憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

文字の大きさ
上 下
128 / 142

恋、というもの(御園視点)

しおりを挟む
新学期が始まってしばらくの事。

オレは三年で落とした単位分を回収するために、大学で講義を受けていた。いつも一緒にいた彼は、今は隣にいない。
……あいつは一通りの事を無難に出来る奴だから、オレみたいに単位を落としたりしていないのだ。卒業に必要な単位数を全て取って、就職活動と卒業論文に専念している。

苦手な就職試験の理系問題、教えて欲しいんだけどな。LINEしても良いのかどうか迷う。遊沙はきっといつでも聞いてと言うだろうから、聞きたきゃ聞けば良いんだろう。なのだけど、何故だか躊躇ってしまう。

この講義は、就職活動の時にほとんどの会社から提示される試験に対応するための対策講座だ。国語的な言語分野と、数学的な非言語分野に分かれている。最後には模擬試験もあるから便利で助かることもあって、人気のある講座だ。本当なら三年の秋学期に大半が取っているはずで、オレも取っていたが残念ながら落としてしまった。

その時は遊沙と一緒だっただけに、今一人で受けているのが寂しくて情けなかった。虚しくもあった。今頃はあの男と一緒にいるんだろうな、と余計な考えまで浮かんでしまう。

……人生って上手くいかないよなあ。オレは産まれたときから”普通”とは違って、白い目で見られることもあった。受け入れてくれる奴ももちろんいたけど、元のように何のわだかまりもなく接してくれる人はいなかった。だから次第に周囲に隠すようになって、親にも誤魔化して生きてきた。

遊沙だけだった。
話す前と後で何の感情の変化もなかったのは。親友でいてくれたのは。
それが嬉しいのに、今もまだ親友のままだと言うことが、彼の一番ではないということが苦しかった。はあ、本当に未練たらたらでみっともない。
生まれがそもそも違うんだから比べたってしょうがないのに、どうしてもあの男の幸せそうな人生と比べてしまう。どうしてこう神というものは一人の人間に何でも与えるのだろうか。ちょっとくらいオレに良いところくれたって良いだろうに。
……別にゲイだったことは悪いことではなかったけど。遊沙を好きになれたし。でもそんなことするなら世界をもっと生きやすくしといてくれても良かったじゃないか。


なんて、悶々と考えていたらさっき解いた問題の解説を聞きそびれてしまった。最悪だ。これを落としたらもう次はないので、別の講義で単位を補わなくてはならない。それだけは勘弁だ。

『ごめん、ここの解説分かる?』

結局オレは、遊沙にそんなLINEを送った。返信は数分後に返ってきて、ノートの板書写真と解説文が送られてきた。簡潔で読みやすく書かれている。

『これで分かりそう?』
『十分! 助かるわ、ありがとな』
『御園の頼みだからね』
『……仏か何かか?』

『笑笑』
『分からなかったらいつでもLINEしてね。僕が分かる範囲なら教えるから』

悩みの種は彼なのに、彼が何か言ってくれる度に心が軽くなる。人間は本当に難儀な生き物だ。

『一緒に勉強して就活頑張ろうね』

最後に送られてきたその文を見ただけで、自然と笑みが溢れてしまう。講義の内容も先程より理解出来る気がした。
……詰まるところ、どう足掻いてもオレは彼のことが好きなのだった。


†―――†―――†

(有栖side)


朝早い仕事が終わって、昼からは遊紗とのんびりしていた。ご無沙汰だったゲームを一緒にやりつつ、他愛もない会話をする。
俺の股の間に収まって、丸くなってゲームをしていた彼の頭に顎を乗せていると。
急にもぞ……と動いて傍に置いてあったスマホを手に取った。若干振動したのでLINEか何か来たのかもしれない。画面を確認して、

「ちょっとごめん」

と立ち上がった。二階へ上がって五分ほど後にまた降りてきたかと思うと、スマホでポチポチと何か打っている。
それが何処か嬉しそうに見えて、なんだか少しムッとした。
相手はあの狼男だろうか。

俺の心が狭いのは今に始まったことじゃないけど。

「大事な内容なのか?」

相手を探るために、何となくそう聞いた。

「うん」
「……それは、いつものあいつか?」
「そう、御園」
「…………後でじゃ、ダメか?」
「ダメだよ。有栖は一人しかいないとても大事な恋人だけど、御園も一人しかいないとても大事な親友だから」

そう言われると何も言えなくなる。……こういうことを言うとまたあいつにキレられるだろうが、あいつの方が俺よりずっとずっと長く遊紗と一緒にいて、彼にとってもかけがえのない存在だ。それが本当に羨ましかった。
認めたくはないが、コミュニケーション能力もあるし喧嘩も強い、俺に似合わない服も似合うし友人も沢山いる様子だった。遊紗も心を許しているだけに、いつかあいつに取られるんじゃないか、と心配になってしまう。
我儘な心配だ、と我ながら思う。

「……親友は、大事にしないとな」
「うん」

優しそうに微笑んだ彼を見て、我儘だと分かっていても嫉妬をしてしまう。俺は恋人という枠を貰ってもまだ、親友の枠を欲しがるなんて。傲慢な奴だ、と自嘲した。
しおりを挟む

処理中です...