憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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有栖のイメチェン

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「そういえば有栖、髪の毛ずっと水色だけど、変えないの?」


後ろにくっついている有栖を見上げているとき、ふとその絹糸のような髪の毛に目が行った。
出会った時からずっと同じ色で、違う色になっているところを見たことがない。
長さもずっと均一なので、きっとこまめに美容院に行っているのだろう。
そこで、どうして変えないのか気になったのだ。

「……ん? ああ、これか。最初に水色にしたら案外しっくりきたし、他の色が似合うかどうか試す時間がなかったからな。もし似合わなかった場合、撮影に間に合わないし」

なるほど。写真撮影の日に似合わない髪色で行ってしまったら、確かに仕事に支障が出そうだ。
…………でも、今なら仕事も少なくしてるし、ちょっと気分を変えてみるのも良いのではないだろうか。

有栖にそのことを言ってみると、「では何色がいいか」と聞かれた。
僕が決めるのか。

うーん。
有栖は全体的に色素が薄い感じがする。目の色も僕みたいな黒じゃなくて薄茶色だし、肌も結構白い。
だからパステル系が似合うと思うんだけど。

「…………思い切って桜色とか」

「桜色…………」

「攻めすぎかな?」

「お前は俺に似合うと思うか?」

「うーん、絶対とは言えないなあ。薄い色が似合うかなって思ったから、寒色系じゃなくて暖色系にしてみたらどうかなって思って」

「……お前がそう言うならそうしてみようか」

「え、良いの?」

「ああ」

「有栖が気に入らなかったら別に他の色とか、水色のままとかでもいいけど……」

「いや、大丈夫だ。あとこれはついでなんだが、髪型のリクエストとかないか? 変えてみてもいいんだが」


髪型かぁ……。
もし変えるなら、長髪だったし短髪が良いような気がする。

「なんかこう、ショートカットにしてちょっとパーマかけるとか……?」

せっかくさらさらなのだからパーマかけるのは勿体ない気がするけど、桜色だったらそれも似合いそうな気がする。
有栖はしばらく考えて、それからうんうんと頷いた。

「悪くないかもな。髪型も遊沙とお揃いみたいで嬉しいし」

……有栖ってこういうことを恥ずかしげもなく言うよなあ。「お揃いで嬉しい」と言われるのは僕としても結構嬉しいけれど。

有栖は僕から離れていそいそと出かける支度をし始めた。

「何処か行くの?」

「え? 美容院だが」

「え、今から?」

「思い立ったが吉日ってな。どうせしばらく予定もないし」

「えーと、でも予約してないのに空いてるの?」

有栖はモデルだし、御用達なら空けてくれるのかもしれない。そう思ったのだが。
彼はしゅんとしてしまった。

「……そうだった…………。予約いるんだ……」

さっきまでのやる気とご機嫌さはどこへやら、しょんぼりと頭を抱えてしまった。
申し訳ないがちょっとアホっぽい。

結局三日後に予約を入れてもらって事なきを得た。



その後発売された雑誌が飛ぶように売れ、「彼は何故突然イメージチェンジをしたのか」という特集が組まれることになるのだが、それはまた別の話。
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