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第2話 難ありな性格
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しかし、そんな事実無根なものが瞬く間に拡散していったのだ。それと同時に、千春の名前と顔は多くの人が知ることとなったのである。
中にはイケメンだと女子が騒いだだけというのもあるが、彼女たちの拡散力は馬鹿にならない。こうして、千春は一気に有名人となってしまったのだ。
今の世の中、ネットほど恐ろしいものはない。
「この名前、検索してくれるか」
どうしようかなと悩んだ千春は、この嫌がらせでは絶対に書かれていない裏書を示して言う。
そう、裏書がちゃんと書かれているのが謎なのだ。だから嫌がらせとは断言できない。しかも嫌がらせの類と違ってちゃんとした封筒。しかし、知っている名前ではないのも確かだ。千春は気味悪いなと翔馬に封筒を押し付ける。
「解りました」
検索するために封筒を受け取った翔馬は、その名前を見て驚いた。そこに書かれていた名前は、確かに知り合いではないが、知らない人はいない名前だ。検索するまでもない。
「ええっ。安西青龍。って先生、こんな有名人の名前を知らないんですか」
「え、有名人なの? その人」
仰け反る翔馬に、本当かと疑う千春だ。そんな変な名前、聞いたことがない。
「まあ、先生って美術方面には無縁そうですもんね。有名な画家ですよ。たしか、抽象的な絵を描くんです。こう、よく解らないぐにゃっとしたヤツ」
「君の説明がよく解らないよ。ということは、グー〇ルで検索すれば間違いなく出てくるってことだな」
そう言うと、千春は自分で調べ始めた。目の前に置いてあるデスクトップパソコンで手早く調べる。
「自分で調べられるのに、人に振るんだから」
と、翔馬は文句を言いつつその画面を覗き込んだ。丁度、千春がウ〇キペディアを開いたところだった。
最初に安西の写真が大きく載っている。何かの授賞式の時に撮られたものだろう。紋付き袴姿で賞状を持って立つ老人が写っていた。長く白い顎鬚が特徴的だ。
「現在七十四歳ねえ。でも、何だかこの格好わざとらしいよね」
「え、そうですか。いかにも日本画の巨匠って感じですけど」
「そう、日本画ならばわざとらしくはない。でも、ここ」
千春はパソコンの画面を指差す。そこにはリンクが貼り付けてあることを示す青色で、西洋画と書かれていた。そして抽象画をよく描くと書かれている。さらにダリの再来と呼ばれていると続いていた。
「ああ、そうそう。ダリだ。あの時計が溶けた感じの絵を描く人ですよね」
「ダリの説明はいいよ。今はこの安西って人。どうやら変わり者みたいだけど、どうして招待状なんて送って来たんだろう。というか、何の招待なのか。俺の研究、別に絵画には関係ないんだけど。他の奴がやってるし」
そんな文句を言いつつ、翔馬の手から招待状をもぎ取り、千春は乱暴に封を開けた。そして中身を確認する。
まずは用件を確認しないことには理由が解らない。先ほどの躊躇いはどこへやら、中身を躊躇うことなく掴んだ。
「ああっ。そんなに汚く破っちゃ駄目ですよ」
無残になった封筒を拾いつつ、後で困らないかと心配になる。まあ、中身さえ無事ならば誤魔化しが利く。裏書の書かれている部分は何とか無事だった。
「なになに。『この度、画家として六十周年を迎えるにあたり、内々のパーティーを披くこととなりました。そこで人工知能研究の第一線で活躍される貴殿にも参加をお願いしたいと思っております』だって。いやあ、だったら余計に違う人を呼びなよ。俺じゃないだろ」
招待状を読み上げていた千春が、大声でそんなツッコミを入れた。自分の研究は、たしかに第一線なのだが、一般人には危険で怪しい代物と勘違いされるものだ。画家の六十周年記念に相応しい内容ではないと、研究している千春でも思う。
「ああ。絵画と言えば、人工知能に絵画を描かせるっての、やっているグループありますもんね。しかも競売に掛けられて一千万円で売れたとか。いいなあ。しばらく研究資金に悩まないで済むだろうなあ」
翔馬も途中から違うことを考え始める。なかなか話の進まない二人なのだ。いつもいつでも脱線する。
「そうだな。俺の研究なんて評価される前に嫌がらせを受ける代物だ。いつ研究費の削減を言い渡されるか、解ったもんじゃない」
「だったら軌道修正すればいいでしょ。どうしてあれに拘るんですか。というか、もっとやんわりとした言い方はなかったんですか。明らかに世間から反発を食らいますよ」
そう全力で叫んでから、ふと、何の話をしていたんだっけとなった。翔馬はそうそうと、話を軌道修正する。
「あれですかね。変わり者同士、語り合いたいってことですかね」
「嫌なことを言うなよ。だったら出席しない」
千春は捨ててしまおうかと言う。実際、床に手紙を放り投げた。どうしようもない大人だ。
「さすがに駄目ですよ。出席しないならしないで返事を出さないと。って、招待者一覧ってのが入ってますね」
放り投げたことで、手紙にくっ付いていた紙が剥がれたのだ。そこには招待者一覧として、四人の名前が書かれていた。
「えっ。四人しか招待されていないのか。断り難いなあ。行かなかったらバレバレだしね。空席も目立つだろうし」
「その発言、先生の性格を表していますね」
先ほどまでの振る舞いからすると、嫌の一言で行かないという選択をしそうだが、実はそういう暴挙には出ないのがこの男だ。
というのも、一般常識が非常に乏しい一面があることを自覚している。だから予防線を張るために知り合いには傍若無人な振る舞いをする。
だが一方で、対人恐怖症のきらいがあるのだ。初対面の人を相手にする時、必要以上に演技をしてしまう癖がある。しかも必要以上に完璧であろうと、無駄な努力をしてしまうのだ。
そういう性格だから、気遣いが必要な場には参加したくないのだろう。
中にはイケメンだと女子が騒いだだけというのもあるが、彼女たちの拡散力は馬鹿にならない。こうして、千春は一気に有名人となってしまったのだ。
今の世の中、ネットほど恐ろしいものはない。
「この名前、検索してくれるか」
どうしようかなと悩んだ千春は、この嫌がらせでは絶対に書かれていない裏書を示して言う。
そう、裏書がちゃんと書かれているのが謎なのだ。だから嫌がらせとは断言できない。しかも嫌がらせの類と違ってちゃんとした封筒。しかし、知っている名前ではないのも確かだ。千春は気味悪いなと翔馬に封筒を押し付ける。
「解りました」
検索するために封筒を受け取った翔馬は、その名前を見て驚いた。そこに書かれていた名前は、確かに知り合いではないが、知らない人はいない名前だ。検索するまでもない。
「ええっ。安西青龍。って先生、こんな有名人の名前を知らないんですか」
「え、有名人なの? その人」
仰け反る翔馬に、本当かと疑う千春だ。そんな変な名前、聞いたことがない。
「まあ、先生って美術方面には無縁そうですもんね。有名な画家ですよ。たしか、抽象的な絵を描くんです。こう、よく解らないぐにゃっとしたヤツ」
「君の説明がよく解らないよ。ということは、グー〇ルで検索すれば間違いなく出てくるってことだな」
そう言うと、千春は自分で調べ始めた。目の前に置いてあるデスクトップパソコンで手早く調べる。
「自分で調べられるのに、人に振るんだから」
と、翔馬は文句を言いつつその画面を覗き込んだ。丁度、千春がウ〇キペディアを開いたところだった。
最初に安西の写真が大きく載っている。何かの授賞式の時に撮られたものだろう。紋付き袴姿で賞状を持って立つ老人が写っていた。長く白い顎鬚が特徴的だ。
「現在七十四歳ねえ。でも、何だかこの格好わざとらしいよね」
「え、そうですか。いかにも日本画の巨匠って感じですけど」
「そう、日本画ならばわざとらしくはない。でも、ここ」
千春はパソコンの画面を指差す。そこにはリンクが貼り付けてあることを示す青色で、西洋画と書かれていた。そして抽象画をよく描くと書かれている。さらにダリの再来と呼ばれていると続いていた。
「ああ、そうそう。ダリだ。あの時計が溶けた感じの絵を描く人ですよね」
「ダリの説明はいいよ。今はこの安西って人。どうやら変わり者みたいだけど、どうして招待状なんて送って来たんだろう。というか、何の招待なのか。俺の研究、別に絵画には関係ないんだけど。他の奴がやってるし」
そんな文句を言いつつ、翔馬の手から招待状をもぎ取り、千春は乱暴に封を開けた。そして中身を確認する。
まずは用件を確認しないことには理由が解らない。先ほどの躊躇いはどこへやら、中身を躊躇うことなく掴んだ。
「ああっ。そんなに汚く破っちゃ駄目ですよ」
無残になった封筒を拾いつつ、後で困らないかと心配になる。まあ、中身さえ無事ならば誤魔化しが利く。裏書の書かれている部分は何とか無事だった。
「なになに。『この度、画家として六十周年を迎えるにあたり、内々のパーティーを披くこととなりました。そこで人工知能研究の第一線で活躍される貴殿にも参加をお願いしたいと思っております』だって。いやあ、だったら余計に違う人を呼びなよ。俺じゃないだろ」
招待状を読み上げていた千春が、大声でそんなツッコミを入れた。自分の研究は、たしかに第一線なのだが、一般人には危険で怪しい代物と勘違いされるものだ。画家の六十周年記念に相応しい内容ではないと、研究している千春でも思う。
「ああ。絵画と言えば、人工知能に絵画を描かせるっての、やっているグループありますもんね。しかも競売に掛けられて一千万円で売れたとか。いいなあ。しばらく研究資金に悩まないで済むだろうなあ」
翔馬も途中から違うことを考え始める。なかなか話の進まない二人なのだ。いつもいつでも脱線する。
「そうだな。俺の研究なんて評価される前に嫌がらせを受ける代物だ。いつ研究費の削減を言い渡されるか、解ったもんじゃない」
「だったら軌道修正すればいいでしょ。どうしてあれに拘るんですか。というか、もっとやんわりとした言い方はなかったんですか。明らかに世間から反発を食らいますよ」
そう全力で叫んでから、ふと、何の話をしていたんだっけとなった。翔馬はそうそうと、話を軌道修正する。
「あれですかね。変わり者同士、語り合いたいってことですかね」
「嫌なことを言うなよ。だったら出席しない」
千春は捨ててしまおうかと言う。実際、床に手紙を放り投げた。どうしようもない大人だ。
「さすがに駄目ですよ。出席しないならしないで返事を出さないと。って、招待者一覧ってのが入ってますね」
放り投げたことで、手紙にくっ付いていた紙が剥がれたのだ。そこには招待者一覧として、四人の名前が書かれていた。
「えっ。四人しか招待されていないのか。断り難いなあ。行かなかったらバレバレだしね。空席も目立つだろうし」
「その発言、先生の性格を表していますね」
先ほどまでの振る舞いからすると、嫌の一言で行かないという選択をしそうだが、実はそういう暴挙には出ないのがこの男だ。
というのも、一般常識が非常に乏しい一面があることを自覚している。だから予防線を張るために知り合いには傍若無人な振る舞いをする。
だが一方で、対人恐怖症のきらいがあるのだ。初対面の人を相手にする時、必要以上に演技をしてしまう癖がある。しかも必要以上に完璧であろうと、無駄な努力をしてしまうのだ。
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