの書類が電子化されている今、この部屋に用事は滅多になく、俺も1回しか来たことがない。

部屋の奥から手前まで所狭しと並んだ複数の棚。俺はめぼしい場所を探した。
しおりを挟む
【完結】とびきりの幸せを、君に (R18)



本作の脇役、村瀬の友人の神島の恋愛ストーリーはpixivで随時更新中です(R18)。
pixivリンク

感想 0

あなたにおすすめの小説

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

パパのお嫁さん

詩織
恋愛
幼い時に両親は離婚し、新しいお父さんは私の13歳上。 決して嫌いではないが、父として思えなくって。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

処理中です...