【完結】とびきりの幸せを、君に

緑野 蜜柑

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1-3. 交換条件

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「樫木先輩…」
「え…っ」

驚いた表情の先輩がこちらを向く。

「すみません。見ちゃいました。隣の部署なんですけど、僕のこと、知ってます?」

彼女のもとに歩み寄りながらそう聞く。

「幸野…くん…」

覚えてもらえていたとは、意外だ。

「さっきの、水原部長ですよね」
「─…っ!」
「何をしようとしてたかは、まぁ…、聞きませんが」

樫木先輩の頬が赤くなる。初めて見る表情だ。

「まずくないですか。不倫ですよね」
「何が…言いたいの…」

威嚇する、子猫みたいな瞳。こんな顔もするのか。

「黙っていますから、交換条件しませんか」
「交換条件…?」
「僕と付き合ってください」
「な─…っ!」

自分でも予想外の提案をしていることに驚く。不思議なことにスルスルと言葉が出てくる。

「もちろんスペアで構いませんよ。水原部長が一番、僕は二番」
「ス、スペアって…」
「先輩みたいな可愛い彼女、連れて歩いてみたかったんですよね」
「バカにしてるの…?」

眉間にシワを寄せて、今度は怒った顔。陽だまりみたいな笑顔のイメージだったが、この人の感情をもっと知りたい。

「本気ですよ。バラされたら、困るんじゃないですか? 特に水原部長は立場もありますし…」

そう言って彼女に微笑む。無茶苦茶な事を言っているのはわかっているが、圧倒的に優位なのは俺だ。

当惑した表情を見せながらも、先輩は小さく「わかった」と答えた。



その夜、彼女をバーに誘った。

「ちょっとは笑ってくださいよ」

そう言った俺の言葉に答えることなく、ぷいっと彼女はあちらを向いた。

「水原部長の前ではあんなに可愛く鳴いてたくせに…」
「な…っ!」

真っ赤な顔がこちらを向く。

「ちゃんと相手してくれないと、バラしちゃいますよ」
「─…っ! お、大人しく、ここまでついて来たでしょ!」

この人が、こんなふうに俺に感情を向けてくるのが、新鮮で楽しい。到底手が届かない存在だと思ってきたけど、こう見ると普通の女の子だ。

「僕は、飲みましょうって誘ったんですよ。もっとお話しましょうよ」
「は、話すことなんて…」
「じゃあ、水原部長とのことでも聞きましょうか。そうだな…、いつから付き合ってるんですか」
「い、一年…前から…」
「へぇ…、どこが好きなんですか」
「ど、どこって…」

言い籠もりながら、彼女の頬が赤くなる。その表情を見て、気づく。

俺はこの顔を知っている。本命との恋を叶えてきた女の子たちと同じ顔だ。

そうか、この人も…。付き合ってくれなんて、自分でも突拍子もないことを言ってしまったのは、そういうことか…

「僕ね、幸福しあわせを呼ぶ男なんですよ」
「幸福…?」

急な話に不思議そうな顔で彼女が俺を見る。

「僕と付き合った女の子は、何故か本命の男と結ばれるみたいなんです」

あの顔を俺は嫌というほど見てきた。今回もきっといつもと同じ。おそらくそのために、俺はこの人と繋がりができたのだ。

「だから先輩も、僕と付き合ってる間に水原部長と結ばれると思いますよ」

そう言って、俺は彼女に笑いかけた。
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