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最終章 類を惹く
類を惹く(3)
しおりを挟む「お兄さんのことはね、本当に申し訳なく思っているの」
少し鼻にかかったような猫撫で声で、ユウはそう言って頭を下げた。
けれど、そうして見せただけ。
本当に心からの謝罪をしているようには見えない。
前にショート動画か何かで見た話すときに首が揺れる女の動画を彷彿とさせる、あざといだとかぶりっ子だとか呼ばれている女の仕草に似ているのだ。
それだけじゃない。
髪は男性にしては多少長めではあるが、そこまで長くないのに髪の長い女性がサイドの髪を耳にかける仕草をしたり、間延びした話し方とか、私の記憶の中にあった音成優のイメージとはかなりかけ離れていた。
「酷いことをしてごめんなさいね。殺すつもりはなかったのよ。ただ、欲しかっただけなの。お兄さんの顔って、芸術品みたいに美しいじゃない? もちろん、体も程よく筋肉がついていて、いい体だけど……」
一方的に兄のことを絶賛しているユウに対して、私は言葉を失ってしまった。
殺すつもりはなかったなんて、どの口が言っているんだと思った。
それも、仕切りに「あの顔が欲しかっただけなの」と、何度も同じようなことを繰り返していた。
本当にわからない。
兄は、これのどこが良くて付き合っていたんだろうか。
「ああ、ごめんなさい。私に聞きたいことがあるのよね? 私ったら、ついたくさんお話ししてしまったわ……てへっ」
口に出して「てへっ」なんて言う人を初めて見た。
殴りたい衝動に狩られたが、分厚いアクリル板が邪魔をする。
古住弁護士は、そんな私の様子に気がついたのか小声で「こういう時こそ冷静に。感情的になったら負けです」と言った。
兄が付き合うなら、古住弁護士のように頼りになるお姉さんがよかった。
こんな気持ちの悪い人間じゃなくて。
「……あなたは、兄と付き合っていたんですよね?」
「ええ、そうよ。お兄さんね、私に夢中だったわ。いつも、優しくて……でも、夜は激しくて……うふふふ」
「……」
もう本当に、今すぐ殴り殺してやりたい。
ふつふつと湧き上がる怒りを必死に抑え、ずっと聞きたかった質問をした。
「それなら、あなたは何故、兄を殺したのですか? 兄を愛していたんですよね?」
「だから、何度も言っているじゃない。殺すつもりはなかったの。それに、お兄さんがいけないのよ? 私だけを愛しているって最初に嘘をついたのはお兄さんの方なの。私だって、愛していたのに、他に女がいたのよ?」
「それは……! たとえいたとしても、どうして兄を殺したんですか!? そんなことは人を殺していい理由には……」
「だから、わからない子ね。あぁ、そうか、陽菜ちゃん。あなたはまだ、誰かを本当に好きになったことがないのね。だから、わからないんだわ」
「は?」
ユウは胸の前で両の手のひら合わせると、今度は諭すような表情で私を見下しながら言った。
「まだ高校生だものね。彼氏はいないの?」
「……関係ありますか? それ」
「いないのね。まぁ、まだ出会っていないだけよ。いつか必ず、運命の人が現れて、あなたも恋をするわ。身を焦がすような恋をね。そうすれば、私の気持ちが理解できるはずよ。女はね、私だけを愛してくれる人が好きなの。それ以外、いらないのよ。ねぇ、弁護士さんは私の気持ちがわかるわよね?」
ニコニコと微笑みながら、ユウは古住弁護士の方を見た。
大人の女性であれば、わかってくれるとでも思ったのだろう。だが、ユウの顔から何かに気がついたようにスッと笑みが消える。
「みなみちゃん……? どうして、ここに」
古住弁護士は今、横田葵の弁護士でも、音成優の弁護士でもない。
被害者側の弁護士だ。
だから、おそらく、その時初めてまともに古住弁護士の顔を見たのだと思う。
それが、同級生だった古住みなみさんに似ているから、不思議に思ったのだろう。
それにしては、どこか怯えているようにも見えたが……
「みなみは私の従姉妹ですよ。音成優さん。似ていますが、別人です。あなたとユウさんと違って、体も性格もね」
「……」
ユウは急に大人しくなった。
それこそ、また人が変わったように。
先ほどまでのどこか開き直っているような、悪いことをしたと思っていないような感じから、一変して、無口になったのだ。
これ以降、私が何を質問しても、何も答えてはくれなかった。
後から気がついたのだが、途中から音成優に戻っていたのかもしれない。
音成優は、拘置所の中でもユウと本来の自分の人格と何度も入れ替わっていたそうだ。
突然正気を取り戻したり、笑い出したり……音成優側の弁護士は、精神鑑定を依頼し、心神喪失を理由に無罪を勝ち取ろうとしているらしい。
もしかしたら、そのために演技をしている可能性もあるが……
私は兄が殺された理由に納得ができなかった。
他に女がいたからといって、人を殺していい理由にはならないはずだ。
結局、どこまでが本当の話なのか、モヤモヤとした気持ちは、音成優と会った後、一層大きくなっていくだけだった。
翌日の午後、裁判が始まった。
被害者があまりにイケメンだと話題になっていたこともあり、傍聴席には入りきらないくらい多くの人が集まった。
兄の葬式の時に泣いていた人がたくさんいたが、今度は怒っている人がたくさんいた。
兄のために、見ず知らずの女が怒っている。
「死刑にしろ」と叫ぶ人もいた。
そのせいで何度も何度も休廷になって、予定よりかなり時間を要して、判決が下される。
結果、AJIYA食品お抱えの優秀な弁護士たちが、予定通り心神喪失を理由とし、音成優は無罪となった。
判決の後、音成優が一瞬笑ったのを、私は見逃さなかった。
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