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第二章
13.暴走した彼と朝のできごと
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「はっ、はぁっ、はぁっ……ひぁ、は、さっ……も、やめっ……ひぃんっ……!」
「うっ……倫、もうちょっと付き合ってよ。俺、まだ全然足りないっ……!」
「いやっ、いやぁっ! あ、ああ、だめ、も、しんじゃうぅっ……」
「はぁ、いくっ……ねえ、倫もイって?」
「あっ、ああっ、んあああっ!」
一際強く私の体を揺さぶったかと思うと、平原さんのそれがびくびくと脈打つのを感じた。それと同時に私の中もきゅうっと締まって、さっき教え込まれたばかりの絶頂に達したのだと理解する。
これが何度目の絶頂なのか、もう数える気にもならない。でも、平原さんが果てたのはこれで確か四度目だ。開封済みの避妊具のパッケージが枕元に散らばっているから、それは分かる。最初に「初心者モードで」とお願いした意味はなんだったのだろう。
蕩けそうなキスを受けながら、朦朧とした意識の中でそんなことを考えていた。
「ふ、あ……ひら、はらさんっ……もう、寝かせてください……っ」
「だーめ。俺より倫の方が若いんだから、もうちょっと頑張れるでしょう?」
「いやっ、もう、ほんとにむりですっ……! 勘弁してくださいぃっ……」
「もう、しょうがないなぁ。じゃああと一回で勘弁してあげる」
「なっ……! ほっ、ほんとに駄目です! 無理です!」
もう力の入らない両足を再び平原さんに抱えられそうになって、私は必死で逃げだした。
冗談じゃない、本当に死ぬ。漫画でだってこんな激しいのを何回もなんてしてなかった。話が違うじゃないか、ともうタイトルも思い出せないその少女漫画に文句を言いたくなったけれど、そうしたところで平原さんが私を逃がすはずがない。
とにかく彼から離れようと、うつぶせになって這いずり逃げようと思ったのに、ベッドから出る前に平原さんに腰を掴まれて難なく捕まってしまう。
「なんだ、後ろから突いてほしいの? 大胆だなぁ、倫は」
「ひいっ……ち、違いますっ! もういやっ、やだってばぁっ……!」
私も乗り気で、平原さんの体に足を絡ませていられたのは二回目までだった。
三回目、四回目はもうほとんど無理矢理だ。こんなにされたら大事な場所が痛くなりそうなのに、あいにく私の体は平原さんを受け入れるために大量の蜜を溢れさせていたから、それで彼も調子に乗ってしまったみたいだ。でももう、本当に、本気で勘弁してもらいたい。
「ひっ、平原さんっ、お願い、入れないでぇっ……!」
「ごめんね、倫。あとでいくらでも文句聞くから、今日は好きにさせてっ……!」
「あっ……! あっ、い、いれな、いれないでっ、あ、うああっ!」
私の言葉なんか聞こえていないみたいに、平原さんは再びその剛直を私の体内に挿入した。挿入した、というよりもはや「押し込んだ」の方が正しいような気がする。
しかも、下手に逃げようとしたせいで今度は背後から好きに突かれてしまう。動物の交尾みたいにはしたない格好で平原さんと繋がっていると思うと、これ以上ないほど羞恥心を煽られる。
「はっ、倫可愛いっ……結婚したら、ゴムつけないで中に出してあげるね?」
「あ、あ、はあぁっ、やぁ、なか、もうやだぁっ……」
「ふふっ、もう訳分かんなくなっちゃった? 可愛い、倫っ……早く、倫との子どもほしいな」
「あっ、も、ひ、ひぁ、はぁっ、さっ……やっ、んんっ!」
「くっ……! ほら、やっぱり、平原さんって呼びにくいでしょう? ねえ、倫っ……大和って、呼んで?」
「え……な、に……あ、んうぅっ」
「や、ま、と。ほら、呼んで」
平原さんが私の背に覆い被さって、耳元でささやく。
もうすでに何かを考えられるような頭ではなくなっていて、耳元で聞こえる彼の荒い息遣いと、彼の言葉だけを飲み込もうと必死だった。
「やま、と、さん……?」
「っ……! うん、そうっ……もっと、もっと呼んで、倫っ……!」
「ひゃうぅっ! やぁ、やだぁ、やまとさ、大和さんっ……!」
名前を呼んで、という彼の言葉だけを理解して、私はひたすら彼の名前を呼んだ。
その度に彼の滾りを最奥に打ち付けられて、もう訳も分からないまま真っ白なシーツを握って耐えた。口は開きっぱなしで、みっともなくよだれを垂らしている姿も彼に見られているかと思うと泣きたくなる。
でも、平原さんは余裕のない表情で、感情の全てをぶつけるように腰を打ち付けている。こんなにも激しい愛情を向けられたのは、生まれて初めてだった。
「はぁっ、倫、出るっ……倫、倫っ!」
「ぅあ、あ、やま、と、さっ……あっああっ――……!」
いつも穏やかで優しい平原さんとは思えないくらい声を荒げて、彼は達したようだった。その直後に私も緩やかに達して、きゅうっと自分の体内が彼を締め付ける。
その感覚だけは確かだったけれど、もう意識を保っていられなくて、平原さんの体温を感じながら私は目を閉じた。
カーテンを勢いよく開ける音とともに、眩しい陽の光が差し込んでくる。
目を開けると、窓際に立ってこちらを見る平原さんの姿があった。
「あ……平原、さん……?」
「おはよう、倫。よく寝てたね」
「おはよう、ございます……あれ、もう朝ですか……?」
「うん。今九時だよ」
「く、九時っ!? ごっ、ごめんなさい、私寝過ぎてっ……!」
慌ててベッドから起き上がって床に足をつこうとした瞬間、膝に力が入らずぺたんと床にしゃがみこんでしまった。どういうわけか、下半身が震えてしまって立つことが出来ない。
自分で思った通りに体が動かなくて戸惑っていると、笑いながら平原さんが抱き起こしてくれる。
「大丈夫? ごめんね、たぶん俺のせいだ」
「え……?」
「倫があんまり可愛いから、調子乗って抱きつぶしちゃった。我慢してた分、歯止めきかなくて」
平原さんのその言葉で、意識を失う前の出来事がまざまざと思い出される。
すっかり寝坊したと思っていたけれど、きっと気を失うのを許されたのは明け方近くだっただろうから、そこまで寝過ぎたわけでもなかったらしい。
「でもよかった、五個入りの方にしといて。十二個入りと迷ったんだけどさ、そっちにしてたらきっと倫、まだ起きれなかったと思うよ」
「えっ? な、何の話ですか?」
「ん? ああ、ゴムの話」
頭がくらくらした。朝っぱらから何を言ってるんだ、この人は。
もはや何も言葉が出て来なくて、私は苦笑いで誤魔化した。
「倫、お腹すかない? ルームサービスでも頼もうか」
「あ……空きました。いいんですか?」
「うん。ちょっと待ってて」
平原さんにルームサービスを頼んでもらっている間、私は軽くシャワーを浴びさせてもらうことにした。彼は私よりずっと早く起きてもう準備を済ませたらしい。
一歩一歩踏ん張って洗面所に向かいながら、ふと昨夜の情交を思い出して悶絶する。確かに平原さんがいささか暴走していたけれど、よくよく思い返してみれば私だってかなり恥ずかしいことを言ったりやったりしていた。最後の方は、もう何が何だか分かっていなかったけれど。
自分の痴態を思い出して、ため息をつきながらシャワーを浴びて着替える。そして部屋へ戻ると、すでにルームサービスの朝食が届いていた。
「あ、ありがとうございます」
「うん、じゃあ食べようか」
二人揃って手を合わせて、少し遅めの朝ごはんを食べ始める。
カリカリに焼かれたクロワッサンを手で千切って口に入れると、バターの良い香りが鼻を通り抜けた。さすが高級ホテルだけあって、パンひとつとってもクオリティが高い。
昨夜平原さんの前で醜態を晒したこともすっかり忘れて、私は上機嫌で朝食を食べていた。
「ふふっ、嬉しそうだね」
「えっ!? あ、ごめんなさい、美味しくてつい集中しちゃって……」
「いいよ。倫って本当に美味しそうに食べるから、見てる俺の方が幸せな気分になるんだ」
「は、はあ……そういうものですか?」
「そうだよ。また倫とこうして一緒に美味しいものが食べられて、倫の笑顔が見れて、今幸せを実感してたところ」
そう言って平原さんが本当に幸せそうに笑うから、私は思わずその笑顔に釘づけになる。
この笑顔が見たくて、私はずっと彼を探していたんだ。
「平原さん。私も今、とっても幸せです」
「ふふっ、よかった。……俺はもう、倫の傍から離れないから。何があっても、絶対に」
じっと私の目を見据えて、平原さんがもう一度誓いを立てた。
私が黙って頷くと、そっと唇にキスしてくれる。幸せすぎて、今までの辛さも忘れてしまいそうなくらいだった。
「……ああ、ごめん。朝食の途中だったね」
「あっ……そ、そうでした」
すっかり甘い雰囲気になっていたが、私も平原さんもまだ朝食を食べ終えていなかった。
急に照れくさくなってそっぽを向いてから、再びフォークを取って朝食を再開する。そんな私を見て笑って、彼もまたフォークを手に取った。
「そういえば、倫はいつまでこっちにいられるの?」
「えっと、あさってまでです。しあさってからは、バイトがあるので……」
「え。倫、バイトしてるの?」
「あっ、そうなんです。まだ言ってませんでしたよね。実は、平原さんといつも会ってた喫茶店で雇ってもらったんですよ」
そう言うと、平原さんはかなり驚いたようで目を丸くしていた。そんな表情すら綺麗でかっこいい。
「そうだったんだ。驚いたけど、あの喫茶店なら安心だね」
「はい。ご主人も奥さんも、常連さんも皆さん良い人たちですから」
「よかった。俺も帰ったら挨拶しに行かないと」
店長も奥さんも、突然いなくなった平原さんと残された私のことをずっと気にかけてくれていたから、彼が戻ってくるのを知ったら喜んでくれるだろう。あの喫茶店で働き始めたきっかけは彼を待つためだったけれど、できることならこれからもあのお店で働き続けたいと思っている。
「……あのさ、倫。いきなりだけど、お願いがあるんだ」
「え……なんですか?」
「あさって、倫が帰る前に付いて来てほしい場所があるんだけど……一緒に来てくれるかな」
「いいですけど、どこにですか?」
「……俺の、両親のところ。今父さんが入院してるから、その病院に」
平原さんにしては歯切れ悪く、私の顔色を窺うように尋ねる。それを聞いて一瞬どきりとしたけれど、彼は私から目を離さずに続けた。
「この場所から離れる準備が出来たら、俺はすぐにでも倫のところへ帰るよ。だけどその前に、最後に両親に言っておきたいんだ。倫と、これから家族になるんだって」
「え……っ」
「ああ、もちろんこれですぐ結婚するって意味じゃないよ。でも、俺はもうこれから一切、平原の家と関わるつもりはないから。倫と一緒に、それだけ言いに行きたいと思ったんだ」
平原さんがまっすぐ私の目を見つめる。もう決意は固いらしい。
ずっと彼を苦しめてきた人たちに会うのは、勇気がいることだ。あの社長みたいに、自分の望みのために平原さんを使うことしか考えていない人たちと対峙して、私は冷静でいられるだろうか。
頭の中で色々なことを考えてから、私は彼の目を見ながら頷いた。
「……はい。行きます。平原さんと、一緒に」
少しの不安はあったけれど、それ以上に私は平原さんに付いて行きたかった。
これで私が「行きたくない」と言ったら、きっと彼は一人で両親に別れを告げに行くのだろう。
今まで普通の家族のような関係を築いてこなかったとはいえ、高校を卒業するまでは育ててくれた両親なのだ。だからこそ、平原さんは黙って家を去ろうとはせず、両親に会いに行こうとしているのだろう。
それならば、私は少しでも平原さんの力になりたい。彼の選択が間違っていないということを、隣で証明したいと思った。
「……いいの? ろくでもない親だよ」
「いいです。平原さんにはもう私がいるんだって、お父さんお母さんに私から言います」
「っ……もう、しばらく会わない間に、随分強くなったね? 俺、結婚したら倫の尻に敷かれるんじゃないかな」
「そっ、そんなことしません!」
「ふふっ、でもそれはそれで幸せかもね。ありがとう、倫。頼りにしてる」
平原さんがほっとしたように笑みを零して、隣に座る私をぎゅっと抱きしめた。
離れていた間、きっと彼も私と同じかそれ以上に辛い思いをしてきたのだろう。その辛さも苦しみも、二人で分かち合いたかった。
そっと彼の背に手を回す。きっとこれからの二人の人生にも、色んな困難が待ち受けているのだろう。でも不思議と、平原さんとならそれを乗り越えていけると思った。
「うっ……倫、もうちょっと付き合ってよ。俺、まだ全然足りないっ……!」
「いやっ、いやぁっ! あ、ああ、だめ、も、しんじゃうぅっ……」
「はぁ、いくっ……ねえ、倫もイって?」
「あっ、ああっ、んあああっ!」
一際強く私の体を揺さぶったかと思うと、平原さんのそれがびくびくと脈打つのを感じた。それと同時に私の中もきゅうっと締まって、さっき教え込まれたばかりの絶頂に達したのだと理解する。
これが何度目の絶頂なのか、もう数える気にもならない。でも、平原さんが果てたのはこれで確か四度目だ。開封済みの避妊具のパッケージが枕元に散らばっているから、それは分かる。最初に「初心者モードで」とお願いした意味はなんだったのだろう。
蕩けそうなキスを受けながら、朦朧とした意識の中でそんなことを考えていた。
「ふ、あ……ひら、はらさんっ……もう、寝かせてください……っ」
「だーめ。俺より倫の方が若いんだから、もうちょっと頑張れるでしょう?」
「いやっ、もう、ほんとにむりですっ……! 勘弁してくださいぃっ……」
「もう、しょうがないなぁ。じゃああと一回で勘弁してあげる」
「なっ……! ほっ、ほんとに駄目です! 無理です!」
もう力の入らない両足を再び平原さんに抱えられそうになって、私は必死で逃げだした。
冗談じゃない、本当に死ぬ。漫画でだってこんな激しいのを何回もなんてしてなかった。話が違うじゃないか、ともうタイトルも思い出せないその少女漫画に文句を言いたくなったけれど、そうしたところで平原さんが私を逃がすはずがない。
とにかく彼から離れようと、うつぶせになって這いずり逃げようと思ったのに、ベッドから出る前に平原さんに腰を掴まれて難なく捕まってしまう。
「なんだ、後ろから突いてほしいの? 大胆だなぁ、倫は」
「ひいっ……ち、違いますっ! もういやっ、やだってばぁっ……!」
私も乗り気で、平原さんの体に足を絡ませていられたのは二回目までだった。
三回目、四回目はもうほとんど無理矢理だ。こんなにされたら大事な場所が痛くなりそうなのに、あいにく私の体は平原さんを受け入れるために大量の蜜を溢れさせていたから、それで彼も調子に乗ってしまったみたいだ。でももう、本当に、本気で勘弁してもらいたい。
「ひっ、平原さんっ、お願い、入れないでぇっ……!」
「ごめんね、倫。あとでいくらでも文句聞くから、今日は好きにさせてっ……!」
「あっ……! あっ、い、いれな、いれないでっ、あ、うああっ!」
私の言葉なんか聞こえていないみたいに、平原さんは再びその剛直を私の体内に挿入した。挿入した、というよりもはや「押し込んだ」の方が正しいような気がする。
しかも、下手に逃げようとしたせいで今度は背後から好きに突かれてしまう。動物の交尾みたいにはしたない格好で平原さんと繋がっていると思うと、これ以上ないほど羞恥心を煽られる。
「はっ、倫可愛いっ……結婚したら、ゴムつけないで中に出してあげるね?」
「あ、あ、はあぁっ、やぁ、なか、もうやだぁっ……」
「ふふっ、もう訳分かんなくなっちゃった? 可愛い、倫っ……早く、倫との子どもほしいな」
「あっ、も、ひ、ひぁ、はぁっ、さっ……やっ、んんっ!」
「くっ……! ほら、やっぱり、平原さんって呼びにくいでしょう? ねえ、倫っ……大和って、呼んで?」
「え……な、に……あ、んうぅっ」
「や、ま、と。ほら、呼んで」
平原さんが私の背に覆い被さって、耳元でささやく。
もうすでに何かを考えられるような頭ではなくなっていて、耳元で聞こえる彼の荒い息遣いと、彼の言葉だけを飲み込もうと必死だった。
「やま、と、さん……?」
「っ……! うん、そうっ……もっと、もっと呼んで、倫っ……!」
「ひゃうぅっ! やぁ、やだぁ、やまとさ、大和さんっ……!」
名前を呼んで、という彼の言葉だけを理解して、私はひたすら彼の名前を呼んだ。
その度に彼の滾りを最奥に打ち付けられて、もう訳も分からないまま真っ白なシーツを握って耐えた。口は開きっぱなしで、みっともなくよだれを垂らしている姿も彼に見られているかと思うと泣きたくなる。
でも、平原さんは余裕のない表情で、感情の全てをぶつけるように腰を打ち付けている。こんなにも激しい愛情を向けられたのは、生まれて初めてだった。
「はぁっ、倫、出るっ……倫、倫っ!」
「ぅあ、あ、やま、と、さっ……あっああっ――……!」
いつも穏やかで優しい平原さんとは思えないくらい声を荒げて、彼は達したようだった。その直後に私も緩やかに達して、きゅうっと自分の体内が彼を締め付ける。
その感覚だけは確かだったけれど、もう意識を保っていられなくて、平原さんの体温を感じながら私は目を閉じた。
カーテンを勢いよく開ける音とともに、眩しい陽の光が差し込んでくる。
目を開けると、窓際に立ってこちらを見る平原さんの姿があった。
「あ……平原、さん……?」
「おはよう、倫。よく寝てたね」
「おはよう、ございます……あれ、もう朝ですか……?」
「うん。今九時だよ」
「く、九時っ!? ごっ、ごめんなさい、私寝過ぎてっ……!」
慌ててベッドから起き上がって床に足をつこうとした瞬間、膝に力が入らずぺたんと床にしゃがみこんでしまった。どういうわけか、下半身が震えてしまって立つことが出来ない。
自分で思った通りに体が動かなくて戸惑っていると、笑いながら平原さんが抱き起こしてくれる。
「大丈夫? ごめんね、たぶん俺のせいだ」
「え……?」
「倫があんまり可愛いから、調子乗って抱きつぶしちゃった。我慢してた分、歯止めきかなくて」
平原さんのその言葉で、意識を失う前の出来事がまざまざと思い出される。
すっかり寝坊したと思っていたけれど、きっと気を失うのを許されたのは明け方近くだっただろうから、そこまで寝過ぎたわけでもなかったらしい。
「でもよかった、五個入りの方にしといて。十二個入りと迷ったんだけどさ、そっちにしてたらきっと倫、まだ起きれなかったと思うよ」
「えっ? な、何の話ですか?」
「ん? ああ、ゴムの話」
頭がくらくらした。朝っぱらから何を言ってるんだ、この人は。
もはや何も言葉が出て来なくて、私は苦笑いで誤魔化した。
「倫、お腹すかない? ルームサービスでも頼もうか」
「あ……空きました。いいんですか?」
「うん。ちょっと待ってて」
平原さんにルームサービスを頼んでもらっている間、私は軽くシャワーを浴びさせてもらうことにした。彼は私よりずっと早く起きてもう準備を済ませたらしい。
一歩一歩踏ん張って洗面所に向かいながら、ふと昨夜の情交を思い出して悶絶する。確かに平原さんがいささか暴走していたけれど、よくよく思い返してみれば私だってかなり恥ずかしいことを言ったりやったりしていた。最後の方は、もう何が何だか分かっていなかったけれど。
自分の痴態を思い出して、ため息をつきながらシャワーを浴びて着替える。そして部屋へ戻ると、すでにルームサービスの朝食が届いていた。
「あ、ありがとうございます」
「うん、じゃあ食べようか」
二人揃って手を合わせて、少し遅めの朝ごはんを食べ始める。
カリカリに焼かれたクロワッサンを手で千切って口に入れると、バターの良い香りが鼻を通り抜けた。さすが高級ホテルだけあって、パンひとつとってもクオリティが高い。
昨夜平原さんの前で醜態を晒したこともすっかり忘れて、私は上機嫌で朝食を食べていた。
「ふふっ、嬉しそうだね」
「えっ!? あ、ごめんなさい、美味しくてつい集中しちゃって……」
「いいよ。倫って本当に美味しそうに食べるから、見てる俺の方が幸せな気分になるんだ」
「は、はあ……そういうものですか?」
「そうだよ。また倫とこうして一緒に美味しいものが食べられて、倫の笑顔が見れて、今幸せを実感してたところ」
そう言って平原さんが本当に幸せそうに笑うから、私は思わずその笑顔に釘づけになる。
この笑顔が見たくて、私はずっと彼を探していたんだ。
「平原さん。私も今、とっても幸せです」
「ふふっ、よかった。……俺はもう、倫の傍から離れないから。何があっても、絶対に」
じっと私の目を見据えて、平原さんがもう一度誓いを立てた。
私が黙って頷くと、そっと唇にキスしてくれる。幸せすぎて、今までの辛さも忘れてしまいそうなくらいだった。
「……ああ、ごめん。朝食の途中だったね」
「あっ……そ、そうでした」
すっかり甘い雰囲気になっていたが、私も平原さんもまだ朝食を食べ終えていなかった。
急に照れくさくなってそっぽを向いてから、再びフォークを取って朝食を再開する。そんな私を見て笑って、彼もまたフォークを手に取った。
「そういえば、倫はいつまでこっちにいられるの?」
「えっと、あさってまでです。しあさってからは、バイトがあるので……」
「え。倫、バイトしてるの?」
「あっ、そうなんです。まだ言ってませんでしたよね。実は、平原さんといつも会ってた喫茶店で雇ってもらったんですよ」
そう言うと、平原さんはかなり驚いたようで目を丸くしていた。そんな表情すら綺麗でかっこいい。
「そうだったんだ。驚いたけど、あの喫茶店なら安心だね」
「はい。ご主人も奥さんも、常連さんも皆さん良い人たちですから」
「よかった。俺も帰ったら挨拶しに行かないと」
店長も奥さんも、突然いなくなった平原さんと残された私のことをずっと気にかけてくれていたから、彼が戻ってくるのを知ったら喜んでくれるだろう。あの喫茶店で働き始めたきっかけは彼を待つためだったけれど、できることならこれからもあのお店で働き続けたいと思っている。
「……あのさ、倫。いきなりだけど、お願いがあるんだ」
「え……なんですか?」
「あさって、倫が帰る前に付いて来てほしい場所があるんだけど……一緒に来てくれるかな」
「いいですけど、どこにですか?」
「……俺の、両親のところ。今父さんが入院してるから、その病院に」
平原さんにしては歯切れ悪く、私の顔色を窺うように尋ねる。それを聞いて一瞬どきりとしたけれど、彼は私から目を離さずに続けた。
「この場所から離れる準備が出来たら、俺はすぐにでも倫のところへ帰るよ。だけどその前に、最後に両親に言っておきたいんだ。倫と、これから家族になるんだって」
「え……っ」
「ああ、もちろんこれですぐ結婚するって意味じゃないよ。でも、俺はもうこれから一切、平原の家と関わるつもりはないから。倫と一緒に、それだけ言いに行きたいと思ったんだ」
平原さんがまっすぐ私の目を見つめる。もう決意は固いらしい。
ずっと彼を苦しめてきた人たちに会うのは、勇気がいることだ。あの社長みたいに、自分の望みのために平原さんを使うことしか考えていない人たちと対峙して、私は冷静でいられるだろうか。
頭の中で色々なことを考えてから、私は彼の目を見ながら頷いた。
「……はい。行きます。平原さんと、一緒に」
少しの不安はあったけれど、それ以上に私は平原さんに付いて行きたかった。
これで私が「行きたくない」と言ったら、きっと彼は一人で両親に別れを告げに行くのだろう。
今まで普通の家族のような関係を築いてこなかったとはいえ、高校を卒業するまでは育ててくれた両親なのだ。だからこそ、平原さんは黙って家を去ろうとはせず、両親に会いに行こうとしているのだろう。
それならば、私は少しでも平原さんの力になりたい。彼の選択が間違っていないということを、隣で証明したいと思った。
「……いいの? ろくでもない親だよ」
「いいです。平原さんにはもう私がいるんだって、お父さんお母さんに私から言います」
「っ……もう、しばらく会わない間に、随分強くなったね? 俺、結婚したら倫の尻に敷かれるんじゃないかな」
「そっ、そんなことしません!」
「ふふっ、でもそれはそれで幸せかもね。ありがとう、倫。頼りにしてる」
平原さんがほっとしたように笑みを零して、隣に座る私をぎゅっと抱きしめた。
離れていた間、きっと彼も私と同じかそれ以上に辛い思いをしてきたのだろう。その辛さも苦しみも、二人で分かち合いたかった。
そっと彼の背に手を回す。きっとこれからの二人の人生にも、色んな困難が待ち受けているのだろう。でも不思議と、平原さんとならそれを乗り越えていけると思った。
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