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医者の怒り(有栖視点)
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とんとんと肩を叩かれて、はっと顔を上げる。
いつの間にか眠っていたらしい。
「お疲れ様、有栖。……遊沙くん、どうしたんだい?」
冴木は心配そうな顔をしている。一応事情を聞くと、冴木が目を覚ましたとき、俺たちがいないので部屋中を探して、最後にここにたどり着いたらしい。
俺は冴木の質問に答えて、遊沙が熱を出しているらしいことと、病院に連れて行きたいこと、冴木を起こすのが憚られたので看病して待っていたこと、自分が車を運転できないことにやきもきしたことなどを話した。もしかしたら遊沙がファンの贈り物を食べてしまったかもしれないことも付け足す。
「そう。起こしてくれても良かったのに……。気を遣わせてしまったね」
冴木は眉を下げて申し訳なさそうにする。そもそも冴木に休んで欲しくて取った休暇だ。そんな顔をすることなんてないのに。
冴木は仕事ができるが、出来すぎて仕事モードがなかなか抜けない。俺が普通に話しかけなければずっと敬語で話して、自分が俺に敬語を使っていることにすら気付かないだろう。だから、車内ではタメ口で話しかけて仕事モードから解放しようとはしているのだが。
…………はあ、遊沙も冴木も気が回り過ぎる。もっと俺に対して適当でも良いのにな。冴木だって親心が芽生えるくらいなら、俺に申し訳なさそうにしないで、もっと親っぽくバンバン言えばいい。それが出来ないのは、やはり俺がモデルだからだろうか。
「それはそうと、早く病院に連れて行こう。車用意してくるから、有栖は遊沙くんに厚着させて連れてきてくれ。頼んだよ」
冴木は真剣な顔で部屋を出て行った。…………俺が運転出来たなら、彼はのんびりと休暇を謳歌出来ただろう。まあ、ないものはいくら考えても無駄か。
俺は自分のコートで遊沙を包んで抱き上げて、駐車場に向かった。その途中で、ふとまとめてあるゴミの中に高級チョコの箱が入っているのが見えた。
なるほど、あれを食べたのかもしれない。
†―――――――――――――――――――――――†
「症状は? 分かりますか?」
若い医者は俺たちに向かって聞いた。遊沙は一応起きているが、ぼうっとしていて呂律も回っていなかったので、こちらに質問が飛んできたのだ。
俺は贈り物の話をした。ファンからもらったもので、危険物が入っていることもあるので放置していたが、それを遊沙が片付けてくれた際に、知らずに食べた可能性がある、と。多分チョコレートだと言うことも言っておいた。
症状については昨日の夜から顔色が悪かったことと、熱があることくらいしか分からないと言った。
「今日は何か食べさせました?」
「…………粥を作ったんですが。食べてはくれませんでしたから、何も食べていないと思います」
「そうですか」
医者は素早く電子カルテに書き込んでいく。
「普段、どんな生活を送られてます? あ、大体でいいので」
これには冴木が答えた。
「私の知る限りでは、私たちが仕事の間に家事をやってくれてまして、それ以外は大学やバイトに行っているようです」
「家事とバイト、具体的な内容は分かります?」
「ええっと、家事は朝食と夕食を作ってくれたり、洗濯をしてくれたり、時には掃除もしてくれています。それで、バイトは確か、スーパーの店員だったと思うので、レジ打ちとか品出しとかだと思います」
「バイトの時間は?」
「詳しくは分かりませんが…………。休日だと家事以外の時間は行っていると思います」
「分かりました」
医者はそれらを全て書き込んで、それから遊沙を診察しだした。聴診器を使う際に眉を顰めたのは、きっと俺と同じものを見たからだろう。こちらをちらりと見たが、何も言わずに診察を続ける。
しばらくして、医者は俺たちに向き直った。
「まずその贈り物に入っていたと思われるものですが、恐らくテトロドトキシン……あー、簡単に言うとフグ毒ですね。摂取すると手足の痺れや吐き気、酷いときには呼吸困難になります。症状は軽いようなので微量でしょうが、これを摂取した可能性が高いです」
そんなものを入れるなんて、とんでもない奴もいたものだ。どんな意図だったのだろうか。
「…………それで、ですが。発熱の原因は、過労です」
…………え? 急にそんなことを言われて、思わず呆けた顔をしてしまう。体調が悪いのは全て贈り物のせいだと思い込んでいた。
「大体、この患者さんは痩せすぎで免疫力も低そうですよね。それをそんな過酷な環境に晒したらどうなるかくらい馬鹿でも分かりません? ぶっ倒れますよ。過労で弱っているところにフグ毒がダイレクトに来たもんだから、そりゃもうこうなりますよねって感じです」
どう見ても怒っている医者に対して、冴木が青い顔をしている。俺も仕事が大変だとか言って、遊沙に無理をさせていたことに気付こうともしなかった。
「…………すみません、私が彼に無理を…………」
「いや、俺が遊沙に家事を頼んだのがいけなかったんです。家賃とか全て出せば、バイトをやめることが出来て、少し家事をやった後は自由に過ごせるのではないかと考えたのです。俺の見通しというか、考えが甘かったのかもしれません。気付かないうちに、こんなに無理をさせていたなんて」
医者は少し呆れた顔をした。
「はあ、もう、謝るならぼくじゃなくて、彼に謝ってください。それに貴方たちも相当疲れてますよね? そちらの方はモデルの方とお見受けしますが、たまには休みを取ってください。ええと、マネージャーさん? も合わせて普通に寝不足です。そんなんだと全員ぶっ倒れますよ。体調管理どうなってんですか、ほんと」
この医者には悪気はないだろうが、言葉が冴木にぐさぐさと突き刺さっている。というか、なんか普通にトゲあるな、この医者。
「そもそも最近の会社とかクソ過ぎません? ブラック企業とか最悪ですよ。待遇も悪けりゃ効率も悪い。ぼくらの仕事と自殺者を増やすだけの諸悪の根源です。全く、嫌な世の中ですね」
医者は喋りながら処方箋を出して、看護師に手渡した。
「とりあえず解熱剤を出しておきますね。フグ中毒の方は少しずつ回復傾向に向かっているあたり、毒は既に吐き出しているでしょうから問題ないと思います。……まあ、そうじゃなかったら今頃呼吸困難で死にかけているでしょう。微量とはいえ、フグ毒は半日ほどで急激に症状が悪化することがありますからね」
さっさと病院連れて来いよと言いたげな目で見られるが、こちらだって事情があるし、まさかそんな危険なものだとは思わなかったので仕方ない。…………俺が当たった毒だって、腹を下す程度の毒だったから。
だが、もし微量じゃなくて、吐き出したりもしていなかったらと思うと、ぞっとする。下手したら死んでいたかもしれないのだから。
医者に礼を言って、俺たちは家に帰った。
いつの間にか眠っていたらしい。
「お疲れ様、有栖。……遊沙くん、どうしたんだい?」
冴木は心配そうな顔をしている。一応事情を聞くと、冴木が目を覚ましたとき、俺たちがいないので部屋中を探して、最後にここにたどり着いたらしい。
俺は冴木の質問に答えて、遊沙が熱を出しているらしいことと、病院に連れて行きたいこと、冴木を起こすのが憚られたので看病して待っていたこと、自分が車を運転できないことにやきもきしたことなどを話した。もしかしたら遊沙がファンの贈り物を食べてしまったかもしれないことも付け足す。
「そう。起こしてくれても良かったのに……。気を遣わせてしまったね」
冴木は眉を下げて申し訳なさそうにする。そもそも冴木に休んで欲しくて取った休暇だ。そんな顔をすることなんてないのに。
冴木は仕事ができるが、出来すぎて仕事モードがなかなか抜けない。俺が普通に話しかけなければずっと敬語で話して、自分が俺に敬語を使っていることにすら気付かないだろう。だから、車内ではタメ口で話しかけて仕事モードから解放しようとはしているのだが。
…………はあ、遊沙も冴木も気が回り過ぎる。もっと俺に対して適当でも良いのにな。冴木だって親心が芽生えるくらいなら、俺に申し訳なさそうにしないで、もっと親っぽくバンバン言えばいい。それが出来ないのは、やはり俺がモデルだからだろうか。
「それはそうと、早く病院に連れて行こう。車用意してくるから、有栖は遊沙くんに厚着させて連れてきてくれ。頼んだよ」
冴木は真剣な顔で部屋を出て行った。…………俺が運転出来たなら、彼はのんびりと休暇を謳歌出来ただろう。まあ、ないものはいくら考えても無駄か。
俺は自分のコートで遊沙を包んで抱き上げて、駐車場に向かった。その途中で、ふとまとめてあるゴミの中に高級チョコの箱が入っているのが見えた。
なるほど、あれを食べたのかもしれない。
†―――――――――――――――――――――――†
「症状は? 分かりますか?」
若い医者は俺たちに向かって聞いた。遊沙は一応起きているが、ぼうっとしていて呂律も回っていなかったので、こちらに質問が飛んできたのだ。
俺は贈り物の話をした。ファンからもらったもので、危険物が入っていることもあるので放置していたが、それを遊沙が片付けてくれた際に、知らずに食べた可能性がある、と。多分チョコレートだと言うことも言っておいた。
症状については昨日の夜から顔色が悪かったことと、熱があることくらいしか分からないと言った。
「今日は何か食べさせました?」
「…………粥を作ったんですが。食べてはくれませんでしたから、何も食べていないと思います」
「そうですか」
医者は素早く電子カルテに書き込んでいく。
「普段、どんな生活を送られてます? あ、大体でいいので」
これには冴木が答えた。
「私の知る限りでは、私たちが仕事の間に家事をやってくれてまして、それ以外は大学やバイトに行っているようです」
「家事とバイト、具体的な内容は分かります?」
「ええっと、家事は朝食と夕食を作ってくれたり、洗濯をしてくれたり、時には掃除もしてくれています。それで、バイトは確か、スーパーの店員だったと思うので、レジ打ちとか品出しとかだと思います」
「バイトの時間は?」
「詳しくは分かりませんが…………。休日だと家事以外の時間は行っていると思います」
「分かりました」
医者はそれらを全て書き込んで、それから遊沙を診察しだした。聴診器を使う際に眉を顰めたのは、きっと俺と同じものを見たからだろう。こちらをちらりと見たが、何も言わずに診察を続ける。
しばらくして、医者は俺たちに向き直った。
「まずその贈り物に入っていたと思われるものですが、恐らくテトロドトキシン……あー、簡単に言うとフグ毒ですね。摂取すると手足の痺れや吐き気、酷いときには呼吸困難になります。症状は軽いようなので微量でしょうが、これを摂取した可能性が高いです」
そんなものを入れるなんて、とんでもない奴もいたものだ。どんな意図だったのだろうか。
「…………それで、ですが。発熱の原因は、過労です」
…………え? 急にそんなことを言われて、思わず呆けた顔をしてしまう。体調が悪いのは全て贈り物のせいだと思い込んでいた。
「大体、この患者さんは痩せすぎで免疫力も低そうですよね。それをそんな過酷な環境に晒したらどうなるかくらい馬鹿でも分かりません? ぶっ倒れますよ。過労で弱っているところにフグ毒がダイレクトに来たもんだから、そりゃもうこうなりますよねって感じです」
どう見ても怒っている医者に対して、冴木が青い顔をしている。俺も仕事が大変だとか言って、遊沙に無理をさせていたことに気付こうともしなかった。
「…………すみません、私が彼に無理を…………」
「いや、俺が遊沙に家事を頼んだのがいけなかったんです。家賃とか全て出せば、バイトをやめることが出来て、少し家事をやった後は自由に過ごせるのではないかと考えたのです。俺の見通しというか、考えが甘かったのかもしれません。気付かないうちに、こんなに無理をさせていたなんて」
医者は少し呆れた顔をした。
「はあ、もう、謝るならぼくじゃなくて、彼に謝ってください。それに貴方たちも相当疲れてますよね? そちらの方はモデルの方とお見受けしますが、たまには休みを取ってください。ええと、マネージャーさん? も合わせて普通に寝不足です。そんなんだと全員ぶっ倒れますよ。体調管理どうなってんですか、ほんと」
この医者には悪気はないだろうが、言葉が冴木にぐさぐさと突き刺さっている。というか、なんか普通にトゲあるな、この医者。
「そもそも最近の会社とかクソ過ぎません? ブラック企業とか最悪ですよ。待遇も悪けりゃ効率も悪い。ぼくらの仕事と自殺者を増やすだけの諸悪の根源です。全く、嫌な世の中ですね」
医者は喋りながら処方箋を出して、看護師に手渡した。
「とりあえず解熱剤を出しておきますね。フグ中毒の方は少しずつ回復傾向に向かっているあたり、毒は既に吐き出しているでしょうから問題ないと思います。……まあ、そうじゃなかったら今頃呼吸困難で死にかけているでしょう。微量とはいえ、フグ毒は半日ほどで急激に症状が悪化することがありますからね」
さっさと病院連れて来いよと言いたげな目で見られるが、こちらだって事情があるし、まさかそんな危険なものだとは思わなかったので仕方ない。…………俺が当たった毒だって、腹を下す程度の毒だったから。
だが、もし微量じゃなくて、吐き出したりもしていなかったらと思うと、ぞっとする。下手したら死んでいたかもしれないのだから。
医者に礼を言って、俺たちは家に帰った。
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