公国第二王子の一途な鐘愛 〜白い結婚ではなかったのですか!?〜

緑野 蜜柑

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〜8. それぞれの思惑〜

私の価値

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身支度を済ませ、窓の外を見ると、この時期には珍しく霧雨が降っていた。

朝方に出発した殿下は、濡れたりしていないだろうか。夏が近いとは言え、セントレア帝国より北方のこの国では、朝晩は気温が下がる。

灰色の空。景色が霞んでいる。殿下がこれから不在の一週間を、わたくしはどこか心細く感じていた。



「なんでアンタが兄上の執務室にいんの…」

その日、執事のルバートと共にサイラス殿下の執務室にいたわたくしに、ドアを開けるなり不機嫌な口調でそう声を掛けたのはクラウス王子だった。

「あら。ごきげんよう、クラウス殿下」
「挨拶なんてどうでもいいよ。兄上の執務室に何か用?」
「えぇ。小麦に関する帳簿と、論文や書類に目を通そうと思いまして。殿下からも許可は戴いておりますわ」

そう答えると、クラウス王子は小さく舌打ちをする。相変わらずの態度にわたくしは小さく苦笑した。

「小麦の件は、クラウス殿下も関わっておられるのですか?」
「あぁ。品種改良の研究は僕の専門分野だ」
「え…っ!」
「…なんで、そこで驚くんだよ」
「いえ、ちょっと意外で…」
「僕のこと、舐めてたってこと?」
「そんなことは…!」

ジトっとわたくしを睨むクラウス王子に慌てて弁解をする。第一王子である彼も何かしら関わっているとは思っていたが、まだ15歳と若いクラウス王子が品種改良の研究に関与しているとは思っていなかった。

「そういうアンタは兄上に何を買われたの?」
「何って…」

セントレア帝国への品種改良麦の輸出。北方諸国を含む周辺国の状況を正確に読んだ上で練り上げられた戦略への協力を殿下から提案されたとき、わたくしの力が役に立つのなら、尽力したいと思った。

サイラス殿下がわたくしに期待したのは、わたくしが持つ知識と思考、そして、セントレア帝国の内情を詳しく知っているという点。

だけど、本当にそれだけだろうか…?

「あ…」

その瞬間、気が付いた。もう一つ、わたくしが持っているものがある。それは、わたくしの父上──クレディア公爵の存在だ。

父上が立ち上げた事業の一つ、クレディア商会。国内外にセントレア帝国一の強固な流通網を持っている。特に今はアーサー皇子の婚約破棄のせいで、王家が関わる貿易はクレディア商会がほぼ独占的に担うことが出来る。

父上に今回の話を持ち掛けたら、どうなるだろうか…? おそらく父上が断る理由はない。むしろ父上には利益しかない。話を持ち掛ければ、その場で纏まる。

レリック公国がわたくしを受け入れた理由は、これだったのではないだろうか。わたくしと婚姻を結ぶという恩を売れば、クレディア公爵家と繋がりができ、クレディア商会の流通網を利用してセントレア帝国への輸出を実現できる。

わかってしまえば、理由はとてもシンプルだ。レリック公国の戦略に、わたくしはとても都合の良い駒として嵌まる。今まで疑問に思っていたことの理屈が通り、すべてがストンと腑に落ちた。
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