ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり

文字の大きさ
上 下
94 / 170

93 グステル、走り去る

しおりを挟む

 

「ど、どうしよう……」

 使者が去ると、ヴィムは真っ青になった。
 あの男がヘルムートを嘲笑ったことは本当に腹が立つが、このままではヘルムートに命じられた任務を果たせない。困ったヴィムは、助けを求めるようにグステルを振り返る。と、娘は思案顔のまま。
 顎に指をかけて沈黙する彼女に、ヴィムは使者がいた時には訊けなかった疑問をぶつける。

「ス、ステラさん! どうしてあの人に手紙がないなんて言ったんですか⁉︎ ヘルムート様から──預かっていたでしょう⁉︎」

 ──そう、実はグステルは母の手紙を所持している。
 その手紙はラーラのもとへ戻るヘルムートが持っていても無意味なもの。何かの時には交渉材料になるようにと、ヘルムートはそれをグステルに託して行った。
 ヴィムの泣きの指摘に、グステルは「ああ」と、やっと彼のほうを見て平然と答える。

「使者の高慢な態度が気に入らなくて?」
「えっ⁉︎」

 ヴィムがギョッと目をまるくして、途端グステルは苦笑。

「……と、いうのはまあ、半分冗談ですが」
「は、半分……?」
「ちょっと、あの方の強気な態度が気になりまして…………」

 言ってグステルは再び沈黙し何かを考えている。
 彼女は使者の横柄さを見て、ある危機感を覚えていた。

(これはちょっと……もしかしたらヘルムート様を待っている場合ではないかも……)

 少し気持ちがざわめいて。と、黙り込んで考える彼女に、ヴィムが気落ちしたように言う。

「でも……侮られるのは仕方ないんじゃありませんか? あの方の言った通り、ヘルムート様の代理とはいえ僕は使用人風情ですし……」

 使者に言われたことを気にしているのか、うまく交渉できなかった自分を情けなく思っているのか。ヴィムはしょんぼりと肩を落としている。
 そんな青年に気がついて、「あら」とグステル。

「なんですか風情って。ヴィムさん、あなたはヘルムート様の代理として使者に対応したんですから、あなたを侮るのは大変失礼な行いなんですよ? ちゃんとした使者なら、侯爵家嫡男の代理人を、あんなふうに貶したりしません。ましてや、ヘルムート様を嘲笑うなんて……というか……侯爵家だろうが子爵家だろうが、市民だろうが。初対面の相手に対する態度がなってない。いったいどういう教育を受けているやら……」

 グステルは男が出て行った玄関を軽く睨みながら、ため息をつき、若者の頭に手を伸ばし、慰める。

「大丈夫、ああいうのは、私みたいな太々しいおばちゃんがなんとかしますから」
「ステラさん……」

 グステルによしよしと頭をなでられて。ちょっと励まされたのか、ヴィムは落ち着きを取り戻し、やっと少し笑顔を見せた。
 どうやら素直すぎるヴィムはもう、若いはずのグステルの『おばちゃん』発言には完全に違和感を失っている。
 ラーラから彼女を見張れと言われたこともうっかり忘れたのか。彼女を見る青年の目は、すっかり頼もしい姉を見るような眼差しであった。

 ──が、青年は現状を思い出してさっと顔色を変えた。

「い、いえっ、あの、そ、それより……い、いったいこれからどうするんですか⁉︎ これでは公爵閣下に面会ができないじゃないですか!」
「あはははは」
「⁉︎」

 訊ねると、グステルはなぜか空虚に笑う。その不穏な響きに、ヴィムは……なんだかとても嫌な予感がした。

「え……ス、ステラさん……?」

 どうしたんですかとヴィムが恐れるような顔で訊ねると、グステルはにやりと彼を見る。
 微笑む焦げ茶の瞳には愉悦が浮かび、同時に強烈な闘志が満ちていた。そのみなぎるもの強さにヴィムは困惑を深め、咄嗟に察した。

 ──これは……明らかに何かよからぬことを考えている顔である。ヒェッとヴィム。

「ス……ステラさん……? もしかして……本当は結構怒ってます……?」
「あらーいえいえ、ふふふ。だって久々に思い切り喧嘩を売られちゃったんですもの、怒るというより、なんだか楽しくって。ふふ、目障りだとおっしゃるなら仕方ありませんよねぇ……」

 グステルは、しおらしく消沈したふうに言って──直後にかっと笑う。

「あの方の目につかぬところでコソコソしてやろーっと♪」
「⁉︎」

 グステルはそう言うと、足取り軽くるんるんしながら宿屋の外へ出て行こうとする。
 その後ろ姿に、ヴィムが慌てた。

「ちょ……ステラさん⁉︎ ど、どこにいくんですか⁉︎」
「ほほほほほ、心配しないでねヴィムさん。ぜぇったい、ただ罵られたままじゃいませんからね! おほほほほほ」



 ……そしてその数時間後。
 青年は、ぁあああああ……‼︎ と、その光景にうろたえた。
 ここは領都市中のあるあばら家の中。
 もう何年も誰も住んでいないらしい家の中で、その少し薄汚れた壁にヴィムば張り付いて悲壮な顔。そんな青年の目の前で……グステルが──ある中年男に涙目ですがりついている……。

「ロイヒリン様……ど、どうかこの哀れな娘をお助けください……っ」

 う、う……と、嗚咽混じりに言葉をつかえさせ、ホロホロと頬に涙を滑り落とし、さめざめと涙する姿は何も知らない者から見ると手弱女然として哀れみを誘う。
 ──が。
 内情を知るヴィムからすると、あまりにも大袈裟。見ていてハラハラし過ぎて胃がいたい。
 グステルにしくしくとすがられた商人風の男も、とても困惑しているらしく……ヴィムは……ちょっと……いやとても。気が──遠くなった。



しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

白い結婚のはずでしたが、王太子の愛人に嘲笑されたので隣国へ逃げたら、そちらの王子に大切にされました

ゆる
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」 オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。 「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」 そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。 「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」 このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。 オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。 愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん! 王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。 冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする

悪役令嬢になりたくない(そもそも違う)勘違い令嬢は王太子から逃げる事にしました~なぜか逆に囲い込まれました~

咲桜りおな
恋愛
 四大公爵家の一つレナード公爵家の令嬢エミリア・レナードは日本人だった前世の記憶持ち。 記憶が戻ったのは五歳の時で、 翌日には王太子の誕生日祝いのお茶会開催が控えており その場は王太子の婚約者や側近を見定める事が目的な集まりである事(暗黙の了解であり周知の事実)、 自分が公爵家の令嬢である事、 王子やその周りの未来の重要人物らしき人達が皆イケメン揃いである事、 何故か縦ロールの髪型を好んでいる自分の姿、 そして転生モノではよくあるなんちゃってヨーロッパ風な世界である事などを考えると…… どうやら自分は悪役令嬢として転生してしまった様な気がする。  これはマズイ!と慌てて今まで読んで来た転生モノよろしく 悪役令嬢にならない様にまずは王太子との婚約を逃れる為に対策を取って 翌日のお茶会へと挑むけれど、よりにもよってとある失態をやらかした上に 避けなければいけなかった王太子の婚約者にも決定してしまった。  そうなれば今度は婚約破棄を目指す為に悪戦苦闘を繰り広げるエミリアだが 腹黒王太子がそれを許す訳がなかった。 そしてそんな勘違い妹を心配性のお兄ちゃんも見守っていて……。  悪役令嬢になりたくないと奮闘するエミリアと 最初から逃す気のない腹黒王太子の恋のラブコメです☆ 世界設定は少し緩めなので気にしない人推奨。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

21時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します

みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが…… 余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。 皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。 作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨ あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。 やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。 この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

十三月の離宮に皇帝はお出ましにならない~自給自足したいだけの幻獣姫、その寵愛は予定外です~

氷雨そら
恋愛
幻獣を召喚する力を持つソリアは三国に囲まれた小国の王女。母が遠い異国の踊り子だったために、虐げられて王女でありながら自給自足、草を食んで暮らす生活をしていた。 しかし、帝国の侵略により国が滅びた日、目の前に現れた白い豹とソリアが呼び出した幻獣である白い猫に導かれ、意図せず帝国の皇帝を助けることに。 死罪を免れたソリアは、自由に生きることを許されたはずだった。 しかし、後見人として皇帝をその地位に就けた重臣がソリアを荒れ果てた十三月の離宮に入れてしまう。 「ここで、皇帝の寵愛を受けるのだ。そうすれば、誰もがうらやむ地位と幸せを手に入れられるだろう」 「わー! お庭が広くて最高の環境です! 野菜植え放題!」 「ん……? 連れてくる姫を間違えたか?」 元来の呑気でたくましい性格により、ソリアは荒れ果てた十三月の離宮で健気に生きていく。 そんなある日、閉鎖されたはずの離宮で暮らす姫に興味を引かれた皇帝が訪ねてくる。 「あの、むさ苦しい場所にようこそ?」 「むさ苦しいとは……。この離宮も、城の一部なのだが?」 これは、天然、お人好し、そしてたくましい、自己肯定感低めの姫が、皇帝の寵愛を得て帝国で予定外に成り上がってしまう物語。 小説家になろうにも投稿しています。 3月3日HOTランキング女性向け1位。 ご覧いただきありがとうございました。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...