憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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改心 Ⅱ

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しばらく沈黙が続いた。
チョコレートケーキを食べているので自然と黙ってしまうのだ。
途中で、リーダーがもう一度話しかけてくる。

「ねえ、話は大幅に変わるし、図々しくて悪いんだけどさ」
「ん? なに」
「お前を助けた二人とは、どういう関係なんだ?」
「ああ。えっと、御園は高校からの親友。あり……背の大きい人は、大学からの……えっと、友達」

あ、危ない……。有栖って名前も危ないし、恋人というワードも危ない。エロ本とかの雑誌を読む人だから、モデルの有栖のことを知ってる可能性も高いし、バレたら大変だ。偏見だけど、同性同士の付き合いを良く思ってない人かもしれないから、そっちもあまり言いたくない。

「へえ、そっか。…………ちょっと安心した」
「え?」
「いや、中学三年間、おれのせいで台無しにしただろうなって思ったから。友達も出来なかっただろうし。だから、おれらと離れた後、ちゃんと良い奴と関係築けて良かったなって」
「…………」
「おれ、こんな性格だからかあんな風に自分のために怒ってくれる友達とかいないし。というか、まともに友達っていない気がするからさ、そう考えると中学の時のおれ、馬鹿なことしたなって思って」
「…………」
「遊沙? ごめん、気分害した?」
「あ、いや、違うんだ。…………さっきから思ってたんだけど、あまりの変わりようにびっくりしたっていうか。本当に同じ人なのか疑問っていうか」

僕の言葉に、彼は目を丸くした。それからぷっと噴き出す。

「ふはッ、ははは! あはははっ! いや、分かる、めっちゃ分かる」

腹を抱えて笑いながら、周囲の目を気にして声量を下げる。

「おれもさ、遊沙の立場だったら『何コイツ』って思うだろうなー。そんくらい今のおれって変なんだな」
「うん、その、凄く変」
「はははは! …………あー、ウケた。……まあほんとのこというと、これも嫌がらせみたいなものでさ。遊沙はおれよりも存在が下なのに、なんでおれより人生充実してんだよ、とか思ったのが今に繋がるきっかけなわけ。性格変わってないだろ?」
「じゃあ、さっきの謝罪とかは?」
「あれは本当。きっかけ、って言っただろ。灰色の……じゃなくて、知らない奴に骨折られた時はそいつじゃなくてお前を恨んだ。思いっきり筋違いだけど、お前のせいで変なのに目を付けられたって。だから一回八つ当たりに行った。だけど、そこも失敗に終わって。そのあたりかな、おれ、何やってんだろって思ったの」
「我に返った、みたいな」
「そうそう、そんな感じ。お前に暴力振るったって何もならない、互いに不利益しかないのに、なんでおれはそんなことしたんだ? とも思った。大学入ったけど結局全然楽しくないのも、そのせいじゃないのか? って。それに比べて八つ当たりしに行った時のお前は充実してそうだったからさ。色々と考え直してみた結果がこれ」
「謝罪?」
「そう。謝ったところで全部チャラには出来ないけど、ちょっとは何か変えられるかなっていう打算みたいなもの」
「あー、確かに、あんまり元は変わってないね」
「だろ? って自慢する所じゃないけど。まあ、今はこれが精一杯。おれが突然聖人君子みたいになったらきしょいし」

人生の大半を棒に振った僕からすればふざけた話だけど、正直安心した。あまりに胡散臭すぎたから、またなんか企んでるんじゃないかなと思ってしまったし。

「ま、そういうわけだから。話聞いてくれてありがとな。おれの連絡先それに書いといたから、困ったら呼んで。必要あれば助けるから。……あー、あいつらは連れて来ないつもりだし、出来ればあっちとは縁切るからよろしく」

話の間に店員さんが持ってきていた紅茶が飲み終わった辺りで、リーダーは席を立った。店員さんに何事か話して、僕にも席を立つように促す。

「お会計は?」
「ああ、ここ予約制だから前払い」
「あ、そうなんだ」

僕がもし誘いを断ったらどうするつもりだったんだろうか。そんな心配をよそに、彼は何処か吹っ切れたようだった。
特に話すでもなく、二人で道路沿いを歩いていると。

見覚えのある車が真横に止まった。

「あ」

後部座席のドアが開いて、有栖が降りてくる。

「てめえ、まだ懲りてねえのか」

この図体で言われると、ヤクザみたいでちょっと怖い。いつもなら頼もしいけど、今日は何もされてないから少し慌ててしまう。

「ま、待って。今日は特に何もされてないから」
「……本当か?」
「うん、大丈夫」
「遊沙が止めるならやめとくが。……おいお前、俺の恋人に次手を出したら殺すからな」
「あ、え?」
「えっ、ちょっ、言っちゃうの?」

さらっと恋人と言った有栖は慌てる僕を車の中に押し込むと、ポカンとしているリーダーを置いてバンッとドアを閉める。直後、彼を置き去りにして車は現場を後にした。

……なんか、もうめちゃくちゃだ。うん、きっと彼とはもう会わないだろうから、弁明は諦めよう。
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