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ひっつき虫(冴木視点)
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有栖と遊沙くんが付き合うようになってしばらく経った。
当初は私の知らないところでいかがわしいことをしているのでは、とか、そんなつもりで遊沙くんを紹介した訳ではないのに、とか悶々としていたが、最近は少し慣れてきた。
遊沙くんは基本的に今まで通り、何も変わっていないように思える。
問題は有栖の方。
毎日毎日毎日毎日、それはもうずーっと遊沙くんにくっついて、全く離れようとしない。
遊沙くんも満更でもなさそうなので放っているが、あまりに家事の邪魔になるようなら「有栖、ステイ!」をやらなくてはいけない。
昨日だって仕事だというのに全然来ないので呼びに行くと、遊沙くんと有栖が向かい合ってじりじりとにらみ合いをしていた。端から見るとカバディをしているようにも見えた。
何事かと唖然としている私に見向きもせず、有栖は頑張って遊沙くんに抱き付こうとしていたのだった。
『有栖、仕事行かないと。遅れたら迷惑かけるでしょ』
エプロン姿の遊沙くんは至って冷静に、有栖に抱き付かれないように彼の正面をキープしていた。
『充電が、充電が足りないんだ』
一方有栖はものすごく真剣に、「明日地球が滅亡する」とでも言っているような顔と声色でそんなことを言った。
『有栖のスマホの充電なら100%だけど』
ホントに冷静だなあ、遊沙くん。
『違う。俺の充電が足りない』
有栖は一体何を言っているんだ。
『……有栖の?』
ほら遊沙くんが困惑している。そして私も困惑している。
『そうだ。一回抱き付かせてくれたら回復するから。そしたら仕事行く』
結局最後は遊沙くんが折れて、しばらく抱き付かれていた。撮影所に到着したのが開始ギリギリだったのは言うまでもない。
なんだか遊沙くんがお母さんで、有栖は小さな子供に戻ったみたいだ。
仕事中は普通なのに、近くに遊沙くんがいると構いたくなるらしい。
…………私だって恋愛経験がないわけではない。有栖の気持ちが分からないわけではないのだ。だけど、こんな調子では先が思いやられてしまう。
小さくため息を吐きながら、次の仕事で使う撮影所の下見を済ませた。
「あ、冴木さん。お疲れ様です! 下見ですか?」
撮影所の女性が声をかけてくる。
「お疲れ様です。ええ、そうです。本番はよろしくお願いします」
笑顔が素敵な若い女性にこちらも笑顔を返す。
「あの、もし良ければこのあとお茶でもいかがですか? そこに新しくカフェが出来たんですよ!」
彼女はちょっと気恥ずかしそうに、けれど明るく誘ってくれた。
この後は特に予定もないし、せっかく誘っていただいているのだから断るのも申し訳ないか。
今度お世話にもなるのだから。
「はい、分かりました。ではこれから―――」
笑顔を浮かべて答えようとしたとき、胸元のスマホが振動していることに気付いた。
「失礼、電話が……。すぐ戻りますね」
一旦その場を離れて、着信画面を見る。遊沙くんからのLINE電話だ。
「もしもし。遊沙くん? どうかしたのかい?」
『すみません、冴木さん。今大丈夫ですか?』
「ああ、大丈夫だよ。丁度下見が終わったところなんだ」
『そうですか、良かったです。……ええとその、要件というのは、醤油を買ってきて欲しいんです。帰り際でいいので』
「醤油? なくなったのかい?」
『はい。それもあるんですが、その、取れなくなってしまって』
取れなくなった? どういうことだろう。予備の醤油ボトルを棚の裏に落としてしまったとかだろうか。
「取れなくなった、って何が?」
『あの、有栖が』
…………はい?
有栖の素材って磁石か何かだったっけ。若しくは粘着テープとか。
とにかく困っていそうなので、女性には申し訳ないが急用が入ったからと断って、家に急いだ。
居間に入ってみると、確かに取れなくなっていた。
小柄な遊沙くんを背後からしっかりと抱き込み、首筋の辺りに顔を埋めてピクリともしない。
抱き付かれている遊沙くんは、有栖の腕の中で丸くなって、黙々とゲームをやっていた。
物音でこちらに気付いて、
「あ、冴木さん。すみません、ありがとうございます」
小さく会釈してくれた。
「いや、スーパーなら帰り道にあるから問題ないよ。……それ、大丈夫かい?」
「ああ、はい。大丈夫です。最近良くあることなんですけど、買い出しに行けないので困ってしまって」
良くあることなのか……。有栖ったら、いつからこんなに甘えん坊になってしまったのだろう。
いや、もしかしたら、小さいときから仕事漬けだった反動なのかもしれない。
プライベートを心穏やかに過ごさせたい。
そんな私の親心は、ちゃんと達成できたのかも。
「……うちの子が、苦労をかけてすまないね。今日は私が夕飯を作ろうか」
「いえ、冴木さんは仕事帰りですし。有栖は寝ちゃったみたいなのでそっと離れて寝かせれば問題ないと思います」
「…………そう。あまり無理をしてはいけないよ」
「はい。気をつけます」
遊沙くんは宣言通り、有栖を引き剥がしてそっと横たえて、二階から毛布を持ってきてかけていた。
今日の夕飯は肉じゃがだそうなので、私も少し手伝った。
有栖が起きたのは夕飯が出来上がった時のことだった。
「今日も美味しい」と言って嬉しそうに笑う有栖を、私も穏やかな気持ちで見ていた。
当初は私の知らないところでいかがわしいことをしているのでは、とか、そんなつもりで遊沙くんを紹介した訳ではないのに、とか悶々としていたが、最近は少し慣れてきた。
遊沙くんは基本的に今まで通り、何も変わっていないように思える。
問題は有栖の方。
毎日毎日毎日毎日、それはもうずーっと遊沙くんにくっついて、全く離れようとしない。
遊沙くんも満更でもなさそうなので放っているが、あまりに家事の邪魔になるようなら「有栖、ステイ!」をやらなくてはいけない。
昨日だって仕事だというのに全然来ないので呼びに行くと、遊沙くんと有栖が向かい合ってじりじりとにらみ合いをしていた。端から見るとカバディをしているようにも見えた。
何事かと唖然としている私に見向きもせず、有栖は頑張って遊沙くんに抱き付こうとしていたのだった。
『有栖、仕事行かないと。遅れたら迷惑かけるでしょ』
エプロン姿の遊沙くんは至って冷静に、有栖に抱き付かれないように彼の正面をキープしていた。
『充電が、充電が足りないんだ』
一方有栖はものすごく真剣に、「明日地球が滅亡する」とでも言っているような顔と声色でそんなことを言った。
『有栖のスマホの充電なら100%だけど』
ホントに冷静だなあ、遊沙くん。
『違う。俺の充電が足りない』
有栖は一体何を言っているんだ。
『……有栖の?』
ほら遊沙くんが困惑している。そして私も困惑している。
『そうだ。一回抱き付かせてくれたら回復するから。そしたら仕事行く』
結局最後は遊沙くんが折れて、しばらく抱き付かれていた。撮影所に到着したのが開始ギリギリだったのは言うまでもない。
なんだか遊沙くんがお母さんで、有栖は小さな子供に戻ったみたいだ。
仕事中は普通なのに、近くに遊沙くんがいると構いたくなるらしい。
…………私だって恋愛経験がないわけではない。有栖の気持ちが分からないわけではないのだ。だけど、こんな調子では先が思いやられてしまう。
小さくため息を吐きながら、次の仕事で使う撮影所の下見を済ませた。
「あ、冴木さん。お疲れ様です! 下見ですか?」
撮影所の女性が声をかけてくる。
「お疲れ様です。ええ、そうです。本番はよろしくお願いします」
笑顔が素敵な若い女性にこちらも笑顔を返す。
「あの、もし良ければこのあとお茶でもいかがですか? そこに新しくカフェが出来たんですよ!」
彼女はちょっと気恥ずかしそうに、けれど明るく誘ってくれた。
この後は特に予定もないし、せっかく誘っていただいているのだから断るのも申し訳ないか。
今度お世話にもなるのだから。
「はい、分かりました。ではこれから―――」
笑顔を浮かべて答えようとしたとき、胸元のスマホが振動していることに気付いた。
「失礼、電話が……。すぐ戻りますね」
一旦その場を離れて、着信画面を見る。遊沙くんからのLINE電話だ。
「もしもし。遊沙くん? どうかしたのかい?」
『すみません、冴木さん。今大丈夫ですか?』
「ああ、大丈夫だよ。丁度下見が終わったところなんだ」
『そうですか、良かったです。……ええとその、要件というのは、醤油を買ってきて欲しいんです。帰り際でいいので』
「醤油? なくなったのかい?」
『はい。それもあるんですが、その、取れなくなってしまって』
取れなくなった? どういうことだろう。予備の醤油ボトルを棚の裏に落としてしまったとかだろうか。
「取れなくなった、って何が?」
『あの、有栖が』
…………はい?
有栖の素材って磁石か何かだったっけ。若しくは粘着テープとか。
とにかく困っていそうなので、女性には申し訳ないが急用が入ったからと断って、家に急いだ。
居間に入ってみると、確かに取れなくなっていた。
小柄な遊沙くんを背後からしっかりと抱き込み、首筋の辺りに顔を埋めてピクリともしない。
抱き付かれている遊沙くんは、有栖の腕の中で丸くなって、黙々とゲームをやっていた。
物音でこちらに気付いて、
「あ、冴木さん。すみません、ありがとうございます」
小さく会釈してくれた。
「いや、スーパーなら帰り道にあるから問題ないよ。……それ、大丈夫かい?」
「ああ、はい。大丈夫です。最近良くあることなんですけど、買い出しに行けないので困ってしまって」
良くあることなのか……。有栖ったら、いつからこんなに甘えん坊になってしまったのだろう。
いや、もしかしたら、小さいときから仕事漬けだった反動なのかもしれない。
プライベートを心穏やかに過ごさせたい。
そんな私の親心は、ちゃんと達成できたのかも。
「……うちの子が、苦労をかけてすまないね。今日は私が夕飯を作ろうか」
「いえ、冴木さんは仕事帰りですし。有栖は寝ちゃったみたいなのでそっと離れて寝かせれば問題ないと思います」
「…………そう。あまり無理をしてはいけないよ」
「はい。気をつけます」
遊沙くんは宣言通り、有栖を引き剥がしてそっと横たえて、二階から毛布を持ってきてかけていた。
今日の夕飯は肉じゃがだそうなので、私も少し手伝った。
有栖が起きたのは夕飯が出来上がった時のことだった。
「今日も美味しい」と言って嬉しそうに笑う有栖を、私も穏やかな気持ちで見ていた。
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