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最終章 類を惹く
類を惹く(1)
しおりを挟む音成優が逮捕されたのは、夏休みの終わりのことだった。
私がそれを知ったのは、クーラーの効いた自分の部屋で夏休みの残りの課題を必死に終わらせている時だった。
ネットニュースに事件の記事が載ったのだ。
それからいくつも立て続けに記事が掲載され、裁判が始まった頃には世間中、世界中に知られることになる。
音成優という人物は、幼い頃から「男は男らしくあるべき」という典型的な古い考えの父親と、政略結婚した母親の間で幼少期の頃から辛い日々を過ごしていたらしい。
彼が思春期に入る少し前、あの専務は会長の機嫌を損ね、一度、私の暮らしている街の小さな工場に左遷されたのだとか。
その影響もあってか、表では良い父親を演じていたが、母親の見ていないところで息子に対して暴力を振るうこともあったという。
「なぜ男らしくできないのか。そんな軟弱な考えじゃダメだ。お前は男なんだ」と、彼が好きだったものを否定し、抑圧し続けた。
父親の暴力に気づいた母親が離婚を切り出したが、心を入れ替えると反省し、それからは一切暴力はふるっていない。
ただ、言葉の暴力にはあっていた。
中学生の頃、解離性同一性障害のことを知った。
いわゆる多重人格。
自分にも別人格があれば、こんなに辛いことはないのではないかと考えたとき、思い立ったのが女装だったそうだ。
母親は特に何も言わなかったが、父親の見ていないところで度々女装をして、ユウを演じるようになった。
仲の良い一部の友人たちは、そんな彼を面白がって、セーラ服やメイド服、チャイナドレスなんかを着せて遊んでいたそうだ。
あまりに似合うので、演劇部に入ったらどうかと誘われたこともあった。
そんな時、高校生の時に出会ったのが兄だったそうだ。
女装が好きだったのは事実だが、自分が同性愛者である自覚はなかった。
あの美しい顔をクラスメイトとして、仲の良い友人として誰よりも近くで見ているうち、芸術品のような笑顔を向けられるうちに、彼は兄に恋をしたらしい。
そして、兄も同じく彼に惹かれたそうだ。
ところが、高校三年生の頃、母が話していたとように兄との関係がバレて、二人は引き離されてしまう。
自分の息子が男とできていたことを知った父親は、再び彼を殴った。
行きたかった美容系の専門学校にも入学させてもらえず、一浪して国立大に入ったそうだ。
大学時代は自由だった。
時間も自由に使えて、一人暮らしをしていたために手の込んだ料理を作っても、恋愛小説を書いても、女装をしても、何をしても誰にも怒られない。
本当に幸せだった。
だが、そんな幸せな時間は長くは続かない。
大学を卒業したら、あの父親が専務として戻った祖父の会社に入社させられる。
仕事でも私生活でも、あの父親の管理下に置かれることに恐怖を覚えていたが、仕方がないと諦めていた。
また自分を押し殺さなければならないのだと。
必死に周囲に合わせて普通の男を演じ続けたが、そんな生活は一年も続かなかった。
専務の息子というプレッシャーに耐えられず、ストレスで体調を崩したのだ。
好きなことだけするように医師に言われて、始めたのがユウとして生きることだった。
アパートの部屋から女装して外に出てしまうのは、近所のお節介なあの向井さんに何を言われるかわからないからと、いつもバリアフリートイレがあるスーパーや商業施設で着替えるようにしていた。
ところが、そんなある日、隣に引っ越してきた人物が兄だと知る。
再会した二人は、すぐに恋人になったそうだ。
部屋が隣同士ということもあって、二人の関係は誰にも気づかれなかった。
誰にも知られなくて良い。
むしろ、知られてしまっては兄に対して一方的に恋心を抱いている他の女たちから何をされるかわからない。
兄は「女は怖い。何を考えているかわからない。その気になれば、平気で恐ろしいことをする生き物だ」とよく言っていたらしい。
誰にも知られたくない、秘密の恋のはずだった。
けれど、ある日、彼は兄のベッドの下に、下着を見つける。
女性ものの下着だ。自分の他に、女がいるのだと思った。
それは、母が兄の部屋に置いていったものだったが、兄はベッドの下にそんなものがあったなんて全く知らなかったのだろう。
彼が女の存在を疑うには十分だった。
このままでいいと思っていた二人の関係に、ヒビが入る。
そんな中、風邪で休んでいた兄の見舞いに上司である社さんが来た。
それも、一度や二度ではない。
度々、兄のいない時に現れて、宅配や郵便の業者と鉢合わせした時には「私は、飛鳥類の彼女です」と堂々と言っていたそうだ。
それに、203号室に越してきた横田葵が202号室の前に立っているのも見た。
向井さんが勝手に兄の不在時に部屋に入っていくのも。
みんな、兄に惹かれていく。兄をそういう目で見ている。
色目を使っている女が多すぎる。彼はそれが許せなかった。
自分と付き合っていながら、他の女とも……そう考えると頭がおかしくなりそうだった。
そうして徐々に、今まで演じていたはずのもう一人の人格であるユウに、体を支配され始める。
ユウだった時の記憶がないことに気づいたのは、事件が起こる半年前のことだった。
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