憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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お茶会

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「こんにちは! あなたが遊沙くんね。初めまして」

花が咲いたような笑顔で挨拶をしてくる女性は、有栖がお世話になっているカメラマンだという。
ハキハキした感じで人当たりが良さそうだ。仕事が出来そうな感じもする。

「初めまして。一木遊紗です」

僕は若干緊張しながら挨拶を返した。


ここは女性が手配してくれたお店で、個室なので有栖も堂々としていられる。四人席だから僕と有栖、女性と冴木さんで別れて座った。僕の向かい側は女性だ。
芸能人や有名人もチラホラと来るお店らしく、プライバシーがしっかり配慮されていた。店員さんも表情一つ変えずに給仕してくれる。プロだ。

用意されたのはケーキやお菓子の乗った膳で、上品そうなミニケーキたちやマカロン、寒天なんかが綺麗に並べられている。見た目も鮮やかだ。飲み物は紅茶のポットが置いてあり、それぞれのカップに自分で注いで飲む。
こういうのは一気に食べるものではないので、これらをのんびりと食べながらお喋りしよう、という趣旨のようだ。

最初は挨拶から入り、段々と会話を広げていく。

「へぇー、なるほどねぇ。偶然が重なって二人は仲良くなったのね」

さすがに僕が暴行されて云々、とは言えないので、スーパーで会った話の他に“たまたま出会ったエピソード”を捏造して話した。聞かれるだろうということで事前に有栖と考えたものだ。……嘘をつくのは心苦しいが仕方ない。

「そうです。俺は遊紗の『俺を有名人として見ない』ところを気に入って、友達になって欲しいと頼んだんです。最初は断られたんですけど、粘ったら受け入れてくれました」
「あらあら。有栖くんからのお誘いを断れるなんて、遊紗くんは本当に有栖くんを特別扱いしてないんだ」
「ええと、まあそうです。敬語もいらないし、呼び方も有栖でいいし、素のままで良いと言われたので……。その人が望んでいるのならそれでいいのかな、と思いまして」
「そう。でもやっぱり、それをちゃんと実行出来るところが凄いわ。わたしが遊紗くんの立場だったら、有栖くんに好かれようとしたり色々考えちゃったりで無理だもの。だから、そういう芯の強い部分を有栖くんは気に入ったのね」

僕らの話を聞いて、彼女はふむふむと納得した様子だ。

「それで、二人は今までに何をしたの?  一緒に遊んだりはした?」

どうしてそんな質問をするのかは分からないが、森や山に行ったことや水族館や遊園地に行ったことなどを話した。迷惑がかかるので可香谷さんのことや御園のことは言わないでおく。
彼女はそれらのことにも色々突っ込んできて、僕達はそれに対してきちんと答えた。
有栖は職場で僕の話題が出るのは避けたいらしく、今ここで彼女が話に満足すれば、今後聞かれることはないだろうと考えているようだ。

一通り答えて話が一段落したところで、僕は紅茶に口を付けた。紅茶には詳しくないので何の銘柄かよく分からないが、とてもいい香りのする茶葉だ。

その後しばらくは他愛もない話が続き、ケーキ達も順調に減っていった。
彼女は恋多き女性だとの事で、今までの恋愛遍歴も聞くことになった。その相手はタイプも年齢も性格もバラバラで、共通点があまりない。興味深いけれど、僕にはどうしてそんなに好きな人が変わるのか、上手く理解出来なかった。そもそも恋愛的な意味で人を好きになったことないし。

そんなことを考えながらもふんふんと頷いていると、思わぬ所で飛び火した。

「ねえ、遊紗くんはわたしと付き合う気はない?」
「…………はい?」

突然過ぎて一瞬何を言っているのか脳で処理出来なかった。えっと、何言ってるんだろうこの方は。

「今、お姉さんフリーなのよねー。遊紗くん、可愛いし素直だし、とてもいい子だし、すっごく好感が持てるの!  だから、遊紗くんさえ良ければ彼氏になって欲しいなー、なんて」

よく分からないけど、多分告白されているみたいだ。うん、多分。
この女性はとてもいい人で笑顔も素敵で僕には勿体ないくらいのお誘いだけど、僕には有栖という彼氏(?)がいるから承諾は出来ない。それと、女性に落ち度は全くないけど、単純に有栖の方が好きだし一緒にいて安心出来る。女性とは会ったばかりだし。
僕は迷うことも無く、すぐさま断りの返事をしようとした。
けれど、

「俺の大事な友人にちょっかいかけないでください。お仕事の依頼なら俺が受けますから、あまり彼を困らせるのは出来ればやめていただきたいです」

僕が何かを言う前に有栖がそう言った。チラリと彼を見ると、かなり真剣な表情をしている。
それを見た女性は少し意地悪そうに笑って、

「ごめんごめん、冗談よ冗談。流石のわたしも会って数時間の子を口説くなんて節操のないことしないわ。……ああ、でも、遊紗くんが可愛くていい子なのは本当だけど」

そう弁明した。会話の流れで軽口を叩いてみたのだろう。
僕は冗談だったのか、と納得したけれど、有栖はまだ若干不満そうだった。
まあ、有栖からしたら彼女(?)が目の前で口説かれた訳で、冗談だとしてもいい気分ではないだろう。女性はこちらの事情を知らないので仕方のないことではあるが。
案の定、言葉を選びつつ非難した。

「冗談でもそんなことを言うのは……その、良くないと思います」
「そうね、ごめんなさい。あなたたちがとても仲良さそうだから、ついちょっかいかけたくなっちゃったの。お詫びに追加注文とか好きにして良いからね」

彼女はきちんと謝った後にそんな提案までしてくれたので、有栖も引き下がった。

「それにしても、二人は本当に仲がいいのね。お互い信頼し合ってて大事そう。……良いわねー、青春だわ!  あーあ、わたしもそういう相手が欲しかったなぁ」

紅茶を飲みながらそう呟く彼女は僕や有栖を交互に見ながら羨ましそうに言った。
彼女の恋人たちにそういう人はいなかったのだろうか。

「冴木くんにはそういう相手いる?」

その言葉をきっかけに、彼女は冴木さんと話を始めた。僕たちのことはだいたい聞き終えたのだろう。
有栖を見ると、ほんの少しむくれ気味だった。冗談だと言われても嫌だったに違いない。
僕はテーブルの下で有栖の手を握ってそっと笑いかけた。

有栖が好きでいてくれる限りは、僕も有栖を一番大事にするから。そんな顔をしないで。という思いを込めて。
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