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番外編:節分
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少し気が早いですが、季節ネタを。
―――――――†
「「節分?」」
僕と有栖の声がダブる。
冴木さんと三人で食卓を囲んでいる時、彼が唐突に口走った。そういえばそろそろ節分だね、と。
僕も有栖もそんな行事のことはすっかり忘れていたから、疑問符を浮かべてしまったのだ。
「ほら、二月三日にあるだろう? 豆を撒いたり恵方巻きを食べたりするやつだよ」
揃って首を傾げる僕らを面白そうに見ながら、冴木さんが簡単に説明してくれる。
節分と言えば、豆まきと恵方巻きが定番だ。毎回縁起の良い方位が決まっていて、恵方巻きはその名の通り「恵方」を向いて食べる。海鮮が入っているものが多いから、高校までは密かに楽しみなイベントだったのだけど、両親が亡くなってからは時間も余裕もなくて忘れていた。
「やるんですか?」
急にそんな話をしたということは、やるつもりなのかもしれない。久しぶりなのでほんのちょっとワクワクしながら聞いてみる。
冴木さんは笑顔で頷いた。
「ああ。出来ればやりたいな、と思っているよ。実は、節分という行事をうちではやったことがないんだ。遊沙くんが来るまでは仕事漬けだったし、忙しくてそれどころじゃなかったからね」
「確かにそうだったな。だからあんたが急に節分とか言い出して驚いた」
「ふふふ、それを考える余裕が出来たんだよ。それもこれも遊沙くんのおかげ。私の目に狂いはなかったな」
「……そもそも、あんたが遊沙と俺を引き合わせたんだからあんたのおかげでもあるんじゃないのか」
「冴木さんが僕と出会ったのは有栖が僕のこと助けてくれたからだから、有栖のおかげでもあるよ」
「おやおや。皆のおかげってことだね、ふふっ」
笑顔だった彼は更に笑顔になった。僕と有栖も自然に笑う。
「さて、やると決めたからには準備しないとね。といっても、豆と恵方巻きがあればいいからすぐ出来るけれど」
「あの、鰯も欲しいです」
「鰯? 何するんだ?」
「僕の家では鰯も食べてたの。焼いただけの奴。ちょっと苦いけど、美味しいんだよ」
「へえ、じゃあそれもやるか」
「そうだね。ちなみに、鰯は縁起がいいとかあるのかい?」
「えっと、詳しくは覚えていないんですけど、鬼が鰯の匂いを苦手だからみたいな感じだったと思います」
玄関に鰯の頭を飾るといいとかも聞いた事あるけど、それは色々と難しそうだから言わないことにした。
その日は話だけまとめて、当日に色々買い揃えることになった。
そして当日。
僕らは朝から三人で買い物に出かけると、必要なものを買っていった。当日だからちゃんと節分のコーナーがあって、鬼のお面風のポップと『二月三日は節分』と書かれた大きめの看板があった。枡の形と色をした紙箱が沢山積んであって、それが節分用の豆みたいだ。豆まきの後は自分の歳の数だけ拾って食べるから、二パック買っておいた。おまけで簡易的な鬼面が付いてきたけど、これは多分使わない。恵方巻きはかなり種類があったから、それぞれが好きなものを選んだ。鰯も三尾入っているものにする。
有栖たちはちょっとした仕事があるらしく、家に帰ったらすぐ出かけて行った。夕方には終わるそうなので、僕は家でゲームを進めながら待っていた。ご飯は恵方巻きで済ますから、やることがなかったのだ。ただ、せっかくだから味噌汁だけ作って置いておいた。
彼らが帰って来たら、豆まきから始めた。
「鬼はーそと! 福はーうち!」
ぱらぱらと豆が落ちて転がる。マンションから外に投げると、外の人とマンションの管理人に迷惑なのでベランダに少量撒く。代わりに家の中には盛大に撒いた。
雰囲気を出すために部屋の電気を消したから、戻る時に豆を踏まないようにするのが難しかった。
電気をつけたらそれぞれ歳の数だけ拾って、残りは別のお皿に拾い集める。ベランダのはそのままにした。
豆は一旦置いておいて、次は恵方巻きを食べる。食べている間は喋っちゃダメらしいので、みんな無言で同じ方向を向いて食べる。傍から見たらかなり異様な光景だろうな、と思う。
黙らなくちゃいけないとなると、なんだか変に笑えてきて、目が会う度にくすくすと笑いながら食べた。
最後の方は競い合うようにして食べ終わると、味噌汁と鰯を持ってくる。
「…………」
鰯を齧った有栖は、眉間に皺を寄せて気難しい顔をしている。
「美味しくない?」
「いや、ちょっと、というかかなり、苦い……」
「ああ……。じゃあ、頭は避けといた方がいいかも。一番苦いから」
「そうする」
僕はこの苦さも含めて好きなので、頭からばりばり食べる。有栖と冴木さんが奇人変人でも見るような顔をしていた。
やっぱり、食べ慣れていないと美味しくないのかもしれない。
自分の分の豆を摘みながら、他愛もない話をする。仕事の話から僕の学校の話、去年はどうだったか、など。
御園の話をすると有栖が不機嫌そうだったので、彼の話は避けた。
イベントごとは、それ自体も楽しいけれど、その中でこうやって二人と団欒できるのが何よりも楽しい。
一生、は無理だろうけど。
この時間が出来るだけ長く続けばいいな。
―――――――†
「「節分?」」
僕と有栖の声がダブる。
冴木さんと三人で食卓を囲んでいる時、彼が唐突に口走った。そういえばそろそろ節分だね、と。
僕も有栖もそんな行事のことはすっかり忘れていたから、疑問符を浮かべてしまったのだ。
「ほら、二月三日にあるだろう? 豆を撒いたり恵方巻きを食べたりするやつだよ」
揃って首を傾げる僕らを面白そうに見ながら、冴木さんが簡単に説明してくれる。
節分と言えば、豆まきと恵方巻きが定番だ。毎回縁起の良い方位が決まっていて、恵方巻きはその名の通り「恵方」を向いて食べる。海鮮が入っているものが多いから、高校までは密かに楽しみなイベントだったのだけど、両親が亡くなってからは時間も余裕もなくて忘れていた。
「やるんですか?」
急にそんな話をしたということは、やるつもりなのかもしれない。久しぶりなのでほんのちょっとワクワクしながら聞いてみる。
冴木さんは笑顔で頷いた。
「ああ。出来ればやりたいな、と思っているよ。実は、節分という行事をうちではやったことがないんだ。遊沙くんが来るまでは仕事漬けだったし、忙しくてそれどころじゃなかったからね」
「確かにそうだったな。だからあんたが急に節分とか言い出して驚いた」
「ふふふ、それを考える余裕が出来たんだよ。それもこれも遊沙くんのおかげ。私の目に狂いはなかったな」
「……そもそも、あんたが遊沙と俺を引き合わせたんだからあんたのおかげでもあるんじゃないのか」
「冴木さんが僕と出会ったのは有栖が僕のこと助けてくれたからだから、有栖のおかげでもあるよ」
「おやおや。皆のおかげってことだね、ふふっ」
笑顔だった彼は更に笑顔になった。僕と有栖も自然に笑う。
「さて、やると決めたからには準備しないとね。といっても、豆と恵方巻きがあればいいからすぐ出来るけれど」
「あの、鰯も欲しいです」
「鰯? 何するんだ?」
「僕の家では鰯も食べてたの。焼いただけの奴。ちょっと苦いけど、美味しいんだよ」
「へえ、じゃあそれもやるか」
「そうだね。ちなみに、鰯は縁起がいいとかあるのかい?」
「えっと、詳しくは覚えていないんですけど、鬼が鰯の匂いを苦手だからみたいな感じだったと思います」
玄関に鰯の頭を飾るといいとかも聞いた事あるけど、それは色々と難しそうだから言わないことにした。
その日は話だけまとめて、当日に色々買い揃えることになった。
そして当日。
僕らは朝から三人で買い物に出かけると、必要なものを買っていった。当日だからちゃんと節分のコーナーがあって、鬼のお面風のポップと『二月三日は節分』と書かれた大きめの看板があった。枡の形と色をした紙箱が沢山積んであって、それが節分用の豆みたいだ。豆まきの後は自分の歳の数だけ拾って食べるから、二パック買っておいた。おまけで簡易的な鬼面が付いてきたけど、これは多分使わない。恵方巻きはかなり種類があったから、それぞれが好きなものを選んだ。鰯も三尾入っているものにする。
有栖たちはちょっとした仕事があるらしく、家に帰ったらすぐ出かけて行った。夕方には終わるそうなので、僕は家でゲームを進めながら待っていた。ご飯は恵方巻きで済ますから、やることがなかったのだ。ただ、せっかくだから味噌汁だけ作って置いておいた。
彼らが帰って来たら、豆まきから始めた。
「鬼はーそと! 福はーうち!」
ぱらぱらと豆が落ちて転がる。マンションから外に投げると、外の人とマンションの管理人に迷惑なのでベランダに少量撒く。代わりに家の中には盛大に撒いた。
雰囲気を出すために部屋の電気を消したから、戻る時に豆を踏まないようにするのが難しかった。
電気をつけたらそれぞれ歳の数だけ拾って、残りは別のお皿に拾い集める。ベランダのはそのままにした。
豆は一旦置いておいて、次は恵方巻きを食べる。食べている間は喋っちゃダメらしいので、みんな無言で同じ方向を向いて食べる。傍から見たらかなり異様な光景だろうな、と思う。
黙らなくちゃいけないとなると、なんだか変に笑えてきて、目が会う度にくすくすと笑いながら食べた。
最後の方は競い合うようにして食べ終わると、味噌汁と鰯を持ってくる。
「…………」
鰯を齧った有栖は、眉間に皺を寄せて気難しい顔をしている。
「美味しくない?」
「いや、ちょっと、というかかなり、苦い……」
「ああ……。じゃあ、頭は避けといた方がいいかも。一番苦いから」
「そうする」
僕はこの苦さも含めて好きなので、頭からばりばり食べる。有栖と冴木さんが奇人変人でも見るような顔をしていた。
やっぱり、食べ慣れていないと美味しくないのかもしれない。
自分の分の豆を摘みながら、他愛もない話をする。仕事の話から僕の学校の話、去年はどうだったか、など。
御園の話をすると有栖が不機嫌そうだったので、彼の話は避けた。
イベントごとは、それ自体も楽しいけれど、その中でこうやって二人と団欒できるのが何よりも楽しい。
一生、は無理だろうけど。
この時間が出来るだけ長く続けばいいな。
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