【完結】とびきりの幸せを、君に

緑野 蜜柑

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1-11. 彼女の幸せ

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「幸野くんの、バカ…!」
「え…?」

情けなく俯く俺の頬に樫木先輩の手が触れ、そのままムギュっと頬をつねられる。驚いて顔を上げると、先輩は怒った顔をしていた。

「樫木…先輩…?」
「別れたの…!」
「は…?」
「だから、水原部長とは、別れたの!」

そう言って、怒ったままの彼女の瞳が真っ直ぐ俺を見る。

「え…、どういうことですか…、だって、水原部長、離婚するって…」
「そう言われたけど、別れたの!」
「え…、なんで…」
「だから、それは…!」

何かを言いかけて、先輩が頬を染める。意味がわからない。

「も、もう少し、頭を冷やしてから、言うつもりだったのよ…。 だって、水原部長と別れたばかりでこんな…」

その表情は、何度も見たことがあるものだった。だけど、それが向けられている相手が、いつもと違う。

いや、そんなこと、あるわけがない。だって、そんなの、今まで一度だって…

だけど、俺にとって幸せすぎるそれを、聞かずにはいられなかった。

「間違ってたら、すみません。僕の事、好きなんですか…」

そう聞くと、彼女の瞳が柔らかく潤んで、ふわっと唇が重なった。



優しくキスに応えながら、先輩の頬を手のひらで包む。

「これ…、現実ですよね…」
「現実だってば…」
「明日になったら実は夢だったとか、なんかそういうオチがありそうで…」
「…幸野くんって、いつも余裕ぶってるわりには意外と小心者なのね」

そう言いながら、先輩が可笑しそうに笑う。夢みたいで、心がふわふわしている。

「なんで、僕を選んでくれたんですか…」

そう聞いた俺を、先輩が優しい瞳で見つめた。

「水原部長と付き合ってた間、あたしはどうしたら幸せになれるんだろうって、ずっと思ってた」

穏やかな顔で先輩がゆっくりと話し始める。

「答えなんてなかった。当たり前よね。あんな恋愛に、幸せなんてある訳ない。だけど、そこから抜け出す方法がわからなかった」

それは彼女が水原部長のことを愛していたからだろう。水原部長の幸せと、自分の気持ちの間で、矛盾に苦しんだのだと思う。

「幸野くんと一緒にいて、シンプルでいいんだなって気付いたの」
「…シンプル…? それは、僕が単純ってことですか?」

否定はできない。面白半分で脅すつもりが、あっさりこの人に恋をしてしまったわけだから。

「ふふ、そうじゃなくて。あたしが、幸せにしたいって思ったのよ」
「……?」
「自分が幸せかどうかよりも、皆を幸せにしてきた幸野くんを、今度はあたしが幸せにしたいなって」

そんなことを言う人が現れるとは思ってなかった。だって、俺はもう、ずっと報われないのだと思っていたから。

「僕で、いいんですか…」
「幸野くんが、いいのよ」

そう笑った樫木先輩が、俺の首にギュウッと抱き付く。泣きたくなるぐらいの幸せを抱き締め返して、俺は先輩をそのままゆっくりと押し倒した。

「抱いてもいいですか…」

そう尋ねた俺に先輩は微笑んで、彼女はもう一度、俺にキスをした。
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