高坂くんは不幸だらけ

甘露煮ざらめ

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「………………」

 強面さんは、自分の間違いに気付いて黙ってしまった。そして、

「…………」

 しばらくすると無言で立ち上がり、腰から鞘をとり、刀を収めた。

「…………」

 刀を収めた兄ちゃんは、ゆっくりと俺の正面に立った。そして、

「うああああああああああああ!!」

 突然頭を抱え、背骨が折れそうなほど仰け反ったのだった。

「や、やべえええええ! オレ、間違っちまった! やべええええええええええええええええええええ! えべえええええええええええええ!」

 海老を連想させるキモイ動きと姿なのに、鬼気迫るものを感じるのは気のせいだろうか。

「べえええええっ! やべえええええええええええええっ!」
「と、とにかく落ち着いてください!」

 この人の心配より、家の前で騒がれるのは近所迷惑なので、止めることにした。
 何度も何度も冷静な声をかけて、サービスで背中を擦ってあげて、3分後かな。どうにかパニック状態が収まった。

「はぁ、はぁ。はぁ、はぁ……。発狂、するところだった……」
「発狂しなくて、よかったですね。ところで一体、どうしたんですか?」
「あ、あのあのあのあのな? あのあのあのな?」
「は、はい」
「オレはな。親父の命を受けて、金平って男に制裁しに来たんだよ」

 オヤジ、制裁。やっぱりそっちの人か。

「でも、ここは金平、さんの部屋じゃないですよ? どうしてここに?」
「あの野郎今は逃げていねぇけどよ、見つけた書類にここだとあったから来たんだ。くそっ、デタラメ書きやがってあのクソ野郎が!」

 ほー。そっかそっか。俺はそのとばっちりを受けたってワケね。

「金平のクズはよ、かたぎの人間にちょっかい出して怪我させたんだよ! 義理堅く、昔気質の親父の信条は『かたぎの人間に手は出すな』だった。だから親父は憤慨し、オレに命令したのさ。オレは親父の言いつけも守れねぇ馬鹿に腹が立って、待ってる間に我慢の限界が来てそれを蹴っちまった」

 あー……。刀じゃなくて、蹴ってたのか……。

「し、ししししし知らないこととはいえ、オレも同じことしちまった。ま、間違いなく、首が……跳ぶ」

 今度は頭を抱えたまま前方に直角を越えて、額が膝に付きそうなほど体を折り曲げた。
 今の『首』ってのは、職を失うの比喩だよね? 決してリアルの首ではない、よね? と信じたいけど、どう考えても後の方ですねはい。

「…………終わった」

 失意のどん底兄ちゃんによる、呪詛のような呟き。
 うーむ。確かにこの人は迷惑だったけど、制裁の理由がまともだったし、俺自身に危害が及ばなかったから、この鉢さえどうにかしてくれたら許してもいいか。
 さすがに、勘違いで死ぬのは可哀想だ。

「あのー。俺、黙ってますよ」
「ほえっ?」

 急にかわいい声を出さないで欲しい。

「事情はよくわかりましたから、その親父さんには何も言いません。鉢の替えを用意してくれたら不問にしますよ」
「ほ、本当? 本当でちゅか?」

 なぜに幼児化?

「ほ、本当に本当? 本当の本当なんでちゅか?」
「え、ええ。約束しますよ」
「っっっ! ありがとう! ありがとうございやすっ、旦那ぁぁっ!」
「ちょ、ちょっとっ」

 突然手を握られ、おまけで上下に振ってくれてる。
 いつの間にか、俺の呼称が旦那へランクアップしていた。

「ありがとうございやすっ! ございやすぅぅぅぅぅっ!」
「おおお~。感動の握手ですね~」

 後ろで静観していたサヤさんがひょっこりと顔を出し、ぱちぱちぱち。能天気に拍手をした。

「姉御もありがとうございやすっ! 姉御が旦那の名前を叫んでくれなければ、間違いなく斬りかかってやした!」

 おいおい、さらっと恐ろしいこと言わないで。あれ、何気に死地だったのかよ。

「だ、旦那! このご恩、あっし、一生忘れやせん!」
「い、いやぁ。別に、大したことじゃないですよ」
「いやいやいやっ! 大したことで、あっしは一生忘れやせんっ! もしも旦那や姉御の身に何かが起きた時は、ここへ来ていただくかご連絡ください。誠心誠意対応されていだだきやす!」
「は、はぁ。ど、どうも」

 ご丁寧に、表彰状授与のように両手で名刺を渡してくれた。
 そこには、八頭龍造、とある。その上の○○組ってのは見なかったことにしよう。

「で、では、あっしはこれで失礼しやす。旦那、姉御、お達者で」
「は、はい。お元気で」
「さよならですよ~」

 揉み手しながら階段に向かう八頭さんを見送って、ドアを閉める。

「……ふぅ」

 一息つき、手にある名刺を再度確認。住所があって、ビルの名前になってるな。
 へぇ~。電話番号があって……その隣は……組の名前。この組って、幼稚園とかのあれだよね?
 とりあえずそう思い込んで、リビングに戻る。

「あれれ? その名刺、捨てるのですか?」
「使うこともないでしょうしね」

 ゴミ箱に捨てようとしたら聞かれたので、苦笑交じりでお答えする。
 だって、ねえ。あまり関わりたくないのですよ。

「あ~、そ~ですか~。でしたら順平さん、私にくださいませんかー?」
「いいですけど。はいどうぞ」
「どうもです。感謝感謝ですよー」

 彼女はにっこり笑って、名刺をポケットに仕舞った。
 アレ、ちょっと不気味なオーラが発せられてるような気がしたんだけどなぁ。なかなか物好きだなぁ。

「さて、順平さん。お話を戻してよろしいですか?」
「あ、そうだ。随分時間が空きましたけど、シガミの証拠ってなんですか?」

 忘れかける程強烈な出来事だったけど、本題がまだだった。

「ふふふ。先ほどのすべてが証拠ですよー」

 してやったり、と言わんばかりの表情が出た。
 ??? 全てが、証拠?

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