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第3話 外野は楽しんでいるだけ
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「だよな。解ってる、悪い癖だ。でも、これでも一応は准教授なわけで、社会のあれこれに揉まれているんだ。知り合いだったら誕生日だから来いって言われても、その日に予定がなかったとしても行かないけどねえ。面識ないうえに、しかも内々のパーティーって。嫌がらせかな、これも」
「それはないと思いますけど」
たしかに千春の性格を熟知しているのならば新手の嫌がらせとも取れるが、相手は名の知れた画家であり、しかも七十四歳という立派な年齢の人だ。あり得ないだろう。しかし、急な手紙の上に謎の招待。真意を掴みかねる。
「じゃあ、まあ、行くしかないか」
「そうですね。頑張ってください」
渋々と手紙を拾い上げ、入っていた返信用はがきに出席と丸をする千春だった。
「という感じで、先生は今、いません」
「へえ」
あれから一週間後。
嫌そうな顔をして出かけて行った千春を見送った翔馬は、研究室にやって来た千春の同僚、藤井英士に事情を説明していた。
英士も同じく人工知能を研究していて、こうしてよくやって来るのだ。意見交換が目的と本人は言うが、サボるのが目的なのは明らかだと翔馬は思っている。そして、今日も千春がいないことを知らずにやって来た。そこで、暇をしていた翔馬が面白おかしく事細かに説明したというわけだ。
英士は千春と違い、いかにも理系研究者という顔立ちをしている。立場は千春と同じく准教授。この大学の若手二大出世頭と呼ばれている。
が、こちらもそんな噂をされるほど出世にガンガンしているタイプではなく、のんびりした性格だった。
「面白いでしょ。謎の招待状ですよ。どうして先生が招待されたのか。気になりますよね。だって、第一線で活躍する人工知能研究者でいいのならば、藤井先生でも良かったわけですし」
「さあ、それはどうだろう。俺の研究はあいつのより、ありきたりだからな。画像分析の一種だし。それに人工知能分野は今、群雄割拠だからね。安西のような変わった絵を描く人なら、当たり障りのない研究をしている奴より、千春に興味を持って当然かもって思うよ。で、他にも三人が招待されているんだろ。どういう奴だ」
研究室の主がいなくても勝手に寛ぐ英士は、勝手にコーヒーを淹れて長居する気満々だ。どうして安西青龍は千春を招待したのか。なかなか面白い話題だ。それに他の招待客というのも気になった。
「これです。一覧表は置いて行ったんですよ」
翔馬はこれだと一覧表を英士に渡す。そこには事細かにプロフィールも書かれていて、どういう人物か一発で解るようになっている。これもまた、悪戯ではなく本物の招待状と解釈できた理由だ。
「ほう。また職業がバラバラなんだな。どういう基準で選んだんだ?」
一覧表に書かれていた職業を見て、英士は首を捻ることになる。てっきり学者を集めたのかと思えば、そうでもない。四人の職業はバラバラだった。
一覧表に書かれていたのは千春を除くと、緒方忠文が弁護士、今井大地が小説家、そして安達友也が建築家だった。別に変人ばかりを選んだわけでもなさそうである。
「全員が先生と呼ばれる職業だってことくらいですかね」
「そうだな。後は全員が男ってことくらいか。色気もへったくれもないな。つまらないパーティーになりそうだ」
共通項はそれくらいかと、英士はさらにプロフィールを見る。が、緒方が四十七歳で、今井が二十二歳、そして安達が三十五歳と年齢もバラバラだ。いや、安達だけが千春と同い年だが、かといって共通項とは言えない。
「しかもこれは話題に困るな。千春の奴、そのホストの安西自体も知らないんだろ」
「あの性格ですから急ピッチで調べて、一夜漬けはしてましたけど、まあ、ほぼ話題はないでしょうね」
話題に困るパーティー。しかも知り合いはいない。ひょっとして新手の嫌がらせだったのだろうかと、翔馬も心配になる。
「まあ、あいつの場合は喋らなくても大丈夫か。知らない人の前に出ると、完璧なまでに演技して誤魔化すからな。それに自分で墓穴を掘るタイプでもないから、黙りこくって済ませるだろう。あいつも大変だよね。なまじ容姿が整っていているだけに、実際は駄目な奴ってのを表に出せないんだから」
「で、ですよね」
二人は心配するだけ無駄かと笑う。千春がパーティーで失態を演じることはないだろう。
そう、英士が指摘したように取り繕うのはお手の物だ。知り合いの前でしか適当な態度を出す奴ではない。見た目と性格の乖離を演技という手段で乗り切るタイプだった。最終手段はその容姿に物を言わせて黙りこくる。なんとも狡猾な手段を使う性格をしていた。
が、どうにも心配だ。この頃続く嫌がらせがより心配に拍車をかける。このパーティーに何もないと、誰も断言できない。
興味を持つ理由は推理できるものの、どうして画家人生六十周年というめでたい席に見ず知らずの千春を呼んだのか。あまりに不可解だ。
「あれだ。宮路にもこの話をしておこう。で、感想を聞く。それならば素人判断よりいいんじゃないか」
「ああ。それがいいですね」
二人は頷き合うと、そうしようと翔馬がスマホを手にする。宮路というのは、フルネームを宮路将平といい、千春と高校時代から付き合いのある男であり、さらに現在警察官をしている奴だ。しかも捜査一課の刑事。今までの嫌がらせも彼には総て話してある。
「それにしても、画家からの招待状ねえ」
そんなこと現実にあるんだなと、英士はこの時には完全に他人事だった。
「それはないと思いますけど」
たしかに千春の性格を熟知しているのならば新手の嫌がらせとも取れるが、相手は名の知れた画家であり、しかも七十四歳という立派な年齢の人だ。あり得ないだろう。しかし、急な手紙の上に謎の招待。真意を掴みかねる。
「じゃあ、まあ、行くしかないか」
「そうですね。頑張ってください」
渋々と手紙を拾い上げ、入っていた返信用はがきに出席と丸をする千春だった。
「という感じで、先生は今、いません」
「へえ」
あれから一週間後。
嫌そうな顔をして出かけて行った千春を見送った翔馬は、研究室にやって来た千春の同僚、藤井英士に事情を説明していた。
英士も同じく人工知能を研究していて、こうしてよくやって来るのだ。意見交換が目的と本人は言うが、サボるのが目的なのは明らかだと翔馬は思っている。そして、今日も千春がいないことを知らずにやって来た。そこで、暇をしていた翔馬が面白おかしく事細かに説明したというわけだ。
英士は千春と違い、いかにも理系研究者という顔立ちをしている。立場は千春と同じく准教授。この大学の若手二大出世頭と呼ばれている。
が、こちらもそんな噂をされるほど出世にガンガンしているタイプではなく、のんびりした性格だった。
「面白いでしょ。謎の招待状ですよ。どうして先生が招待されたのか。気になりますよね。だって、第一線で活躍する人工知能研究者でいいのならば、藤井先生でも良かったわけですし」
「さあ、それはどうだろう。俺の研究はあいつのより、ありきたりだからな。画像分析の一種だし。それに人工知能分野は今、群雄割拠だからね。安西のような変わった絵を描く人なら、当たり障りのない研究をしている奴より、千春に興味を持って当然かもって思うよ。で、他にも三人が招待されているんだろ。どういう奴だ」
研究室の主がいなくても勝手に寛ぐ英士は、勝手にコーヒーを淹れて長居する気満々だ。どうして安西青龍は千春を招待したのか。なかなか面白い話題だ。それに他の招待客というのも気になった。
「これです。一覧表は置いて行ったんですよ」
翔馬はこれだと一覧表を英士に渡す。そこには事細かにプロフィールも書かれていて、どういう人物か一発で解るようになっている。これもまた、悪戯ではなく本物の招待状と解釈できた理由だ。
「ほう。また職業がバラバラなんだな。どういう基準で選んだんだ?」
一覧表に書かれていた職業を見て、英士は首を捻ることになる。てっきり学者を集めたのかと思えば、そうでもない。四人の職業はバラバラだった。
一覧表に書かれていたのは千春を除くと、緒方忠文が弁護士、今井大地が小説家、そして安達友也が建築家だった。別に変人ばかりを選んだわけでもなさそうである。
「全員が先生と呼ばれる職業だってことくらいですかね」
「そうだな。後は全員が男ってことくらいか。色気もへったくれもないな。つまらないパーティーになりそうだ」
共通項はそれくらいかと、英士はさらにプロフィールを見る。が、緒方が四十七歳で、今井が二十二歳、そして安達が三十五歳と年齢もバラバラだ。いや、安達だけが千春と同い年だが、かといって共通項とは言えない。
「しかもこれは話題に困るな。千春の奴、そのホストの安西自体も知らないんだろ」
「あの性格ですから急ピッチで調べて、一夜漬けはしてましたけど、まあ、ほぼ話題はないでしょうね」
話題に困るパーティー。しかも知り合いはいない。ひょっとして新手の嫌がらせだったのだろうかと、翔馬も心配になる。
「まあ、あいつの場合は喋らなくても大丈夫か。知らない人の前に出ると、完璧なまでに演技して誤魔化すからな。それに自分で墓穴を掘るタイプでもないから、黙りこくって済ませるだろう。あいつも大変だよね。なまじ容姿が整っていているだけに、実際は駄目な奴ってのを表に出せないんだから」
「で、ですよね」
二人は心配するだけ無駄かと笑う。千春がパーティーで失態を演じることはないだろう。
そう、英士が指摘したように取り繕うのはお手の物だ。知り合いの前でしか適当な態度を出す奴ではない。見た目と性格の乖離を演技という手段で乗り切るタイプだった。最終手段はその容姿に物を言わせて黙りこくる。なんとも狡猾な手段を使う性格をしていた。
が、どうにも心配だ。この頃続く嫌がらせがより心配に拍車をかける。このパーティーに何もないと、誰も断言できない。
興味を持つ理由は推理できるものの、どうして画家人生六十周年というめでたい席に見ず知らずの千春を呼んだのか。あまりに不可解だ。
「あれだ。宮路にもこの話をしておこう。で、感想を聞く。それならば素人判断よりいいんじゃないか」
「ああ。それがいいですね」
二人は頷き合うと、そうしようと翔馬がスマホを手にする。宮路というのは、フルネームを宮路将平といい、千春と高校時代から付き合いのある男であり、さらに現在警察官をしている奴だ。しかも捜査一課の刑事。今までの嫌がらせも彼には総て話してある。
「それにしても、画家からの招待状ねえ」
そんなこと現実にあるんだなと、英士はこの時には完全に他人事だった。
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