類を惹く

星来香文子

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第七章 狂者の昂進

狂者の昂進(5)

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「どういうこと……? どうして、知って————」
「知っているに決まっているわ。あの日のことは今思い出しても……あぁ、思い出しただけでも悍ましい。もう二度と、あんな男に関わって欲しくなかったのに……!!」

 母が何を言っているのかわからなかった。
 独り言なのか、私に話しているのかわからなかった。
 誰に対して言っているのか、わからなかった。

「待って、待って、どういうこと? ママ、ちゃんと説明して! 何があったの!?」
「何が? こんな話、子供にする話じゃ……」
「言ってよ!! じゃなきゃわからない!!」

 ここでも、子供だからと線を引かれてしまうのが悔しかった。
 音成優が関係している話なら、兄の死に関わりがある話なのではないかと、顔の前で私を払うように手を振った母の手を掴んだ。
 こんなに強い力で、母の手を掴んだことはない。

「何があったの? 関係が続いていたって何? 二人は、どういう関係だったの?」
「……」

 母は私の真剣な顔を見て、はっと我に帰ったようにいつものように穏やかな口調に戻る。
 そして、私に過去の話をした。兄がまだ高校生だった頃の話だ。

「あなたはまだ小さかったから、覚えていないでしょうけど……高校生の頃、音成とお兄ちゃんは、よく一緒にいたの。親友なんだって、嬉しそうにしていたわ。私も最初はただのじゃれあいだと思っていた。でも、三年生の冬に見てしまったの」

 その日は、冬休みの前日だった。
 午前中で授業が終わり、母も父も働いていて、私は保育園に。
 家には、兄しかいないはずだった。
 でも、忘れ物をしたことに気がついた母が、昼休みの間に一度家に戻ったそうだ。
 
 その時、玄関には音成優の靴があった。
 いつものように、また遊びに来ているのだと思ったが、母はリビングで身体を重ねている二人を見てしまった。

「すぐに別れるように言ったわ。相手の親にも、学校の先生にも絶対に二度と私の息子に近づけないようにね。お兄ちゃんなら相手なんて引く手数多なのに、どうしてよりにもよって……男が相手なんだって。相手が女の子なら、そういうこともあるわねってまだ思えたわ。高校生だもの。そういうことに興味がある年頃だわ。でも、相手は男だった。気持ち悪い。ありえない。悍ましい」

 私は母が兄の相手が男であることを、これほどまでに拒絶するとは思っていなかった。
 昭和の時代ならまだしも、今時、同性愛についてここまで激しく否定する方が世間から攻め立てられる。
 多様性が唱えられている時代ではあるが、まだまだ古い考えの人が一定数いることはわかっていた。
 けれど、まさか母の口からそんな言葉が出てくるなんて……

「お兄ちゃんとは血が繋がっていなくても、私がどれだけ大切に育てて来たか……それを、あの男が穢したのよ。進学先は別にしたし、高校卒業前に向こうは転校したわ。もう大丈夫だと思っていたのに、隣に住んでいたなんて、信じられない」

 それより、何より驚いたのが、母が言った言葉だった。

「犯人が女だったなら、まだ納得ができたわ。あの子の魅力には、あの美しさには誰も抗えない。だから、変な虫がつかないようにわざと女ものの派手な下着をベッドの下に仕込んでおいたのに」
「べ……え!? それじゃぁ、あのTバックって……」
「私が置いたの。お兄ちゃんが引っ越すたびにね、これだけは絶対に置いておくように言っておいたの。悪い虫がつかないように。でも、拒否されたから、私が直接おいたわ」

 ずっと兄の彼女……恋人のものだと思っていた。ベッドの下から出て来たのを見て、きっと彼女のものだろうって、ゴミ袋の中に入れたのは母だ。
そ知らぬ顔でやっていたということか。

「どうして、あんなところに? 彼女がいるように偽装するなら、もっと見えるところに……」
「だってお兄ちゃんねぇ、必ず床の上でするんですって。ベッドの上ではしないのよ。そうしたら相手からは、ベッドの下がよく見えるでしょう?」
「なんで、そんなことまで、知って————」
「言ったじゃない。あの男としているのを見たって。その時、私が帰って来ていたことにも気付かずに、言ったのよ。『床の方が背徳感があっていい』って」

 あの兄がそんなことを言うなんてと驚いていると、母はさらに続けてとんでもないことを言った。

「お兄ちゃんは……あの子は————るいは、私のものだったの。私は類の何もかもを知っていた。小さい頃から、全部。私だけの類だったの。他の誰かのものになんて、させたくなかったのに、男? それも、あの男に殺されたの? また勝手に、私から類を奪ったのね。最悪よ。それならまだ、犯人は女の方が良かった!! ふふふ……そうよ、その方が良かった」


 まるで狂ったように笑い出した母を見て、私は悟った。


 私の兄は、飛鳥類は、本当に美しい毒だった。


 私の母も、人を狂わすその毒に侵されていたのだと。

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