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②ルーニー・マーレン
6.三か月目(後半) <完結>
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三人はまたしてもレストランで密談している。
「なんか見つけた?」
「はい、アンバーさんが招待状を王宮内で届けているのを見ました」
「へー、そうなんだ」
真面目に配送するなんて、意外ではないか。ルーニーは目を丸くする。
「なんで急に配送する気になったんだろ」
「王家の招待状は重要だから、アンバーさんが直接手渡すことになってるとか?」
三人は首をかしげる。
「王家の招待状が届くのは、上流貴族の方々ですから、アンバーさんが渡したいのでは? 新たな出会いを求めているのかもしれません」
「あら、グレイス。随分はっきり毒を吐くようになったわね」
ルーニーはニヤニヤする。グレイスはハッとして、咳払いをした。
「なんだかよく分からないけど、引き続き注意をしておきましょう。あの女がやる気になるなんて、気味が悪いじゃない」
三人の意見は一致した。爪磨きと自分磨きにしか興味のない女、アンバー・オースタン。真面目に働くなんて、裏があるに決まっている。働かないアンバーの尻拭いをさせられて、三人はもうすっかり懐疑的な気分である。
静かにひそやかにアンバーを尾行するのは、グレイスがうまい。グレイスは少し顔を上気させて、やってきた。
「ルーニーさん、キリアンさん、ちょっと気になることが」
グレイスに言われて、ルーニーとキリアンは仕分け室の奥に行く。
「さっきアンバーさんが招待状を持って歩いてたんです。それで、何枚か落とされたから拾って渡したんですけど。その封筒、住所が書いてあったんです」
「ん? それが何か?」
ルーニーには、グレイスが興奮している理由が分からない。
「住所が書いてある封筒は、外部に届けるから業者に渡すはずです。でも、アンバーさんは王宮内で直接手渡ししてるんです」
「へー、わざわざなんでまた。余分な仕事するなんて、熱でもあるのかしら」
キリアンがルーニーの肩に手を置いた。
「いや、そういう問題じゃない。あれだろ、送料のことを言いたいんだろ、グレイスは」
グレイスはコクコクと頷く。
「ごめん、私まだよく分からない」
「業者に渡すと送料が郵便部に請求されるよな。郵便部が一括で支払う。そのあと郵便部から各部署に請求する」
「うん、そうだよ」
ルーニーは当たり前のことを言われて面食らった。
「業者に渡さず、郵便部で配達するなら、送料はかからない」
「そうだね」
「業者に渡したことにして、各部署に送料を請求したら?」
「え、アンバーさんが横領してるってこと?」
「いや、まだ分からんけど」
ルーニーは両手で口をおさえた。くぐもった小さな声でささやく。
「ええーどうするー?」
「これは、ライアン主任に相談すべきだと思う」
「えーっと、ひどいこと言うけど、ライアン主任も仲間だったら?」
ルーニーはウブな新人ではない。人の汚い部分はたくさん見てきた。
「証拠を集めて、ヘレナ女史に相談するか?」
「その方が安全じゃない?」
ルーニーはその案に賛成だ。グレイスは瞬きを繰り返している。
「ライアン主任がそんなことするかなあ」
「ジェフリー部長は仲間ですよね、きっと」
グレイスが小声で言った。キリアンとルーニーは強く同意する。
「それはそうだろう」
「私もライアン主任はいい人だと思います。でも、私はジェフリー部長もいい人だと思ってましたから」
「やっぱり、ヘレナ女史に相談しよう。あの人は信用できるだろ?」
「そうね」
「そうしましょう」
三人はあれこれ考えたあげく、去年の夜会の請求書を調べることにした。業者からの請求書と、部署に出している請求書を照らし合わせるのだ。もし違いがあれば、差額分を誰かが横領したと考えられるのではないか。
「うーん、それほど莫大な金額ではないけど、差額は出てるわね」
「私の月給分ぐらいですね」
「とりあえずはこれで十分だろう。ヘレナ女史に相談しよう」
三人は勢い込んでいつもの部屋に行ったが、扉は閉まっている。ルーニーは遠慮がちに扉を叩くが、返事はない。
「どうしよう」
カチャリ 隣の部屋から誰かが出てきた。
「あ、あなたは、ヘレナ様の……」
なんだろう、秘書か? ルーニーは言葉を詰まらせる。最初の面談のとき、三人を呼びに来た女性だ。
「ヘレナ様は今日はここにはいらっしゃいません。あなた方とのお約束の日はまだ先だと思いますが」
三人は顔を見合わせた。
「あの、この書類をヘレナ様にお渡しいただけないでしょうか。私たち、ヘレナ様にご相談したいことがあるんです」
「分かりました。お渡ししておきます。さあ、もう行ってください。ここにいることは、他の人には見られない方がいいですから」
三人は慌てて郵便部に戻る。
数日後、三人が配送の準備をしていると、数人の男たちがドカドカと入ってくる。
「ジェフリー・ガスコ部長、アンバー・オースタン、横領の証拠が出ている。取り調べに来てもらいます」
アンバーは男の手を振りほどいて、半狂乱で叫ぶ。
「なんで、私のせいじゃないわ。部長に言われてやっただけよ」
「黙りなさい、アンバー。皆さん、何か誤解があったようですね。落ち着いて話し合いましょう」
「ああ、そうですね。ゆっくり話し合うとしましょう」
ジェフリー部長とアンバーが男たちに囲まれながら出て行った。残された者たちは、呆然として、その日は仕事にならなかった。
***
「横領の証拠を集めてくれてありがとう。経理部を動かして、全ての請求書の突き合わせをしました。少額の横領を長年続けていたようです」
ヘレナ女史はいつも通り木の棒を三本転がした。
「アンバーが入る前から横領がありました。主犯はジェフリー、共犯がアンバー。ふたりは貴族位を剥奪され、平民落ちです。もちろん、二度と王宮で働くことはできません」
三人は、はあーっとため息を吐いた。
「横領したお金は、主にはジェフリーの実家と、婿入りした伯爵家から返還してもらいます。ジェフリーは離縁され、伯爵家が手切れ金の代わりに国庫に納めます。アンバーは貧しい男爵家ですので屋敷を売って返還にあててもらいます」
ヘレナ女史は淡々と続けた。
「あの、ライアン主任は大丈夫ですよね?」
ルーニーは聞きにくいことを、思い切って言った。
「念のため調べましたが、ライアン主任は白です」
三人はホッとして肩の力を抜く。
「郵便部ですが、ライアン主任の元、縮小していきます」
「え?」
「ライアン主任とは話しました。彼は、郵便部の業務はもっと減らせると考えています。あなた方の始めた投函箱の仕掛け、あれをもっと大掛かりにしたいそうです」
ヘレナ女史は木の棒でトントンと机を叩く。
「詳しいことはライアン主任に聞きなさい。彼もあなた方に相談したいそうですから」
ヘレナ女史は三人をまっすぐ順番に見つめる。
「ルーニー、キリアン、グレイス。よくやりました。あなた方の活躍はよく耳にします。ライアン主任、いえ、ライアン部長の元、引き続き励みなさい。そうね、来月もこの時間に会いましょう」
「はい。ありがとうございます」
ルーニーは手の中の木の棒を見た。清掃部の部長も主任も素晴らしい上司だった。今年はヘレナ女史とライアン主任に導いてもらえた。でも……。
「ヘレナ様、この木の棒を今使ってもいいですか?」
「あら、いいわよ。言ってごらんなさい」
ルーニーは木の棒を机に置くと、息を深く吸って、一気に言った。
「アンバーさんの減刑をお願いできないでしょうか」
「まあ、どうして?」
ヘレナ女史は椅子の背にもたれて、鋭い目つきをする。ルーニーは怯まないように、両手をきつく握り合わせた。
「私は新人のとき、清掃部で尊敬できる上司のもとで働くことができました。そのおかげで、仕事の回し方や、人付き合いが身につきました。でももし、私の上司がジェフリー部長だったら、私は腐っていたかもしれません」
「アンバーにいい上司がついてれば、彼女もまともに育っていたかもしれない。そういうことかしら?」
「はい、王宮で働くためには、厳しい応募試験に受からなければなりません。きっと昔はアンバーさんも、働く意欲があったのではないかと」
「そうね、一年目の上司は大事よね。全ての新人に目をかけてあげられればいいけれど。さすがに人事部も私もそこまでの時間はない。アンバーを救えなかった私にも、確かに責任はあるかもしれない」
ヘレナ女史は机の上に両手を置くと、少し身を乗り出した。
「でもね、ルーニー。あなたならジェフリーの愛人にはならなかったでしょう?」
ルーニーは虚をつかれて目を瞬かせる。
「はい、私は不倫は絶対にしません。奥様やお子様のことを思うと……」
「そう、あなたなら安易な道に逃げなかったと思うわ。そこはアンバーの弱さでしょう」
「はい」
「あなたの願いに免じて、アンバーには仕事を与えます。平民落ちは免れませんが、真面目に働けば食べていけるでしょう」
「ありがとうございます」
ルーニーは深々とお辞儀する。
部屋を出ると、ライアン主任が待っていた。
「お疲れさま。今から今後の郵便部について、話をさせてもらえる?」
ライアン主任と共に、三人は郵便部に戻った。もう皆帰ったあとで、ガランとしている。
「郵便部は縮小しようと思っている。君たちの投函箱を見てから、ずっと考えていたんだ。郵便部の前に、部署ごとにふたつずつ棚を並べたい」
ライアン主任は黒板に大きな棚をふたつ書いた。ふたつの棚の扉にカギ穴を、ひとつの棚の扉に投函口を書く。
「棚にはカギつき扉をつける。ひとつは部署宛の封筒用、もうひとつは投函用の棚だ。部署の担当者には、部署宛の封筒が入った棚のカギだけ渡す」
ライアン主任は、三人を見る。三人が理解しているのを確認すると、また話し始めた。
「部署の郵便担当者は、毎朝棚のカギを開けて、部署宛の封筒を取り出す。そして、投函口から、送付用の封筒を入れる。郵便部はもう配送はしない」
「では郵便部は何をするんですか?」
キリアンがもっともな問いかけをした。
「仕分けと業者とのやりとり。あとは請求書はもっときっちり管理したい。外部に送る封筒の数は、毎日部署から申告してもらう。そうすれば不正を防げるはずだ」
キリアンは納得したように頷く。ルーニーが気になることを口にした。
「人がほとんどいらなくなりますが、余った人はクビになるんでしょうか?」
「いや、他部署に異動させるつもりだ。異動先で郵便担当をしてもらいつつ、新たな業務も覚えてもらえばいいんじゃないかな」
ライアン主任の言葉にルーニーはホッと息を吐いた。
「私を含め、郵便部で長年働いている人がほとんどだ。それでは成長しないよね。新しい部署で、改めて挑戦してもらいたいんだ」
グレイスは静かにライアン主任を見つめている。
「郵便部を縮小させつつ、質は向上させたい。私と一緒に取り組んでもらえないだろうか?」
「はい、よろしくお願いします」
三人の心は元から決まっている。ここまで改善したのだ、きっちり仕上げたいではないか。
ライアン主任は一人ひとりとガッチリ握手した。
***
ルーニーとキリアンはのんびり歩きながら家に向かう。
「まさかルーニーがアンバーさんを助けるとは思わなかった。もう嫌いじゃないの?」
「嫌いよ。でもさ、新人であの上司の下で働くってさ。きついよね。何も教えてもらえないで放置でしょう。でも愛人にはするのよね。最低よ」
ルーニーはブルリと身を震わせる。
「まあなー。俺たちは清掃部でよかったよな」
「何も分からない新人がさ、上司に歯向かうのって難しいよ。私たちにはヘレナ女史がいたから強気でいけたけど。普通は無理だよ」
「そうだよなー、グレイスも同じようなこと言ってたな」
キリアンが下を向いてポツリと言った。ルーニーは力強く宣言する。
「私たちもいつか部下を持つかもしれない。そのときは絶対、ヘレナ女史やゲイリー部長を目指そう」
「そうだな」
ルーニーは空を仰いで、しみじみと言った。
「偉くなって、ヘレナ女史みたいに新人を助けたいなー」
「まだ自分の問題で手一杯だけど」
「先は長いね」
キリアンは何気ない口調で話す。
「結婚しても、働くよね?」
「当たり前」
ルーニーは即答する。
「じゃあ、そろそろ結婚するか」
「え、つき合ったばっかりなのに?」
「知り合って三年だから十分だろ?」
キリアンの真剣な目を見て、ルーニーはふわっと笑った。
「分かった。指輪は一緒に選ぶから」
「おう」
ふたりは顔を見合わせて苦笑する。
「仕事の引き継ぎみたいだな」
「私たちらしくていいんじゃない?」
「次の休みは、家探しに行くか」
「いいね」
ルーニーは繋いでいるキリアンの手をギュッと握った。アンバーも、働いて、きちんと向き合ってくれる相手を見つけられるといいな。まあ、あんだけ美人なら大丈夫か。ルーニーは、ハハッと笑う。
「なんだよ」
「仕事があって、理解ある彼氏がいるって、いいなあと思って」
キリアンは少し身をかがめてルーニーにさっとキスをする。
「俺も、仕事ができて、かわいい彼女がいて幸せだよ」
ルーニーは得意げに肩をそびやかした。吹き出すキリアンの手を引っ張って、ルーニーは軽やかに歩き出す。
仕事も結婚も、ふたりならきっと楽しい。
「なんか見つけた?」
「はい、アンバーさんが招待状を王宮内で届けているのを見ました」
「へー、そうなんだ」
真面目に配送するなんて、意外ではないか。ルーニーは目を丸くする。
「なんで急に配送する気になったんだろ」
「王家の招待状は重要だから、アンバーさんが直接手渡すことになってるとか?」
三人は首をかしげる。
「王家の招待状が届くのは、上流貴族の方々ですから、アンバーさんが渡したいのでは? 新たな出会いを求めているのかもしれません」
「あら、グレイス。随分はっきり毒を吐くようになったわね」
ルーニーはニヤニヤする。グレイスはハッとして、咳払いをした。
「なんだかよく分からないけど、引き続き注意をしておきましょう。あの女がやる気になるなんて、気味が悪いじゃない」
三人の意見は一致した。爪磨きと自分磨きにしか興味のない女、アンバー・オースタン。真面目に働くなんて、裏があるに決まっている。働かないアンバーの尻拭いをさせられて、三人はもうすっかり懐疑的な気分である。
静かにひそやかにアンバーを尾行するのは、グレイスがうまい。グレイスは少し顔を上気させて、やってきた。
「ルーニーさん、キリアンさん、ちょっと気になることが」
グレイスに言われて、ルーニーとキリアンは仕分け室の奥に行く。
「さっきアンバーさんが招待状を持って歩いてたんです。それで、何枚か落とされたから拾って渡したんですけど。その封筒、住所が書いてあったんです」
「ん? それが何か?」
ルーニーには、グレイスが興奮している理由が分からない。
「住所が書いてある封筒は、外部に届けるから業者に渡すはずです。でも、アンバーさんは王宮内で直接手渡ししてるんです」
「へー、わざわざなんでまた。余分な仕事するなんて、熱でもあるのかしら」
キリアンがルーニーの肩に手を置いた。
「いや、そういう問題じゃない。あれだろ、送料のことを言いたいんだろ、グレイスは」
グレイスはコクコクと頷く。
「ごめん、私まだよく分からない」
「業者に渡すと送料が郵便部に請求されるよな。郵便部が一括で支払う。そのあと郵便部から各部署に請求する」
「うん、そうだよ」
ルーニーは当たり前のことを言われて面食らった。
「業者に渡さず、郵便部で配達するなら、送料はかからない」
「そうだね」
「業者に渡したことにして、各部署に送料を請求したら?」
「え、アンバーさんが横領してるってこと?」
「いや、まだ分からんけど」
ルーニーは両手で口をおさえた。くぐもった小さな声でささやく。
「ええーどうするー?」
「これは、ライアン主任に相談すべきだと思う」
「えーっと、ひどいこと言うけど、ライアン主任も仲間だったら?」
ルーニーはウブな新人ではない。人の汚い部分はたくさん見てきた。
「証拠を集めて、ヘレナ女史に相談するか?」
「その方が安全じゃない?」
ルーニーはその案に賛成だ。グレイスは瞬きを繰り返している。
「ライアン主任がそんなことするかなあ」
「ジェフリー部長は仲間ですよね、きっと」
グレイスが小声で言った。キリアンとルーニーは強く同意する。
「それはそうだろう」
「私もライアン主任はいい人だと思います。でも、私はジェフリー部長もいい人だと思ってましたから」
「やっぱり、ヘレナ女史に相談しよう。あの人は信用できるだろ?」
「そうね」
「そうしましょう」
三人はあれこれ考えたあげく、去年の夜会の請求書を調べることにした。業者からの請求書と、部署に出している請求書を照らし合わせるのだ。もし違いがあれば、差額分を誰かが横領したと考えられるのではないか。
「うーん、それほど莫大な金額ではないけど、差額は出てるわね」
「私の月給分ぐらいですね」
「とりあえずはこれで十分だろう。ヘレナ女史に相談しよう」
三人は勢い込んでいつもの部屋に行ったが、扉は閉まっている。ルーニーは遠慮がちに扉を叩くが、返事はない。
「どうしよう」
カチャリ 隣の部屋から誰かが出てきた。
「あ、あなたは、ヘレナ様の……」
なんだろう、秘書か? ルーニーは言葉を詰まらせる。最初の面談のとき、三人を呼びに来た女性だ。
「ヘレナ様は今日はここにはいらっしゃいません。あなた方とのお約束の日はまだ先だと思いますが」
三人は顔を見合わせた。
「あの、この書類をヘレナ様にお渡しいただけないでしょうか。私たち、ヘレナ様にご相談したいことがあるんです」
「分かりました。お渡ししておきます。さあ、もう行ってください。ここにいることは、他の人には見られない方がいいですから」
三人は慌てて郵便部に戻る。
数日後、三人が配送の準備をしていると、数人の男たちがドカドカと入ってくる。
「ジェフリー・ガスコ部長、アンバー・オースタン、横領の証拠が出ている。取り調べに来てもらいます」
アンバーは男の手を振りほどいて、半狂乱で叫ぶ。
「なんで、私のせいじゃないわ。部長に言われてやっただけよ」
「黙りなさい、アンバー。皆さん、何か誤解があったようですね。落ち着いて話し合いましょう」
「ああ、そうですね。ゆっくり話し合うとしましょう」
ジェフリー部長とアンバーが男たちに囲まれながら出て行った。残された者たちは、呆然として、その日は仕事にならなかった。
***
「横領の証拠を集めてくれてありがとう。経理部を動かして、全ての請求書の突き合わせをしました。少額の横領を長年続けていたようです」
ヘレナ女史はいつも通り木の棒を三本転がした。
「アンバーが入る前から横領がありました。主犯はジェフリー、共犯がアンバー。ふたりは貴族位を剥奪され、平民落ちです。もちろん、二度と王宮で働くことはできません」
三人は、はあーっとため息を吐いた。
「横領したお金は、主にはジェフリーの実家と、婿入りした伯爵家から返還してもらいます。ジェフリーは離縁され、伯爵家が手切れ金の代わりに国庫に納めます。アンバーは貧しい男爵家ですので屋敷を売って返還にあててもらいます」
ヘレナ女史は淡々と続けた。
「あの、ライアン主任は大丈夫ですよね?」
ルーニーは聞きにくいことを、思い切って言った。
「念のため調べましたが、ライアン主任は白です」
三人はホッとして肩の力を抜く。
「郵便部ですが、ライアン主任の元、縮小していきます」
「え?」
「ライアン主任とは話しました。彼は、郵便部の業務はもっと減らせると考えています。あなた方の始めた投函箱の仕掛け、あれをもっと大掛かりにしたいそうです」
ヘレナ女史は木の棒でトントンと机を叩く。
「詳しいことはライアン主任に聞きなさい。彼もあなた方に相談したいそうですから」
ヘレナ女史は三人をまっすぐ順番に見つめる。
「ルーニー、キリアン、グレイス。よくやりました。あなた方の活躍はよく耳にします。ライアン主任、いえ、ライアン部長の元、引き続き励みなさい。そうね、来月もこの時間に会いましょう」
「はい。ありがとうございます」
ルーニーは手の中の木の棒を見た。清掃部の部長も主任も素晴らしい上司だった。今年はヘレナ女史とライアン主任に導いてもらえた。でも……。
「ヘレナ様、この木の棒を今使ってもいいですか?」
「あら、いいわよ。言ってごらんなさい」
ルーニーは木の棒を机に置くと、息を深く吸って、一気に言った。
「アンバーさんの減刑をお願いできないでしょうか」
「まあ、どうして?」
ヘレナ女史は椅子の背にもたれて、鋭い目つきをする。ルーニーは怯まないように、両手をきつく握り合わせた。
「私は新人のとき、清掃部で尊敬できる上司のもとで働くことができました。そのおかげで、仕事の回し方や、人付き合いが身につきました。でももし、私の上司がジェフリー部長だったら、私は腐っていたかもしれません」
「アンバーにいい上司がついてれば、彼女もまともに育っていたかもしれない。そういうことかしら?」
「はい、王宮で働くためには、厳しい応募試験に受からなければなりません。きっと昔はアンバーさんも、働く意欲があったのではないかと」
「そうね、一年目の上司は大事よね。全ての新人に目をかけてあげられればいいけれど。さすがに人事部も私もそこまでの時間はない。アンバーを救えなかった私にも、確かに責任はあるかもしれない」
ヘレナ女史は机の上に両手を置くと、少し身を乗り出した。
「でもね、ルーニー。あなたならジェフリーの愛人にはならなかったでしょう?」
ルーニーは虚をつかれて目を瞬かせる。
「はい、私は不倫は絶対にしません。奥様やお子様のことを思うと……」
「そう、あなたなら安易な道に逃げなかったと思うわ。そこはアンバーの弱さでしょう」
「はい」
「あなたの願いに免じて、アンバーには仕事を与えます。平民落ちは免れませんが、真面目に働けば食べていけるでしょう」
「ありがとうございます」
ルーニーは深々とお辞儀する。
部屋を出ると、ライアン主任が待っていた。
「お疲れさま。今から今後の郵便部について、話をさせてもらえる?」
ライアン主任と共に、三人は郵便部に戻った。もう皆帰ったあとで、ガランとしている。
「郵便部は縮小しようと思っている。君たちの投函箱を見てから、ずっと考えていたんだ。郵便部の前に、部署ごとにふたつずつ棚を並べたい」
ライアン主任は黒板に大きな棚をふたつ書いた。ふたつの棚の扉にカギ穴を、ひとつの棚の扉に投函口を書く。
「棚にはカギつき扉をつける。ひとつは部署宛の封筒用、もうひとつは投函用の棚だ。部署の担当者には、部署宛の封筒が入った棚のカギだけ渡す」
ライアン主任は、三人を見る。三人が理解しているのを確認すると、また話し始めた。
「部署の郵便担当者は、毎朝棚のカギを開けて、部署宛の封筒を取り出す。そして、投函口から、送付用の封筒を入れる。郵便部はもう配送はしない」
「では郵便部は何をするんですか?」
キリアンがもっともな問いかけをした。
「仕分けと業者とのやりとり。あとは請求書はもっときっちり管理したい。外部に送る封筒の数は、毎日部署から申告してもらう。そうすれば不正を防げるはずだ」
キリアンは納得したように頷く。ルーニーが気になることを口にした。
「人がほとんどいらなくなりますが、余った人はクビになるんでしょうか?」
「いや、他部署に異動させるつもりだ。異動先で郵便担当をしてもらいつつ、新たな業務も覚えてもらえばいいんじゃないかな」
ライアン主任の言葉にルーニーはホッと息を吐いた。
「私を含め、郵便部で長年働いている人がほとんどだ。それでは成長しないよね。新しい部署で、改めて挑戦してもらいたいんだ」
グレイスは静かにライアン主任を見つめている。
「郵便部を縮小させつつ、質は向上させたい。私と一緒に取り組んでもらえないだろうか?」
「はい、よろしくお願いします」
三人の心は元から決まっている。ここまで改善したのだ、きっちり仕上げたいではないか。
ライアン主任は一人ひとりとガッチリ握手した。
***
ルーニーとキリアンはのんびり歩きながら家に向かう。
「まさかルーニーがアンバーさんを助けるとは思わなかった。もう嫌いじゃないの?」
「嫌いよ。でもさ、新人であの上司の下で働くってさ。きついよね。何も教えてもらえないで放置でしょう。でも愛人にはするのよね。最低よ」
ルーニーはブルリと身を震わせる。
「まあなー。俺たちは清掃部でよかったよな」
「何も分からない新人がさ、上司に歯向かうのって難しいよ。私たちにはヘレナ女史がいたから強気でいけたけど。普通は無理だよ」
「そうだよなー、グレイスも同じようなこと言ってたな」
キリアンが下を向いてポツリと言った。ルーニーは力強く宣言する。
「私たちもいつか部下を持つかもしれない。そのときは絶対、ヘレナ女史やゲイリー部長を目指そう」
「そうだな」
ルーニーは空を仰いで、しみじみと言った。
「偉くなって、ヘレナ女史みたいに新人を助けたいなー」
「まだ自分の問題で手一杯だけど」
「先は長いね」
キリアンは何気ない口調で話す。
「結婚しても、働くよね?」
「当たり前」
ルーニーは即答する。
「じゃあ、そろそろ結婚するか」
「え、つき合ったばっかりなのに?」
「知り合って三年だから十分だろ?」
キリアンの真剣な目を見て、ルーニーはふわっと笑った。
「分かった。指輪は一緒に選ぶから」
「おう」
ふたりは顔を見合わせて苦笑する。
「仕事の引き継ぎみたいだな」
「私たちらしくていいんじゃない?」
「次の休みは、家探しに行くか」
「いいね」
ルーニーは繋いでいるキリアンの手をギュッと握った。アンバーも、働いて、きちんと向き合ってくれる相手を見つけられるといいな。まあ、あんだけ美人なら大丈夫か。ルーニーは、ハハッと笑う。
「なんだよ」
「仕事があって、理解ある彼氏がいるって、いいなあと思って」
キリアンは少し身をかがめてルーニーにさっとキスをする。
「俺も、仕事ができて、かわいい彼女がいて幸せだよ」
ルーニーは得意げに肩をそびやかした。吹き出すキリアンの手を引っ張って、ルーニーは軽やかに歩き出す。
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