憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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改心 Ⅰ

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年が明けてしばらくが経った。

今日は大学がなくて、有栖と冴木さんは仕事だ。彼らは何だかんだ家にいてくれたし、仕事もきちっとこなしながら休みも取っていたので、今日みたいに一日帰ってこないのは久しぶりだった。一年ほど前はこれが当たり前だったと思うと少し懐かしい。僕は今の方が好きだけど。
今日は二人が夕飯を買ってきてくれるとのことで、洗濯をした後はやることがなくなってしまった。

暇だし、せっかくだから一人で何処かに出かけるか。まあ、何処に行くかが問題だけど。
父さんと母さんのお墓参りは、今度二人も付いてきてくれるって言ってたから無しだな。御園の家に行くには急過ぎるし、そもそもそれじゃあ外出する意味があまりない。どうせゲームしかしないし。

迷った末、駅前のショッピングモールに行くことにした。ウィンドウショッピングはそれなりに楽しいし、良い物があったら二人に買っていける。お菓子から雑貨まで色々あるから、飽きもこないだろう。
有栖に買ってもらった服とコートを着て家を出る。コートは寒がりな僕に有栖が買ってきてくれたもので、色も形も好みぴったりだったので愛用している。彼は僕の好みまで怖いくらい完璧に把握していて、さすがモデルだなと思う。


道はいつも大学に行っている時と同じなので、ぼーっとしながら歩いていると。

「あっ……遊紗」

とても聞き覚えのある、聞きたくない声が聞こえた。聞こえなかったフリをして足早に去ろうとする。

「あ、おい、待てよ」

腕を掴まれて強制的に足止めされた。

「えっと、何?」

相手はいつもの三人組のリーダー格。会う度にいつも三人でいるので、今日は一人だけなのが新鮮だった。ともあれ、僕と彼では力の差は歴然。さっさと逃げるが吉だ。
この前学校祭にまで来て絡まれたから、これ以上関わりたくない。
そう思って逃げる算段を考えていたが、なんだか様子が違う事に気付く。

「そ、その。遊紗がおれの事避けるのも逃げるのも、当然だと思うけど。ちょっとだけ、話に付き合ってくれないか」

普段ならニヤニヤ笑いながら路地とかに連れて行かれるのに、今は目を左右に泳がせて神妙な顔をしている。僕の腕を掴むのも遠慮がちで、あまりの違いについ逃げるのを躊躇う。

「話?」
「うん。今までのこととか、その、謝りたくて」
「え」

謝る?  この人が?  僕に?
一瞬何を言っているのか分からなかった。天地がひっくり返っても言わないだろうと思っていた言葉に、明日は槍でも降るのかと思ってしまう。

「どういう風の吹き回し?」
「そりゃ……おれも反省したんだよ。信じられないだろうけどさ、あのー、ほら、灰色の悪……じゃなくて、お前の友達? に散々言われたし」
「灰色の……? ああ、御園?」
「えと、多分、それ」

リーダーは頭を掻きながらおどおどと頷く。しきりに周囲を気にしているところからすると、御園たちを警戒しているのかもしれない。学校祭の時に彼が追いかけていたからどうしたのか聞いたら、僕の代わりに怒ってくれたって言ってたし。有栖もあの時ドスの利いた声で助けてくれたので、二人を警戒する気持ちも分かる。

「あのさ、あっちのカフェで話さない? 人目があるところならおれも何も出来ないから、お前も安心だろうし。おれも安心だし。奢るから」

それは確かにその通りだ。いざとなったら店員さんに助けを求められる。食べ物も既製品みたいなものだから変なものは入ってないだろう。正直行きたくないけど、色々穏便に済ませるために付いていくことにした。前みたいに着いたら路地裏だった、とかなったら最悪なので、最低限逃げられるようにだけしておく。


だけど、着いたのは本当にカフェだった。しかも結構高そうで、お客さんも大人ばかりがちらほらとしかいない。
リーダーは窓がある角の席にまっすぐ向かうと、先に僕を座らせた。彼も座ると、奥から店員さんが水を持ってきてくれる。

「その、遊沙」
「なに?」
「あの、本当に、その、ごめん。今までやったこと、謝るくらいじゃ清算出来ないだろうけど。犯罪になってもおかしくないくらいのことをしたってことも分かってる。許さなくて良いから、ただおれの話を聞いて欲しい」

…………本当にびっくりした。この大柄で横暴な人が、体を小さくして謝るなんて見たことがない。口調だっていつも嘲りと見下ししか含まれてなかったのに。今は……なんていうか、”普通の人”って感じ。

「あ……。お前、表情変わるんだな……」

そんなに顔に出ていただろうか。っていうか、これまでそんなに無表情だっただろうか。

「えっと、話って?」
「あ、ああ、そうだ。おれな、今までのこと、全部親に話したんだよ。人を虐めて、怪我させて、怖い思いさせたってこと。そしたらさ、めちゃくちゃ怒られた。いや、まあ当たり前なんだけど。親父にはぼっこぼこにされるし、お袋には正座組まされて延々話を根掘り葉掘りされて説教された」
「そ、そうなんだ」
「うん。でさ、『その子と親にすぐさま謝りに行きなさい! 私たちも行くから!』って。でも、遊沙には……その。……だからさ、事情も全部話して、おれだけ行くことにしたんだ。『ご両親を亡くした子を今になってまだ虐めてるなんて』って更に怒られて呆れられたけど」
「ああ、それで」
「そう。もちろん言われなくても謝るつもりだったけどさ。路地裏でやった後、その御園って奴に肋骨と腕折られて死ぬほど痛くって、遊沙が今までどれだけ痛かったか、って分かったし」
「え?」

御園が?
彼はいつもハキハキしていて、粗野っぽいけど優しい。高校の時、何となくクラスに馴染めてなかった僕にも気さくに話しかけてくれた。その彼が、そんなことするだろうか。

「え、って何が?」
「いや、御園がそんなことするかなって思って。見た目は確かに荒っぽいけど、優しいから」
「なっ、お前あれのどこをどう見たらそんな…………あっ。…………あー、ごめん。今のやっぱなし。別の喧嘩と記憶違いだったわー、わりぃ悪ぃ」

誤魔化すようにハハハと笑ってから、小さくため息を吐いた。なんかいやに慌ててるけど、理由は分からなかった。

「ま、とにかく、自分がやってたことが外道だって気付いたっていうか。だから、学校祭の時に会ったのはほんとにたまたまで。急に会ったから謝るのも出来なかった。なんか三人でいると気が大きくなって駄目みたいだ、おれ」
「だから一人で来たの?」
「そう。お前を虐めたのだって、お前だったからじゃなくて、ただちょっと気に食わなかっただけだったのに、気付いたらここまで来ちゃってたから。歯止めが利かなかったっていうか。おれの人望のせいもあって、注意してくれる人とか誰もいなくて、『やっていいんだ』って思っちゃったし。まあその。つまり全部おれが悪いんだけど」

…………何かよく分からない。あれだけ暴君みたいだったこの人がこうなるって、一体何があったんだろう。
謝ってくれるのは良いけれど、僕としてはもうやられなければそれでいいし、謝って欲しかったわけでもないから、ちょっと反応に困る。
医療費はそれなりに高くついたから、領収書渡して請求してもいいかもしれない。
僕はそれをそのまま言ってみた。有栖の家に住まわしてもらっているおかげで貯金で払えたから、本当は別にいいんだけど。せっかく反省してもらってるし、ここで「いいよー、許すよー」だと反省した甲斐がないだろうから、出来るものなら請求してみることにしたのだ。

「う、そ、そうだよな。そうなるよな……。じゃあさ、今度請求書のコピーか何か持ってきてくんない?  また、親と相談して何とかするから」

え、やってくれるんだ。彼のことだし、何らかの理由をつけて断るかと思ったのに。
今までが今までだけに、発言とか全部信用出来ないんだけど、ここまでしてくれるとなるとだんだん信じたくなってしまう。


話が途切れた間に、店員さんがケーキを運んできた。何も頼んでないはずだと思ったら、そもそもメニューがなかった。元からメニューが決まっているお店なのかもしれない。
ケーキはチョコレートで出来ていて普通に美味しそうだった。
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