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第10章 後日談 終わりの始まり
(91)辺境での日々
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王宮務めの日々と違い、ここでは毎日がゆっくりと過ぎていく。
「行くぞ!聖なる咆哮!」
「やべでぐだざ…の”わッ!!」
バフの後、すかさず飛んでくる鋭い爪。相変わらず魔纏が全然仕事しないので、やっとのことで躱し続ける。転移が功を奏したのは初見だけ。魔眼もないのに俺の動きも攻撃も全て読み切って、先手先手でガンガンに攻めて来る。もうコイツ嫌い!
「ハハハ!そらそら、足元が疎かになっとるぞ、そらッ!」
「げ、うわっ…んごふッ!!!」
お腹にいいのを一発食らって、砂浜の向こうまでふっ飛ばされる。少年漫画か。
「はっはぁ。メイナードが居れば、退屈せんな!」
俺はよろよろと立ち上がりながら、治癒をかける。くっそ。十倍ほどのレベル差を、義父上はものともしない。脳筋め!
ちなみにナイジェルは、涼しい木陰で読書をしている。彼は彼で、相変わらず剣術では敵わない。じゃあ義父上とナイジェルとで手合わせすればいいじゃないかってことなんだけど、体術と剣術ではお互い手加減が難しいんだそうだ。二人とも、俺には手加減しないくせに。
十年もの間、因子の浄化のため、代わる代わるに相手をしてもらった結果、俺のレベルはとっくに四桁を超えた。週末を一緒に過ごしたナイジェルもだ。他の恋人たちは、四桁手前といった感じ。インフレが凄まじい。超後衛型とはいえ、ステータス上では完全に義父上を上回っているはずなのに、こと体術となると手も足も出ない。非常に腹立たしい。
「あのっ、もう今日はこのへんで「体が温まって来たな!さあ本番と行くぞ!」ひょえっ」
立ち上がってすぐにかすめる拳。紙一重で避けた拳圧で、背後に砂煙が舞う。
もうやだ…。構ってくれないメレディスも寂しかったが、こんな義父上もうやだよ…。
しかしここに生活の拠点を置いているのは、他にも理由がある。
「……」
義父上だけではない。ナイジェルも時折、海に向かって遠い視線を投げている。一度エーテル体に昇華した体を逆再生して、完全なサイレンとして蘇った彼は、魔力の波長も質も変わってしまった。
俺にも覚えがある。楽園で遺伝子を書き換えられ、真祖の因子が発現する過程で、俺の内側からは自分の与り知らない怒りや怨嗟が吹き出した。しかしそれらのエネルギーは、俺が認識していなかっただけで、もともと俺の中にあったもの。獣の姿に変わった俺は、それまでの俺とは全く違う存在なのに、俺の中では完全に地続きで、何の違和感もなかった。今のナイジェルは、きっとそんな感じなんだろう。
義父上にとってここがナイジェルの母上との思い出が詰まった地なら、ナイジェルにとってもまた特別な場所なのだ。彼がここに留まるなら、俺もそうするだけ。義父が手合わせに満足した後、俺はナイジェルの隣で、ひたすら海を眺めていた。
そんなある日。
義父上は日課の晩酌を終え、コテージに戻ったところ。砂浜に取り残された俺たちは、ただ黙って海を見つめていた。しかしナイジェルは不意に立ち上がり、呟いた。
「———お前も来るか」
海の上には、眩しいほどの銀色の満月。水面に浮かぶ、いくつかの人影。俺は、静かに差し出された手を取った。
異世界の俺の記憶が、「まるでタイムラプスだ」と言う。数体のサイレンに取り囲まれ、ナイジェルと俺は滑るように水の中を進んで行った。恐ろしいほどの速さだというのに、まるで水圧も感じない。強いて言えば、連続で細かく転移を繰り返しているかのよう。体感にしておよそ数分で、俺たちは神殿の前に立っていた。
確かに水の中のはずだ。なのに息苦しさは感じない。そして夜にも関わらず、建材自体がぼんやりと光っている。ひらひらと泳ぐサイレンに先導されて、俺たちは神殿の中へ導かれて行った。
神殿の中は、びっくりするほど普通だった。回廊があり、いくつかの部屋がある。全て石造りで、半裸のサイレンたちが自由に泳ぎ回っている以外は。その中を、俺たちは二足歩行で歩いている。めっちゃシュールだ。
俺たちが通されたのは、奥まった執務室のようなところ。流石に紙の書物や文房具は置いてないが、書棚には代わりに石板が収められていた。何気なく机の上の石板を覗き込むと、なんと俺でも読める。そしてその理由も分かった。オスカーの字だ。
『ここを訪れる地上の眷属へ。
海洋神の恩寵を乞うならば、
最奥にて神事を捧げるべし』
神事って何だろう。この世界で一般的なのは、楽と舞だろうか。俺も一応貴族なので最低限の教養はあるが、音楽とダンスはからっきしだ。ナイジェルは、ヴァイオリンが得意だっけ。しかし、こんなとこにヴァイオリンなんて持って来て大丈夫なのか?舞といえば、剣舞でもいいんだろうか。
考え込む俺を一瞥して、ナイジェルはさっさと神殿の奥へ進む。慌てて着いて行くと、それっぽい拝殿のようなところに出た。拝殿というか、舞台というか。その他には、何もない。
ここまで俺たちを導いて来たサイレンたちは、俺たちが舞台に上がったのを見計らって、スルリとドアから出て行った。そして石の扉は、静かに閉じられた。
「神事を捧げるって書いてあったけど」
俺はきょろきょろと辺りを見回す。海底神殿なんて、めっちゃファンタジー!とワクワクする俺と、思ったより普通で冷静になる俺、そしてこんなとこに来ちゃってどうすんだって戸惑う俺。しかしせっかく来たからには、じっくり見学したい。
ここまでの神殿内部と同様、ここも全てが石造りだ。石灰岩みたいな真っ白な石だけど、海の底にあるせいか、すべてが青みがかって見える。意外だったのが、天井。幾何学模様のステンドグラスがあった。しかし海面から陽光が射して、床や壁に降り注ぐようなものではない。ここでは建材全てがほのかに発光していて、それが光源なんだけど、そのせいか影がなくて非常にシュールだ。なんていうか、「神域」って感じ。
それにしても、あの幾何学模様はどこかで見たことがある気がする。俺が知ってるのとはちょっと違うけど、複雑な円環がいくつも重なって、まるでゲームの魔法陣のエフェクトのような———
『———捧ゲヨ』
キイン、と耳鳴りがしたかと思うと、俺の身体はくたりと力を失い、舞台の上に頽れた。
「行くぞ!聖なる咆哮!」
「やべでぐだざ…の”わッ!!」
バフの後、すかさず飛んでくる鋭い爪。相変わらず魔纏が全然仕事しないので、やっとのことで躱し続ける。転移が功を奏したのは初見だけ。魔眼もないのに俺の動きも攻撃も全て読み切って、先手先手でガンガンに攻めて来る。もうコイツ嫌い!
「ハハハ!そらそら、足元が疎かになっとるぞ、そらッ!」
「げ、うわっ…んごふッ!!!」
お腹にいいのを一発食らって、砂浜の向こうまでふっ飛ばされる。少年漫画か。
「はっはぁ。メイナードが居れば、退屈せんな!」
俺はよろよろと立ち上がりながら、治癒をかける。くっそ。十倍ほどのレベル差を、義父上はものともしない。脳筋め!
ちなみにナイジェルは、涼しい木陰で読書をしている。彼は彼で、相変わらず剣術では敵わない。じゃあ義父上とナイジェルとで手合わせすればいいじゃないかってことなんだけど、体術と剣術ではお互い手加減が難しいんだそうだ。二人とも、俺には手加減しないくせに。
十年もの間、因子の浄化のため、代わる代わるに相手をしてもらった結果、俺のレベルはとっくに四桁を超えた。週末を一緒に過ごしたナイジェルもだ。他の恋人たちは、四桁手前といった感じ。インフレが凄まじい。超後衛型とはいえ、ステータス上では完全に義父上を上回っているはずなのに、こと体術となると手も足も出ない。非常に腹立たしい。
「あのっ、もう今日はこのへんで「体が温まって来たな!さあ本番と行くぞ!」ひょえっ」
立ち上がってすぐにかすめる拳。紙一重で避けた拳圧で、背後に砂煙が舞う。
もうやだ…。構ってくれないメレディスも寂しかったが、こんな義父上もうやだよ…。
しかしここに生活の拠点を置いているのは、他にも理由がある。
「……」
義父上だけではない。ナイジェルも時折、海に向かって遠い視線を投げている。一度エーテル体に昇華した体を逆再生して、完全なサイレンとして蘇った彼は、魔力の波長も質も変わってしまった。
俺にも覚えがある。楽園で遺伝子を書き換えられ、真祖の因子が発現する過程で、俺の内側からは自分の与り知らない怒りや怨嗟が吹き出した。しかしそれらのエネルギーは、俺が認識していなかっただけで、もともと俺の中にあったもの。獣の姿に変わった俺は、それまでの俺とは全く違う存在なのに、俺の中では完全に地続きで、何の違和感もなかった。今のナイジェルは、きっとそんな感じなんだろう。
義父上にとってここがナイジェルの母上との思い出が詰まった地なら、ナイジェルにとってもまた特別な場所なのだ。彼がここに留まるなら、俺もそうするだけ。義父が手合わせに満足した後、俺はナイジェルの隣で、ひたすら海を眺めていた。
そんなある日。
義父上は日課の晩酌を終え、コテージに戻ったところ。砂浜に取り残された俺たちは、ただ黙って海を見つめていた。しかしナイジェルは不意に立ち上がり、呟いた。
「———お前も来るか」
海の上には、眩しいほどの銀色の満月。水面に浮かぶ、いくつかの人影。俺は、静かに差し出された手を取った。
異世界の俺の記憶が、「まるでタイムラプスだ」と言う。数体のサイレンに取り囲まれ、ナイジェルと俺は滑るように水の中を進んで行った。恐ろしいほどの速さだというのに、まるで水圧も感じない。強いて言えば、連続で細かく転移を繰り返しているかのよう。体感にしておよそ数分で、俺たちは神殿の前に立っていた。
確かに水の中のはずだ。なのに息苦しさは感じない。そして夜にも関わらず、建材自体がぼんやりと光っている。ひらひらと泳ぐサイレンに先導されて、俺たちは神殿の中へ導かれて行った。
神殿の中は、びっくりするほど普通だった。回廊があり、いくつかの部屋がある。全て石造りで、半裸のサイレンたちが自由に泳ぎ回っている以外は。その中を、俺たちは二足歩行で歩いている。めっちゃシュールだ。
俺たちが通されたのは、奥まった執務室のようなところ。流石に紙の書物や文房具は置いてないが、書棚には代わりに石板が収められていた。何気なく机の上の石板を覗き込むと、なんと俺でも読める。そしてその理由も分かった。オスカーの字だ。
『ここを訪れる地上の眷属へ。
海洋神の恩寵を乞うならば、
最奥にて神事を捧げるべし』
神事って何だろう。この世界で一般的なのは、楽と舞だろうか。俺も一応貴族なので最低限の教養はあるが、音楽とダンスはからっきしだ。ナイジェルは、ヴァイオリンが得意だっけ。しかし、こんなとこにヴァイオリンなんて持って来て大丈夫なのか?舞といえば、剣舞でもいいんだろうか。
考え込む俺を一瞥して、ナイジェルはさっさと神殿の奥へ進む。慌てて着いて行くと、それっぽい拝殿のようなところに出た。拝殿というか、舞台というか。その他には、何もない。
ここまで俺たちを導いて来たサイレンたちは、俺たちが舞台に上がったのを見計らって、スルリとドアから出て行った。そして石の扉は、静かに閉じられた。
「神事を捧げるって書いてあったけど」
俺はきょろきょろと辺りを見回す。海底神殿なんて、めっちゃファンタジー!とワクワクする俺と、思ったより普通で冷静になる俺、そしてこんなとこに来ちゃってどうすんだって戸惑う俺。しかしせっかく来たからには、じっくり見学したい。
ここまでの神殿内部と同様、ここも全てが石造りだ。石灰岩みたいな真っ白な石だけど、海の底にあるせいか、すべてが青みがかって見える。意外だったのが、天井。幾何学模様のステンドグラスがあった。しかし海面から陽光が射して、床や壁に降り注ぐようなものではない。ここでは建材全てがほのかに発光していて、それが光源なんだけど、そのせいか影がなくて非常にシュールだ。なんていうか、「神域」って感じ。
それにしても、あの幾何学模様はどこかで見たことがある気がする。俺が知ってるのとはちょっと違うけど、複雑な円環がいくつも重なって、まるでゲームの魔法陣のエフェクトのような———
『———捧ゲヨ』
キイン、と耳鳴りがしたかと思うと、俺の身体はくたりと力を失い、舞台の上に頽れた。
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