類を惹く

星来香文子

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最終章 類を惹く

類を惹く(4)

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「静粛に、静粛に!!」

 隣に座っていた父は泣き崩れ、傍聴席に座っていた何人かの人————特に、女性が騒ぎ立てる。

「どうして死刑じゃないんだ!」
「無罪だなんてありえない!」
「私の飛鳥さんを返して!」

 などと、遺族でもなんでもない赤の他人が喚き散らす。
 その内、誰かが傍聴席の前の柵を乗り越えて、証言台の方へ駆け出した。

「ちょっと! あなたたち、何を考えて……!!」
「中に入らないでください!!」

 気がつけば、傍聴席の椅子に腰掛けていたのは私と父だけになっていた。
 法廷で刑務官とこの判決に不服だと知らない女たちが取っ組み合いの喧嘩をしているのだ。

 前に国会か何かのニュースでもこんな光景を見た。
 確か強行採決。大人たちが激しく言い争いをしていて、とても怖かったのを思い出した。

 目の前で起きていることなのに、私はまるで遠い外国で起きた暴動を見ていような感覚に陥る。
 法廷にはぎゅうぎゅうに人が押し寄せ、叫んで、暴れて……
 音成優も、無罪を勝ち取った憎い弁護士たちもどこにいるのかわからない。

 あまりにひどい有様で、こんなことが日本でも起こるんだなぁ……なんて本当に他人事のようだった。
 これが、自分の兄を殺した男の裁判だというのに。
 兄を殺した男————いや、あの女は無罪となって、何も罰せられないという最悪の事実を告げられたのはほんの数分前だったのに。


「————きゃあああああああ」

 次々と刑務官か警備員かわからないが、制服の人たちがやってきて暴れている女たちを制圧しようとしていると、そこで悲鳴が上がった。
 みんな一斉にそちらを見て、あれだけ凄まじかった喧騒が水を打ったように静まりかえる。

 少しの沈黙の後、今度は一斉に悲鳴をあげて、その悲鳴の原因となるものから離れた。
 
 人の隙間から見えたのは、床に仰向けに倒れた音成優。
 
 そして、腹に刺さった刃物。
 
 シャツに血が滲んで、赤く染まっていく。

 音成優の前には、全身真っ黒の喪服のようなミモレ丈のワンピースを着た髪の長い女が立っていた。

 女は音成優の体に馬乗りになり、皆が見ている前で、その刃物を引き抜き、何度も何度も、音成優の体を刺し続けた。

「死ね」

 吹き出した血で、法廷が真っ赤に染まる。
 制服の男たちが二人掛かりで女を引き離したが、それでもなお、女は音成優に向かって叫び続ける。

「愛していたのに、彼は……あの人は、飛鳥類は————」

 制服の男たちに引きずられながら、その女は叫び続けた。

「私の初恋だったのに!!」


 一瞬の出来事で、私にはその女が誰だったのかすぐに理解できなかった。
 兄を一方的に愛していた女は、大勢いた。
 家近真衣、横田葵、向井百子、社美穂……それに母も。

 兄を好きになる女たちは、みんな似たような感じがして、一瞬では見分けがつかない。
 髪は長かったから、家近さんは違う。
 社さんはあれから髪がどのくらい伸びただろうか?
 母の実家は、裁判所からはかなりの遠方で勝手に外に出ないようにと靴を隠されていると聞いたから違うと思う。
 あとは、あとは誰だ?

「————みなみ……っ!」

 その時、古住弁護士が今見た女と同じ怒りに満ちた表情をしてそう呟いたのを見て、そこで初めて、その女が古住みなみさんであることに気がついた。
 古住みなみさんは、兄とは中高同じ学校だったと聞いている。
 写真でしか見たことはないし、本人と会ったこともなかった。
 だから、すぐにわからなかったのかと思った。

 それから数分後、音成優が駆けつけた救急隊によって担架で運ばれて行くのをぼうっと眺めながら、「助からないで欲しい。助けないで欲しい。死ねばいい。地獄に落ちろ」と念じ続けた。
 
 きっと兄も、あんな風に血を流しながら死んだのだ。
 何度も、何度も、体を刺されて、どんなに痛かっただろう。
 苦しんで死ねばいい。
 私から大切な兄を奪っておいて、天国になんて行かせない。

 きっと天国には兄がいる。
 もう二度と、会わせてなんてやるものか。
 あんなに綺麗で、優しくて、家族思いで、私の自慢の兄を殺したあの女を、私は絶対に許さない。
 私は確かに、まだ誰かを好きになったことはない。
 恋をしたことはない。

 それでも、私だって、兄を愛していた。
 それは、あの女が語る恋とは違うものだ。
 傲慢で、独りよがりで一方的なものじゃない。

 
 もし、万が一にも助かったら、生きていたなら、今度は私が、お前を殺してやる。

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