【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり

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92 公爵家の使者 ②

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 物がないと聞いた瞬間の、使者の男の苛立ちはかなりのものだったらしい。
 顔には怒りがありありと浮かび、神経質そうだった表情はいっそう険しくなった。
 けれども、そんな男を前にしても、グステルは特に恐れは感じなかった。……背後のヴィムが彼女の背にすがりながらからガタガタ震えはじめたので、自ずと彼女もガタガタせざるを得なかったが。
 グステルは男の苛立った顔を見ながら、ふと、イザベルを思い出していた。
 あのご近所さんのお嬢さんも、いつも気に入らないことがあるとすぐに怒って彼女を睨みつけていた。その膨れっ面に少し似ていると思った。……もちろん、イザベルのほうが数万倍かわいいが。
 グステルは、なんだか少し愉快な気分である。

(それはさておき、ね)

 イザベルを思い出してほっこりしている場合ではない。ここからは、話の持って行き方が重要である。

 グステルは苛立つ男に向かって恐縮しきりという表情を作り、「本当に申し訳ありません」と、頭を下げる。
 そのうなだれた頭を見て、使者の男の目が攻撃的に光った。
 ここはこいつを徹底的に責め立ててやろう、そうしなければ気が済まないとでも言いたげな顔に、その顔を見ていたヴィムがさらに青ざめる。男がグステルを見下ろしながら、口を開きかけたのを見て。ヴィムは慌ててグステルの前に出ようとした──が。

「⁉︎」

 しかし、そんなヴィムの腕がぐっと引き留められる。驚いた顔の青年が見下ろすとグステルが自分の腕をつかんでいた。え? と思った青年が足を止め、その間に頭を上げたグステルは、微笑んで使者の男に毅然と言う。

「公爵閣下のご要望にお応えできず、わたくしどもも大変心苦しいのですが、しかし、当家といたしましても責任がございます。公爵夫人から託されたお手紙は、万が一にでも紛失させるわけにも、傷つけるわけにもいきません」

 そうなると……と、グステルはニッコリ口の端を持ち上げる。

「当然主人は、わたくしども使になど、夫人のお手紙を管理させるわけには行かなかったのでございます」

 グステルは、そうですよね? と、使者に向かって微笑んだ。
 使者はたった今、ヴィムに『使用人風情でも』と言い放ったばかり。
 まさか違うとは言いませんよねと言いたげなグステルの口調に、使者は眉間にしわを寄せて黙り込み、横で聞いていたヴィムは内心ひえっとすくみ上がった。
 グステルは、低姿勢で使者に理解を求めるていを装っているが……実際には男の発言を逆手に取ろうとしている。
 おそらくその意図は使者にも伝わっているはずで。臆病な青年は、ハラハラしながら対峙する両者を見守った。

 しかし、グステルは相変わらずけろりとおばちゃん根性を発揮中。
 こんな高慢な中年男、怖くもなんともなかった。
 合計年齢で考えれば、自分の子供でもおかしくない年齢なのである。
 グステルは心の中でふっと生温かい気持ち。

(私は知っていますよ……君にもわんぱくだった時代があるのだよね……? 水溜りではしゃいだ時代が! 膝小僧に傷作りまくって運動場を走り回って、ポケットにダンゴムシを詰め込んでお母様に叱られていた時代が!)

 ……果たして……この世界にダンゴムシがいるかどうかは置いておくとして。
 そのような妄想フィルター越しに使者を見ると、蛇のような顔でイライラと自分を見下している男も多少はかわいく思えるから不思議だ。(※グステル談)
 まあ少なくとも、そういう心境でいれば、多少男が無礼でも恐るるに足らずという心境で。
 グステルは、次は善意のこもった眼差しを装い「ご安心ください!」と己の胸に手を当てて前のめり。

「夫人のお手紙は! 我らの主人が大切に! 厳重に! 管理させていただいておりますので!」
「……」
 
 そう堂々言ってやると、使者は若干呆れをにじませる。何を見えすいたことを……と苛立ちを隠すこともなくグステルを睨んだが。しかし、グステルの言っていることは正論でもある。
 男は、この小賢しい子娘をどう論破し、ひれ伏せさせてやろうかと一瞬考え込んで──……。
 しかし、その隙に。グステルは、今度は「うっ……」と、表情を大袈裟に曇らせる。
 弾けるような笑顔から一転。いきなり顔のパーツを思い切り中心に集めたようなしょっぱい顔をして嘆きはじめた娘に、使者がさすがにちょっとギョッとした。(※ヴィムも)

「な……」
「わ、我らの主人は、高貴なご夫妻のお役に立てることを本当に熱望しております! ですが……仕方なかったのでございます! 侯爵家も国王陛下の忠実なる臣下ですから。王都ではとございますもので……」

 グステルはハンカチを取り出し、わざとらしくよよよ……と涙を拭うそぶりを見せつつ。声高に『国王』『臣下』『王都』と、含みのある言葉を強調。
 すると案の定、使者は眉間のしわを深めたが、その目には若干の戸惑いが生じる。
 どうやらグステルの思惑通り、『』に、何かを感じ取ってくれたらしかった。

(……この小娘のわざとらしい態度はいったいどういう意味だ……? いったい何を匂わせている……?)
(もしや……侯爵家に国王からの急な命令でも……?)
(公爵への申し出を後回しにせざるを得ないような……?)

 ──と、無事勝手に深読みしてくれたらしい使者は、グステルが言ってもいないことを察してくれる。
 さらには、グステルが滑稽なほどにわざとらしく言葉に含みを持たせたことで、どうやらこの大袈裟さは、この話が公にできない類のものだと悟らせようとしているのでは──と、思ってくれたらしかった。

 計算高い使者は沈黙し、ハンナバルト家の使用人たちを苦々しく見る。
 小娘の小賢しさは大いに鼻についたが……確かに、国王が関わっているというのなら、ここで侯爵家を相手に無理を通すのは賢いやり方とは言えない。

 そんな使者の迷いを感じたグステルは(察してください)と請うようなキラキラした眼差しを彼に送りつつ、ダメ押す。
 
「当家のラーラお嬢様は王太子殿下とも親しくさせていただいておりますし……我々としてもとてもとても王家には気を遣う次第で……ここは一つ公爵閣下の寛大なお計らいを──」

 その言葉にまた使者の損得勘定が働く。
 そうであった。彼が仕えるメントライン家と、今目の前にいる者たちが仕えるハンナバルト家とは、現在令嬢同士が王太子妃の座を密かに争う関係性。
 ここで自分たちが狭量なところ見せて、万が一それをハンナバルト家の令嬢が王太子に伝えれば……。
 今のメントライン家の令嬢の有利な形勢に影を落とす可能性があった。それは、彼の主人も望まぬところであろう。

「…………」

 使者の男は苦虫を噛み潰したような顔。
 しかしここは一旦引き下がっておいたほうがよさそうだと。男は二人からしぶしぶ身を引く。

「……なるほど……そうですか……」

 使者は荒々しくため息をつき、それを聞いたヴィムが一瞬ほっと息を吐く。
 だが。そこに返された言葉は、面会日を延期してほしいという彼らの要請に対する前向きな受け入れ……などではなかった。
 使者はつんと冷たい顔で突き返すように吐き捨てる。
 
「ならば結構。君たちの主人には、夫人の手紙は必要ないと伝えなさい」
「え……?」

 さっと踵を返した男にヴィムは唖然とし、これにはグステルもつい目を怪訝に細める。

「え……そ、それはどういう……?」

 ヴィムが困惑して訊ねると、男はじろりと彼を見る。

「どうもこうもない。公爵閣下は、ハンナバルト家の顔を立てて私をつかわし、手紙も受け取るように命じられたが……そもそも、夫人は勝手に当家を出て行ったお方。閣下は今更手紙などお読みにはなりたくないと仰せだ!」

 その言葉にグステルとヴィムは思わず顔を見合わせた。と、そんな二人に、使者は「つまり」と粘着質な視線を向けて嘲笑った。

「お前たちの主人は、閣下に破り捨てられる手紙を後生大事に運んでいるということだな。……ふ……遠路遥々ご苦労なことだ……」

 男は嫌味ったらしく笑い、自分を見つめている二人──主人に対する侮辱にさっと顔を怒りに染めた青年と、反対に黙り込んだ娘とを勝ち誇った気分で見返した。娘はじっと何か考え込むように彼を見ていたが、きっと返す言葉を失くしたのだなと使者は愉快に思った。
 利口ぶった小娘に意趣返しができたと気分が良くなって、使者はさらに横柄な態度で言葉を放る。

「手紙を渡す気がないのなら、さっさとこの領を去るがいい。目障りだ!」

 そう言い残し、男はさっさと宿屋を去っていく。
 その後ろ姿にヴィムは動揺し、引き留めるべきか否かグステルに助けを求めるような視線を寄せた──が。

 チョコレート色の瞳の娘は、ただ静かに小さくなっていく使者の後ろ姿を見つめている。
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