上 下
3 / 55

第3話 外野は楽しんでいるだけ

しおりを挟む
「だよな。解ってる、悪い癖だ。でも、これでも一応は准教授なわけで、社会のあれこれに揉まれているんだ。知り合いだったら誕生日だから来いって言われても、その日に予定がなかったとしても行かないけどねえ。面識ないうえに、しかも内々のパーティーって。嫌がらせかな、これも」
「それはないと思いますけど」
 たしかに千春の性格を熟知しているのならば新手の嫌がらせとも取れるが、相手は名の知れた画家であり、しかも七十四歳という立派な年齢の人だ。あり得ないだろう。しかし、急な手紙の上に謎の招待。真意を掴みかねる。
「じゃあ、まあ、行くしかないか」
「そうですね。頑張ってください」
 渋々と手紙を拾い上げ、入っていた返信用はがきに出席と丸をする千春だった。



「という感じで、先生は今、いません」
「へえ」
 あれから一週間後。
 嫌そうな顔をして出かけて行った千春を見送った翔馬は、研究室にやって来た千春の同僚、藤井英士ふじいえいしに事情を説明していた。
 英士も同じく人工知能を研究していて、こうしてよくやって来るのだ。意見交換が目的と本人は言うが、サボるのが目的なのは明らかだと翔馬は思っている。そして、今日も千春がいないことを知らずにやって来た。そこで、暇をしていた翔馬が面白おかしく事細かに説明したというわけだ。
 英士は千春と違い、いかにも理系研究者という顔立ちをしている。立場は千春と同じく准教授。この大学の若手二大出世頭と呼ばれている。
 が、こちらもそんな噂をされるほど出世にガンガンしているタイプではなく、のんびりした性格だった。
「面白いでしょ。謎の招待状ですよ。どうして先生が招待されたのか。気になりますよね。だって、第一線で活躍する人工知能研究者でいいのならば、藤井先生でも良かったわけですし」
「さあ、それはどうだろう。俺の研究はあいつのより、ありきたりだからな。画像分析の一種だし。それに人工知能分野は今、群雄割拠だからね。安西のような変わった絵を描く人なら、当たり障りのない研究をしている奴より、千春に興味を持って当然かもって思うよ。で、他にも三人が招待されているんだろ。どういう奴だ」
 研究室の主がいなくても勝手に寛ぐ英士は、勝手にコーヒーを淹れて長居する気満々だ。どうして安西青龍は千春を招待したのか。なかなか面白い話題だ。それに他の招待客というのも気になった。
「これです。一覧表は置いて行ったんですよ」
 翔馬はこれだと一覧表を英士に渡す。そこには事細かにプロフィールも書かれていて、どういう人物か一発で解るようになっている。これもまた、悪戯ではなく本物の招待状と解釈できた理由だ。
「ほう。また職業がバラバラなんだな。どういう基準で選んだんだ?」
 一覧表に書かれていた職業を見て、英士は首を捻ることになる。てっきり学者を集めたのかと思えば、そうでもない。四人の職業はバラバラだった。
 一覧表に書かれていたのは千春を除くと、緒方忠文おがたただふみが弁護士、今井大地いまいだいちが小説家、そして安達友也あだちともやが建築家だった。別に変人ばかりを選んだわけでもなさそうである。
「全員が先生と呼ばれる職業だってことくらいですかね」
「そうだな。後は全員が男ってことくらいか。色気もへったくれもないな。つまらないパーティーになりそうだ」
 共通項はそれくらいかと、英士はさらにプロフィールを見る。が、緒方が四十七歳で、今井が二十二歳、そして安達が三十五歳と年齢もバラバラだ。いや、安達だけが千春と同い年だが、かといって共通項とは言えない。
「しかもこれは話題に困るな。千春の奴、そのホストの安西自体も知らないんだろ」
「あの性格ですから急ピッチで調べて、一夜漬けはしてましたけど、まあ、ほぼ話題はないでしょうね」
 話題に困るパーティー。しかも知り合いはいない。ひょっとして新手の嫌がらせだったのだろうかと、翔馬も心配になる。
「まあ、あいつの場合は喋らなくても大丈夫か。知らない人の前に出ると、完璧なまでに演技して誤魔化すからな。それに自分で墓穴を掘るタイプでもないから、黙りこくって済ませるだろう。あいつも大変だよね。なまじ容姿が整っていているだけに、実際は駄目な奴ってのを表に出せないんだから」
「で、ですよね」
 二人は心配するだけ無駄かと笑う。千春がパーティーで失態を演じることはないだろう。
 そう、英士が指摘したように取り繕うのはお手の物だ。知り合いの前でしか適当な態度を出す奴ではない。見た目と性格の乖離を演技という手段で乗り切るタイプだった。最終手段はその容姿に物を言わせて黙りこくる。なんとも狡猾な手段を使う性格をしていた。
 が、どうにも心配だ。この頃続く嫌がらせがより心配に拍車をかける。このパーティーに何もないと、誰も断言できない。
 興味を持つ理由は推理できるものの、どうして画家人生六十周年というめでたい席に見ず知らずの千春を呼んだのか。あまりに不可解だ。
「あれだ。宮路にもこの話をしておこう。で、感想を聞く。それならば素人判断よりいいんじゃないか」
「ああ。それがいいですね」
 二人は頷き合うと、そうしようと翔馬がスマホを手にする。宮路というのは、フルネームを宮路将平みやじしょうへいといい、千春と高校時代から付き合いのある男であり、さらに現在警察官をしている奴だ。しかも捜査一課の刑事。今までの嫌がらせも彼には総て話してある。
「それにしても、画家からの招待状ねえ」
 そんなこと現実にあるんだなと、英士はこの時には完全に他人事だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

変な屋敷 ~悪役令嬢を育てた部屋~

aihara
ミステリー
侯爵家の変わり者次女・ヴィッツ・ロードンは博物館で建築物史の学術研究院をしている。 ある日彼女のもとに、婚約者とともに王都でタウンハウスを探している妹・ヤマカ・ロードンが「この屋敷とてもいいんだけど、変な部屋があるの…」と相談を持ち掛けてきた。   とある作品リスペクトの謎解きストーリー。   本編9話(プロローグ含む)、閑話1話の全10話です。

影の多重奏:神藤葉羽と消えた記憶の螺旋

葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に平穏な日常を送っていた。しかし、ある日を境に、葉羽の周囲で不可解な出来事が起こり始める。それは、まるで悪夢のような、現実と虚構の境界が曖昧になる恐怖の連鎖だった。記憶の断片、多重人格、そして暗示。葉羽は、消えた記憶の螺旋を辿り、幼馴染と共に惨劇の真相へと迫る。だが、その先には、想像を絶する真実が待ち受けていた。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

友よ、お前は何故死んだのか?

河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」 幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。 だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。 それは洋壱の死の報せであった。 朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。 悲しみの最中、朝倉から提案をされる。 ──それは、捜査協力の要請。 ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。 ──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

処理中です...