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〜8. それぞれの思惑〜
優しさの意味
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ずっと不思議だった。サイラス殿下も使用人の皆も、なぜ私をこんなにも大事に扱ってくれるのだろうか、と。
当たり前だ。私は小麦の輸出を成功させるための重要な存在。クレディア商会へと繋ぐために、丁重に扱われてきたのだろう。
もともとアーサー皇子に婚約破棄された『いわく付き』。妻として娶る価値はどこにもない。普通ならば、あのまま次の相手など見つかるはずもない。
サイラス殿下が見ていたのは、私の背後にある父上──クレディア公爵の存在。輸出を成功させるために、私を懐柔しただけのこと。
優しさも温もりも、全ては作り物。それなのに、殿下相手に恋心を抱くなんて、私はどれだけ愚かなのか…
「大丈夫ですか、ロザリア妃殿下…」
「え…?」
「少し顔色が…」
執事のルバートが心配そうにそう声を掛けてくれる。顔に出しては駄目だ。ここは殿下の執務室で、今はクラウス王子もいる。
「大丈夫よ、なんでもないわ…」
無理矢理に笑みを作り、そう答える。指先がひどく冷たかった。
◇
「てか、アンタ。こんな論文まで読もうとしてんの…?」
そう言って、クラウス王子が呆れた顔をして私の手元の一番上のそれを取る。小麦の品種改良に関する初期の論文の一つだ。
「いけませんか…?」
「可愛げがなさすぎ。兄上が可哀想」
「な…っ!」
余計なお世話だ。可愛げがないのは自覚している。自覚した上で、そこで役に立とうとしているのだから、放っておいてほしい。
「まぁ、これに関心を持つなら、こっちの論文もいいと思うよ。あと、これも」
「え…っ、わ…!」
執務室の棚から数束の論文を見繕い、クラウス王子が私の手に乗せていく。
「ク、クラウス殿下…?」
「ちなみに最初に持ってたこれは、僕が書いたものだから」
「え…っ!」
「読んだら感想よろしく」
そう言って、クラウス王子は得意気に笑った。品種改良の研究が彼の専門分野というのは、本当みたいだ。
「アンタをこの国に受け入れた理由は、まぁ、色々あるんだろうけど…」
「……?」
「兄上は、ああ見えて意外と単純な事しか考えてないと思うよ」
「え…?」
クラウス王子のその言葉に首を傾げる。それはどういう意味だろう。
「まぁ、あまり趣味がいいとは思わないけど」
私の頭から爪先までを一瞥してそう言うと、クラウス王子は何か意味を含むように苦笑した。
当たり前だ。私は小麦の輸出を成功させるための重要な存在。クレディア商会へと繋ぐために、丁重に扱われてきたのだろう。
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