憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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不遇な人生

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意識が朦朧として、視界が歪む。
体中が怠くて、熱くて、辛かった。



その意識の合間を縫うように、誰かの声が優しい言葉をかけてくれるのが聞こえる。
それが誰の声かよくわからないが、安心する声であることは確かだった。


頭の下がひんやりと冷たくなる。火照った体にはそれが気持ちよくて、先程より気分が楽になった。


「食べられるか?」


先程の声が聞こえて、口元に何かが運ばれる。
…………嫌だ、食べたくない。

人からもらったものなんて、何が入っているか分からない。
そんなこと、身をもって知っている。


誰か分からないけど、この人が安心できる人なのは分かる。
でも、それとこれとは話が別。
食べられる以前に、喉が受け付けない。

卵の味がする卵を食べたときとか、胸焼けしてるときの焼き肉みたいな感じ。


拒否し続けていたら、相手は諦めてくれた。



「話せます?」


次に聞こえてきたのは、知らない男の人の声。僕に話しかけているみたいだったから、僕は何かを答えようとした、もしくは答えたと思う。
何を話したかは覚えていない。


気付くと、またあの人の声がしていた。
何故だか謝っているようだ。


…………謝られるようなこと、何かされたっけ。
何にも思い当たらないな。


頭にふわりと手が触れて、優しく頭を撫でられる。
何とか薄目を開けると、歪んだ視界の中で女の人のような人影が見える。

その人は、少し笑ったようだった。
僕の頭をぽんぽんと叩くと、立ち上がって何処かに行こうとした。

待って。
行かないで。

僕を置いていかないで。
一人にしないで。

父さんも母さんも、どうして僕を置いていくの?
どうして僕も連れて行ってくれなかったの?
行くなら僕も連れて行って。


急に温かいものに体を包まれて、一泊遅れて安心感が訪れる。
同時に猛烈な眠気に襲われて、僕は吸い込まれるように眠りについた。


†―――――――――――――――――――――――――――†

(有栖side)


腕の中で安心したように眠る青年を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
熱に浮かされているからか、少し情緒が不安定になっていた。

こんなになるまで放っていたことを謝って、色々と話しかけていたら目を覚ましたので、もう一度粥を食べさせてみようと思い立ち上がったのだが、遊沙に服を引っ張られて結局行けなかった。

「……行かないで」

そう言った彼はとても悲しげで、部屋に一人にするのは忍びなかった。普段感情を出さない彼だが、今は目に涙が浮かぶくらい悲しそうにしていて、胸が締め付けられた。

思わず抱きしめて背中をさすると、ほっとしたように眠ってしまった。

この様子だと、まだ飯は食べられないかもしれない。
粥ですら無理なら、解熱剤を飲ますのは難しそうだ。
もう少し回復を待つか。

…………今まで聞かないようにはしていたが、彼の両親は本当にこの子を大切にしているのだろうか?
彼は両親について多くは語らないし、連絡もあまり取っていないようだ。住んでいた家からして仕送りもなさそうだしな。彼の住所変更手続きの時も、彼に何か言った様子はなかった。
普通、住処を急に変えると言ったら反対するとか場所や理由を聞くとかすると思うのだが。

…………考えても仕方ないか。彼が元気になって、少し余裕が出来たら聞いてみることにしよう。
頑なにバイトをやめない理由も聞いて、これからは無理をさせないようにしないと。

仕事はしばらくキャンセルだな。運転免許も取りたいし。
仕事先には迷惑をかけるが、仕方ない。今月の仕事はとりあえず終わらせて、来月は休業するか。

明日の仕事先には先程キャンセルを入れてもらった。この状態の遊沙を放置して仕事に行けるほど、プロ根性は出来ていない。暴行事件のときみたく冴木に任せてタクシーで行くという手もあるが、あのときと違って彼から離れたくなかった。


明日は、彼が良くなるといいな。
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