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からかいのつもり(??視点)
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私が彼と初めて会ったのは、彼がまだ活動し始めて間もない頃。新進気鋭のモデルとして活躍しだした頃だ。
私はまだ駆け出しのカメラマンで、初めて貰った大きな仕事だった。
彼との初対面はとてもよく覚えている。
私より随分若いのにやたらしっかりしていて、良く言えば出来る子、悪く言えば可愛げのない子といった印象だった。顔は精巧な作り物のように綺麗で、姿勢や所作にも非の打ち所がない。
魅力的な男性を見るとすぐに惹かれてしまうような私だけれど、彼には不思議とそんな気は起きなかった。恐らくは完璧過ぎたのだと思う。同じ人間と言うよりは、雲の上の存在のように思えた。
緊張と共にカメラを向けると、彼は指示通りにポーズを取り表情を変えた。何をしても絵になるし、そつがない。緊張もしていないようだった。
何とか無事に仕事が終わってほっとした私と違って、彼はいつもどこか浮かない顔をしていた。
私と彼は何回も会う機会があって、何回も仕事を共にした。
そうすることで分かってきたことは、彼がこの仕事を嫌がっている事だ。表情管理も完璧だから気付きにくいけれど、心の底では冷たい感情を抱えているように見えた。
現場に来るのは彼とマネージャーの冴木くんだけで、ご両親の姿を見たことがない。……きっとその美貌をお金儲けの道具にされているのだろう。本当はこんなことしたくなくて、それで両親と軋轢が生まれているのかもしれない。
その読みはあっていて、彼はその後両親と縁を切った。
彼の“心の冷たさ”は、歳を重ねるごとにどんどん顕著になってきた。態度も表情も普通でも、雰囲気はいつもピリピリして近寄り難さを漂わせていた。誰も見ていないところではイライラして貧乏揺すりを繰り返したり、鏡に写った自分を睨みつけたり。
それでも仕事だけは完璧だった。
精神を置き去りにしたまま、外側だけが型に押し込まれて成長してしまった。そんな感じだった。
仕事仲間の中にはそんな彼を『性格が悪そう』だと囁く人もいたけれど、私にはそれがとても痛々しく映った。ハードなスケジュールに縛られて自由もなく、この歳まで友人もいないなんてあんまりだ。ひねくれるのもよく分かる。
ところがそんなある日、突然彼の雰囲気が柔らかくなった。私が何人目か分からない彼氏の話をした後くらいからだろうか。
待合室などで彼が一人でいる時も、イライラではなくソワソワに変わり、考え事も多くなった。前は鋭利な刃物のようだった目も、良い意味で角が取れた。
撮影中の表情や態度はあまり変わらなかったけれど、写真写りは全く違った。妖艶で、前の数倍魅力的に見えた。笑顔も自然で蠱惑的。カメラ越しにドキドキしてしまって困るくらいだった。
変化はそれだけではなく、急に仕事を減らしたかと思ったら、免許を取ったり髪型と髪色をガラッと変えてきたり。今まで完璧だった仕事中に上の空でミスをしたこともあった。
明らかに彼の中で何かが変わったのだ。
こんな急激な変化は勝手に起こるものでは無い。絶対に何かあったはずだ。
私はそれが気になって気になって仕方なかった。
だって、考え事をしながらため息をついたり微笑んだりだなんて、私が恋をした時と丸っきり同じだもの。
この完璧モデルのハートを掴むなんて一体どんな女性なのだろう。
歯切れ悪く大切な友人だと言ったのは、どうやら男の子らしい。『恋でもしたの?』という質問の反応的にも、絶対恋だと思ったのに。
予想は外れたけれど、どうしてもその子に会ってみたくて、少し無理を言って会わせてもらうことにした。彼にしては珍しく、私とその子を会わせることに一瞬嫌そうな顔をした。
その子は遊紗くんというあまり目立たない子で、礼儀正しい良い子だった。“あの”有栖くんに至極普通に接していて、『ああ、こういうところが好きなんだろうな』と納得した。小柄で華奢だけど、臆面せずに誰とでも平等に話せる子だ。
お茶の席でも有栖くんは、意識を常に遊紗くんに向けていた。目線もチラチラと彼の方ばかり見る。今まで私と話している時は愛想笑いで聞いてくれていたけれど、この時は私には目もくれなかった。耳だけは向けてくれるけど、それ以外は全部遊紗くんの方を向いていた。
大切な友人、かー。
私は少しカマをかけてみたくなった。
遊紗くんには失礼になってしまうけれど、彼氏にならないかと提案してみる。実際遊紗くんは可愛くて癒されるから、もし万が一OKでも大事にする自信はあった。
するとどうだろうか。
有栖くんの気配が一気に殺気立った。不動明王が背後に見えた気さえする。口調はやんわりとしているが、確実に怒っているではないか。
ああ、これはやっぱり。
何気なく手で遊紗くんを遮って庇おうともしているし、長年付き合いのある私でも許せないくらい大事にしているのだろう。
釈明した後も不機嫌そうな彼に、遊紗くんはテーブルの下で手を握った。心配そうに有栖くんを見上げている。
傍から見たら手を握っているかなんて見えないけれど、私も何回かしたことがあるからすぐ分かった。
なるほどねー……。
有栖くんが言い淀んだり会わせたがらなかったりした理由がよく分かった。
これはスキャンダルどころではない。場合によっては誹謗中傷の嵐だろう。
残念ながら、この世界は同性同士に優しくない。ファンの矛先はすぐに遊紗くんに向かうだろう。
それが嫌だから、遊紗くんが本当に大事だから、誰にも言いたくないし会わせたくないのだろう。
何時だかに何かの動画が流出したのも、遊紗くん絡みかもしれない。より過保護的になるのも納得だ。
そっか。
私の勘は間違っていなかったのか。
その気持ちが本当なら、どうか幸せになって欲しい。
たくさんの出会いと愛に恵まれて、恋愛を謳歌出来た私と違って、有栖くんにとってはやっと手に出来た“普通の幸せ”なのだから。
あわよくば――。
最愛の彼を見つめるその恋焦がれた瞳が、彼だけに向くことを願って。
私はまだ駆け出しのカメラマンで、初めて貰った大きな仕事だった。
彼との初対面はとてもよく覚えている。
私より随分若いのにやたらしっかりしていて、良く言えば出来る子、悪く言えば可愛げのない子といった印象だった。顔は精巧な作り物のように綺麗で、姿勢や所作にも非の打ち所がない。
魅力的な男性を見るとすぐに惹かれてしまうような私だけれど、彼には不思議とそんな気は起きなかった。恐らくは完璧過ぎたのだと思う。同じ人間と言うよりは、雲の上の存在のように思えた。
緊張と共にカメラを向けると、彼は指示通りにポーズを取り表情を変えた。何をしても絵になるし、そつがない。緊張もしていないようだった。
何とか無事に仕事が終わってほっとした私と違って、彼はいつもどこか浮かない顔をしていた。
私と彼は何回も会う機会があって、何回も仕事を共にした。
そうすることで分かってきたことは、彼がこの仕事を嫌がっている事だ。表情管理も完璧だから気付きにくいけれど、心の底では冷たい感情を抱えているように見えた。
現場に来るのは彼とマネージャーの冴木くんだけで、ご両親の姿を見たことがない。……きっとその美貌をお金儲けの道具にされているのだろう。本当はこんなことしたくなくて、それで両親と軋轢が生まれているのかもしれない。
その読みはあっていて、彼はその後両親と縁を切った。
彼の“心の冷たさ”は、歳を重ねるごとにどんどん顕著になってきた。態度も表情も普通でも、雰囲気はいつもピリピリして近寄り難さを漂わせていた。誰も見ていないところではイライラして貧乏揺すりを繰り返したり、鏡に写った自分を睨みつけたり。
それでも仕事だけは完璧だった。
精神を置き去りにしたまま、外側だけが型に押し込まれて成長してしまった。そんな感じだった。
仕事仲間の中にはそんな彼を『性格が悪そう』だと囁く人もいたけれど、私にはそれがとても痛々しく映った。ハードなスケジュールに縛られて自由もなく、この歳まで友人もいないなんてあんまりだ。ひねくれるのもよく分かる。
ところがそんなある日、突然彼の雰囲気が柔らかくなった。私が何人目か分からない彼氏の話をした後くらいからだろうか。
待合室などで彼が一人でいる時も、イライラではなくソワソワに変わり、考え事も多くなった。前は鋭利な刃物のようだった目も、良い意味で角が取れた。
撮影中の表情や態度はあまり変わらなかったけれど、写真写りは全く違った。妖艶で、前の数倍魅力的に見えた。笑顔も自然で蠱惑的。カメラ越しにドキドキしてしまって困るくらいだった。
変化はそれだけではなく、急に仕事を減らしたかと思ったら、免許を取ったり髪型と髪色をガラッと変えてきたり。今まで完璧だった仕事中に上の空でミスをしたこともあった。
明らかに彼の中で何かが変わったのだ。
こんな急激な変化は勝手に起こるものでは無い。絶対に何かあったはずだ。
私はそれが気になって気になって仕方なかった。
だって、考え事をしながらため息をついたり微笑んだりだなんて、私が恋をした時と丸っきり同じだもの。
この完璧モデルのハートを掴むなんて一体どんな女性なのだろう。
歯切れ悪く大切な友人だと言ったのは、どうやら男の子らしい。『恋でもしたの?』という質問の反応的にも、絶対恋だと思ったのに。
予想は外れたけれど、どうしてもその子に会ってみたくて、少し無理を言って会わせてもらうことにした。彼にしては珍しく、私とその子を会わせることに一瞬嫌そうな顔をした。
その子は遊紗くんというあまり目立たない子で、礼儀正しい良い子だった。“あの”有栖くんに至極普通に接していて、『ああ、こういうところが好きなんだろうな』と納得した。小柄で華奢だけど、臆面せずに誰とでも平等に話せる子だ。
お茶の席でも有栖くんは、意識を常に遊紗くんに向けていた。目線もチラチラと彼の方ばかり見る。今まで私と話している時は愛想笑いで聞いてくれていたけれど、この時は私には目もくれなかった。耳だけは向けてくれるけど、それ以外は全部遊紗くんの方を向いていた。
大切な友人、かー。
私は少しカマをかけてみたくなった。
遊紗くんには失礼になってしまうけれど、彼氏にならないかと提案してみる。実際遊紗くんは可愛くて癒されるから、もし万が一OKでも大事にする自信はあった。
するとどうだろうか。
有栖くんの気配が一気に殺気立った。不動明王が背後に見えた気さえする。口調はやんわりとしているが、確実に怒っているではないか。
ああ、これはやっぱり。
何気なく手で遊紗くんを遮って庇おうともしているし、長年付き合いのある私でも許せないくらい大事にしているのだろう。
釈明した後も不機嫌そうな彼に、遊紗くんはテーブルの下で手を握った。心配そうに有栖くんを見上げている。
傍から見たら手を握っているかなんて見えないけれど、私も何回かしたことがあるからすぐ分かった。
なるほどねー……。
有栖くんが言い淀んだり会わせたがらなかったりした理由がよく分かった。
これはスキャンダルどころではない。場合によっては誹謗中傷の嵐だろう。
残念ながら、この世界は同性同士に優しくない。ファンの矛先はすぐに遊紗くんに向かうだろう。
それが嫌だから、遊紗くんが本当に大事だから、誰にも言いたくないし会わせたくないのだろう。
何時だかに何かの動画が流出したのも、遊紗くん絡みかもしれない。より過保護的になるのも納得だ。
そっか。
私の勘は間違っていなかったのか。
その気持ちが本当なら、どうか幸せになって欲しい。
たくさんの出会いと愛に恵まれて、恋愛を謳歌出来た私と違って、有栖くんにとってはやっと手に出来た“普通の幸せ”なのだから。
あわよくば――。
最愛の彼を見つめるその恋焦がれた瞳が、彼だけに向くことを願って。
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