【完結】とびきりの幸せを、君に

緑野 蜜柑

文字の大きさ
上 下
3 / 18

1-3. 交換条件

しおりを挟む
「樫木先輩…」
「え…っ」

驚いた表情の先輩がこちらを向く。

「すみません。見ちゃいました。隣の部署なんですけど、僕のこと、知ってます?」

彼女のもとに歩み寄りながらそう聞く。

「幸野…くん…」

覚えてもらえていたとは、意外だ。

「さっきの、水原部長ですよね」
「─…っ!」
「何をしようとしてたかは、まぁ…、聞きませんが」

樫木先輩の頬が赤くなる。初めて見る表情だ。

「まずくないですか。不倫ですよね」
「何が…言いたいの…」

威嚇する、子猫みたいな瞳。こんな顔もするのか。

「黙っていますから、交換条件しませんか」
「交換条件…?」
「僕と付き合ってください」
「な─…っ!」

自分でも予想外の提案をしていることに驚く。不思議なことにスルスルと言葉が出てくる。

「もちろんスペアで構いませんよ。水原部長が一番、僕は二番」
「ス、スペアって…」
「先輩みたいな可愛い彼女、連れて歩いてみたかったんですよね」
「バカにしてるの…?」

眉間にシワを寄せて、今度は怒った顔。陽だまりみたいな笑顔のイメージだったが、この人の感情をもっと知りたい。

「本気ですよ。バラされたら、困るんじゃないですか? 特に水原部長は立場もありますし…」

そう言って彼女に微笑む。無茶苦茶な事を言っているのはわかっているが、圧倒的に優位なのは俺だ。

当惑した表情を見せながらも、先輩は小さく「わかった」と答えた。



その夜、彼女をバーに誘った。

「ちょっとは笑ってくださいよ」

そう言った俺の言葉に答えることなく、ぷいっと彼女はあちらを向いた。

「水原部長の前ではあんなに可愛く鳴いてたくせに…」
「な…っ!」

真っ赤な顔がこちらを向く。

「ちゃんと相手してくれないと、バラしちゃいますよ」
「─…っ! お、大人しく、ここまでついて来たでしょ!」

この人が、こんなふうに俺に感情を向けてくるのが、新鮮で楽しい。到底手が届かない存在だと思ってきたけど、こう見ると普通の女の子だ。

「僕は、飲みましょうって誘ったんですよ。もっとお話しましょうよ」
「は、話すことなんて…」
「じゃあ、水原部長とのことでも聞きましょうか。そうだな…、いつから付き合ってるんですか」
「い、一年…前から…」
「へぇ…、どこが好きなんですか」
「ど、どこって…」

言い籠もりながら、彼女の頬が赤くなる。その表情を見て、気づく。

俺はこの顔を知っている。本命との恋を叶えてきた女の子たちと同じ顔だ。

そうか、この人も…。付き合ってくれなんて、自分でも突拍子もないことを言ってしまったのは、そういうことか…

「僕ね、幸福しあわせを呼ぶ男なんですよ」
「幸福…?」

急な話に不思議そうな顔で彼女が俺を見る。

「僕と付き合った女の子は、何故か本命の男と結ばれるみたいなんです」

あの顔を俺は嫌というほど見てきた。今回もきっといつもと同じ。おそらくそのために、俺はこの人と繋がりができたのだ。

「だから先輩も、僕と付き合ってる間に水原部長と結ばれると思いますよ」

そう言って、俺は彼女に笑いかけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

あなたは私を愛さない、でも愛されたら溺愛されました。

桔梗
恋愛
結婚式当日に逃げた妹の代わりに 花嫁になった姉 新郎は冷たい男だったが 姉は心ひかれてしまった。 まわりに翻弄されながらも 幸せを掴む ジレジレ恋物語

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。 地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。 ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。 イラスト提供 千里さま

スパダリな彼はわたしの事が好きすぎて堪らない

鳴宮鶉子
恋愛
頭脳明晰、眉目秀麗、成績優秀なパーフェクトな彼。 優しくて紳士で誰もが羨む理想的な恋人だけど、彼の愛が重くて別れたい……。

結婚目前で婚約破棄された私を救ってくれたのは、競合会社の御曹司でした

鳴宮鶉子
恋愛
結婚目前で婚約破棄された私を救ってくれたのは、競合会社の御曹司でした

何も言わないで。ぎゅっと抱きしめて。

青花美来
恋愛
【幼馴染×シークレットベビー】 東京に戻ってきた私には、小さな宝物ができていた。

LOVE marriage

鳴宮鶉子
恋愛
LOVE marriage

処理中です...