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第二章

14.私の親友

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 ホテルを出たところで、私と平原さんは一旦別行動をとることになった。
 「帰る前に会社のことを何とかする」と言う平原さんに、私は少し不安を覚える。またあの社長に脅されたり、ひどい目に遭ったりしないか心配だったのだ。
 でも彼はもう大丈夫だと言って、あさって再び会う約束をしてくれた。私はまだ不安が拭えなかったけれど、平原さんを信じることにする。もう絶対に離れないと、確かに誓ってくれたからきっと大丈夫だ。
 


 平原さんと別れてから、私は七海の家に向かった。
 元々七海と遊ぶ予定でこの街に来たのに、色んなことが一度に起こったせいで全然遊べていない。七海と過ごす時間は少なくなってしまったけれど、その分を取り返すつもりで遊ぶことにした。
 
 七海の家に着いてインターフォンを押すと、まるでドアのすぐそばにいたように一瞬でドアが開いた。驚く間もなく、七海に手を引かれてリビングのソファに座るよう促される。
 
「なっ、どうしたの!? そんな急いで……」
「もうっ、早く聞きたくて聞きたくて! どうだったの、昨日!」
「え? ああ、平原さんは相変わらずだったよ。七海、本当にありが……」
「そうじゃない!! 感想聞かせてって言ったでしょ!?」
 
 感想。
 その言葉を聞いて、昨夜七海とメッセージのやり取りをしたことを思い出した。それに、明け方近くまで平原さんと繋がっていたことも。
 
「わっ、え!? いや、そんな、感想なんてっ……!」
「あらあらぁ、真っ赤になっちゃってー! これは相当良い思い出が出来たみたいね! ほらっ、最初から話して! あたしだってアドバイスしたんだから聞く権利はあるでしょ!」
 
 そんな胸を張って言われても、七海の言葉で参考になったのは「なるようになる」の部分だけである。まあ確かに、七海の言葉通りになんとかなったわけなんだけど。
 
「いや、でもっ……な、何を話せばいいの?」
「だから、感想よ! どう、よかった? 平原さんの方は手慣れてそうだし、痛すぎて断念、なんてことにはならなかったでしょ?」
「あー……」
 
 何と言えばいいのだろう。
 私と同じで、七海もまた平原さんについて誤解しているみたいだ。私でさえ予想外すぎて未だに信じられないのだから仕方ない。
 七海にも本当のことを言いたいけれど、「屋代さんにあんまり言わない方が良いと言われた」と彼が言っていたのを思い出して口を噤んだ。
 
「なによ、その反応。まさか断念したの?」
「いや、その……断念はしてないよ。ちゃんと最後まで、あの……できた」
 
 本当は「最後までできた」どころの話ではなかったのだが、その話は置いておこう。
 朝になってみれば一体何度抱かれたのか記憶があやふやだったけれど、平原さんが五個入りがナントカとのたまっていたから、きっと五回だ。ていうか、普通は一晩に何回するものなんだろうか。
 七海に聞きたいけれど、それを聞いたら昨日何回したんだ、といった話になりそうなのでこれまた口を噤むしかなかった。
 
「ねえねえ、上手だった!?」
「じょっ……!? そ、そんなの分かるわけないでしょ! はっ、初めてだったんだし……」
「ああ、そっか。まあ、あたしも上手下手なんて分かんないけどさぁ、車の運転がうまい人ってそっち方面もうまいって言うじゃん?」
「な、何それ? そんなこと言い始めたら、世の中のありとあらゆる運転手さん、みんなそうってことになるよ」
「いやいや、たまに超運転荒い運転手さんいるでしょ!? でも平原さんの運転するバスって全然急ブレーキ急発進しないし、スピードもそんなに出さないし、ああいうのを運転うまいって言うと思うなぁ、あたしは」
 
 確かに、七海の言うことは一理ある。
 まだ普通自動車の免許も持っていない私からしてみれば、あんな大きなバスを運転できるだけですごいと思うけれど、そんな運転手さんの中でも平原さんのバスは特に安心で安全だ。ちゃんと乗客全員が座ってから発車してくれるし、交差点で曲がるときもそんなに揺れない。
 実際に乗っているときは全く気に留めていなかったけれど、たまに運転の荒い運転手さんに当たると乗っている間ずっと不安になることがあった。そこで初めて、平原さんの運転するバスがどれだけ快適だったかを認識したのだ。
 
「でもさ、全然関係なくない? 運転うまいのと、その……そっちがうまいとかどうかって」
「だから倫に検証してもらおうと思ったんじゃん! ねえ、気持ちよかった? あたしなんてさ、トモヤの方も初めてだったから二人してパニック状態だったよ」
「なっ……」
 
 突然友達のそういう話を聞くと恥ずかしくなってしまう。私が顔を真っ赤にしたのに、当の七海は何食わぬ顔で話を続けた。
 
「どこに入れるの!? えっ力入れすぎ!? ごめん痛い!? ……みたいな感じでうるさいからつい怒鳴ったら、萎えちゃったみたいでさ。あれはちょっと悪いことしたなぁ」
「そ……そうですか」
「いつものんびりしてる分、テンパると駄目なんだよねぇ、トモヤって。まあ、それでもなんとかなったんだから、倫も大丈夫だと思ったんだ」
 
 昨日のあの張りつめたお見合いの場面でも、坂木くんは慌てることもなく正論で社長を圧倒していた。その坂木くんがテンパっていたというのだから、やっぱり男女問わず「初めて」のときは緊張して思い通りにならないものなのだろう。
 そう考えてみたら、昨日の平原さんの落ち着きっぷりの方がおかしいのかもしれない。いや、ある意味落ち着いてはいなかったけれど。
 
「で、倫は? あたしだって言ったんだから、倫も吐いてよね」
「えっ……七海が勝手に話し始めたくせに」
「もう、細かいことはいいの! 気持ちよかったのかよくなかったのか、それだけでも吐け!」
 
 なぜそこまで聞きたがるのか分からないけど、言わないと解放されそうにない。
 それに、私から聞いたわけではないとはいえ、七海の話だって聞いてしまったのだ。そうなると、やはり私も話す流れになってしまう。
 
「えーっと……よ、よかった、かな……?」
「きゃあっ、やっぱり! なんてったって二人は感動の再会を果たした後だもんね! そりゃいい思い出になるわぁ」
「ま、まあね? でも正直、三回目以降は何が何だか分かんなくて……」
「はあっ!? 三回目!?」
 
 七海の大声に思わず身がすくむ。それに、なんだか言ってはいけないことを言ってしまったような気がする。
 
「倫、あんた何回したのよ!?」
「えっ!? い、いや、私じゃないよ! 平原さんが勝手にしただけで、私はあんなにするつもりじゃ……!」
「するつもりなくても、最終的にしたんでしょうが! それで何回!?」
「え、えーっと……ご、五回、かな……? あっ、あのさ、普通は何回するものなの?」
 
 吐いてしまったついでに、さっき聞けずに飲み込んだ質問をぶつけてみる。
 思い切って聞いたはずなのに、なぜか七海は真顔になって何も言わなくなってしまった。
 
「な、七海?」
「……五回……処女相手にまさかの五回戦……あんな綺麗な顔して、やっぱり平原さんも獣か……」
「は?」
「あ、ごめん。ただの独り言。……大変だったね、倫」
「え……まあ、それは否定できないけど……」
「……たぶんね、普通はやっても二、三回だと思うよ。きっと倫に会えない間溜めこんだ分、一気に爆発しちゃったのね」
 
 今度はなぜか遠い目をしながら、七海は静かにそう教えてくれた。先ほどまで怖いくらいテンションが高かったのに、今はショックを受けたようにぶつぶつと何か呟いている。
 もうこれ以上何か追求されるとボロが出そうなので、私は慌てて話題を変えた。
 
「ね、ねえ、それより相談したいことがあるんだけど」
「何? ああ、どうしても無理なプレイ要求されたら早めに断っておいた方が……」
「何の話!? じゃなくて、実はあさって、平原さんのご両親に会いに行くことになったんだけど……」
 
 私がそう切り出すと、七海は目を見開いた。よかった、いつもの七海に戻ったみたいだ。
 
「両親に!? え、でも、もう実家には関わらないって……」
「うん。だから、最後に会っておきたいんだって。私も行くって言ったはいいんだけどさ、やっぱりご両親に会うとなるとちょっと怖いというか」
「あー、そりゃそうよね。そんなにいい親じゃないっぽいし」
 
 七海の言う通りだ。
 ただでさえ恋人のご両親に会うとなると緊張すると思うが、平原さんの家族は今までずっと彼を苦しめてきた元凶なのだ。実の息子である平原さんにでさえ愛情を注げないような人たちが、私に愛想よく接してくれるはずがない。しかも私は、部外者であるうえに彼を家から引き離そうとしている女だ。絶対に良い感情は持たれないだろう。
 
「別に、私がどうこう言われるのは構わないんだ。そういうのは慣れてるし、自覚もあるから」
「うーん、でもさぁ……」
「でも平原さんに何か暴言でも吐いたら、私殴っちゃうかもしれない。お父さんの方は入院中だっていうのに」
「その心配!? あんたねぇ、それより自分の心配しなさいよ! はぁ、変な方向に強くなっちゃって……」
「いいの、私の心配は平原さんや七海がしてくれるから。そうでしょ?」
 
 おどけたようにそう言うと、七海は目を丸くしてからぷっと吹き出した。
 
「もう、何それ! 倫ってそんな前向きな性格だったっけ?」
「うん、自分でも驚いてる。でも、本当にそう思うから」
「いやぁ、びっくりした。けど、あたしは今の倫の方が好きだよ。だって楽しそうだもん」
 
 そう言って、七海は嬉しそうに笑った。
 たまにきついことも言うけれど、七海はいつだって私の味方でいてくれる。卑屈で意地っ張りで性格の悪い私を、いつも叱ってくれていた。
 そんな七海と友達になれたことの喜びを感じながら、まだ笑っている七海を見て私も笑った。
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