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1-4. 執着の痕
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樫木先輩と会うのは、いつもそのバーにしていた。会社から数駅離れたその場所は、社内の人に会うこともなく、ちょうど良かった。
彼女をどうこうするつもりはなかった。あんな風に水原部長に好意を寄せている彼女を見たら、そんな気は沸いてこなかった。
だけど、俺には到底届かない彼女を、誰にも邪魔されずに、ほんの少しだけ、ここで独り占め出来るのが嬉しかった。
自分に害は成さないと気付いたのか、彼女はわりとすぐに警戒心を解き、俺との時間を気晴らしのように楽しんでいるようだった。
「ごめん、幸野くん!遅くなって」
いつものように、彼女が横の席に腰掛ける。
「いいですよ。帰り際に水原部長に捕まってるの見えましたから」
俺が会社を出るときに、彼女は水原部長に呼ばれていた。あのまま今日は向こうに行くのかもしれないと思っていたが、水原部長の都合が合わなかったのか、こちらに来れたらしい。
「ほんと、あんな帰る間際に仕事振らないでほしい…」
そう言う彼女は、困ったような顔をしているが、どこか嬉しそうでもある。
「樫木先輩を帰したくなかったんじゃないですか?」
彼女のうなじを見ながらそう言う。そこには水原部長の独占欲が残っていた。
「首の後ろ、キスマーク見えてますよ」
「え…っ!ウソ…っ!」
そう言って樫木先輩が慌てて首を押さえる。
「自慢したかったんじゃないですかね、自分がつけたソレを」
俺のその言葉に、樫木先輩の頬がカァっと赤く染まった。こんな風に垣間見るたび、樫木先輩は一途に水原部長を好きなのだと知る。
この人から真っ直ぐ想われて、水原部長は何を考えて、この不誠実な関係を持っているのだろうか。
見える場所に痕を付けるなんて、ただの火遊びにしては、随分執着している気もする。遊びではないということだろうか。
気持ちはわからないでもないが、ならば男として、順番が違うだろうと、俺は少し苛立った。
◇
「幸野くんって、好きな子とかいないの?」
お酒が入り少し酔った樫木先輩が、興味を滲ませた顔をしてそう聞く。
「好きな子いたら、先輩のこと脅して付き合えなんて言わないですよ」
「えー? でも、これ結局、あたしの愚痴聞いてもらってるだけじゃない?」
警戒を解くにつれて、先輩は気軽に色んな話をしてくれるようになっていた。愚痴を聞くと言ったって大したものではない。今日だって、外で堂々とデートをしたいとか、そんなかわいらしい不満を横で聞いただけだ。
「僕の周りの女の子は本命に夢中なんで、僕のことなんて眼中にないんですよ」
「えー? 何それ。そんなことないでしょ?」
そんなこと、あるんだよな。残念ながら。
「まぁ、フリーですから。スペアの僕で良ければ、どこでも付き合いますよ」
「え…?」
「デート。映画でも、水族館でも、遊園地でも…」
そこまで言いかけたところでふと気付く。俺と行っても何の意味もないだろうと。
「あー、すみません。今のは、冗談…」
「…水族館」
「は…?」
「水族館、連れてって」
彼女をどうこうするつもりはなかった。あんな風に水原部長に好意を寄せている彼女を見たら、そんな気は沸いてこなかった。
だけど、俺には到底届かない彼女を、誰にも邪魔されずに、ほんの少しだけ、ここで独り占め出来るのが嬉しかった。
自分に害は成さないと気付いたのか、彼女はわりとすぐに警戒心を解き、俺との時間を気晴らしのように楽しんでいるようだった。
「ごめん、幸野くん!遅くなって」
いつものように、彼女が横の席に腰掛ける。
「いいですよ。帰り際に水原部長に捕まってるの見えましたから」
俺が会社を出るときに、彼女は水原部長に呼ばれていた。あのまま今日は向こうに行くのかもしれないと思っていたが、水原部長の都合が合わなかったのか、こちらに来れたらしい。
「ほんと、あんな帰る間際に仕事振らないでほしい…」
そう言う彼女は、困ったような顔をしているが、どこか嬉しそうでもある。
「樫木先輩を帰したくなかったんじゃないですか?」
彼女のうなじを見ながらそう言う。そこには水原部長の独占欲が残っていた。
「首の後ろ、キスマーク見えてますよ」
「え…っ!ウソ…っ!」
そう言って樫木先輩が慌てて首を押さえる。
「自慢したかったんじゃないですかね、自分がつけたソレを」
俺のその言葉に、樫木先輩の頬がカァっと赤く染まった。こんな風に垣間見るたび、樫木先輩は一途に水原部長を好きなのだと知る。
この人から真っ直ぐ想われて、水原部長は何を考えて、この不誠実な関係を持っているのだろうか。
見える場所に痕を付けるなんて、ただの火遊びにしては、随分執着している気もする。遊びではないということだろうか。
気持ちはわからないでもないが、ならば男として、順番が違うだろうと、俺は少し苛立った。
◇
「幸野くんって、好きな子とかいないの?」
お酒が入り少し酔った樫木先輩が、興味を滲ませた顔をしてそう聞く。
「好きな子いたら、先輩のこと脅して付き合えなんて言わないですよ」
「えー? でも、これ結局、あたしの愚痴聞いてもらってるだけじゃない?」
警戒を解くにつれて、先輩は気軽に色んな話をしてくれるようになっていた。愚痴を聞くと言ったって大したものではない。今日だって、外で堂々とデートをしたいとか、そんなかわいらしい不満を横で聞いただけだ。
「僕の周りの女の子は本命に夢中なんで、僕のことなんて眼中にないんですよ」
「えー? 何それ。そんなことないでしょ?」
そんなこと、あるんだよな。残念ながら。
「まぁ、フリーですから。スペアの僕で良ければ、どこでも付き合いますよ」
「え…?」
「デート。映画でも、水族館でも、遊園地でも…」
そこまで言いかけたところでふと気付く。俺と行っても何の意味もないだろうと。
「あー、すみません。今のは、冗談…」
「…水族館」
「は…?」
「水族館、連れてって」
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