【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生1919回血迷った人

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第31話

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 帰るのが遅くなり、冬弥はマンションの下まで送ってくれる。
 しかし、視線の先には一つの人影があった。

「あれ? なんで慎二がここに……」

 と呟いた時、冬弥が一つ深呼吸をして、僕の手を取った。
 しかし、それほど不快感はない。

 居酒屋を出たあと、冬弥は僕を連れ回し、手袋をプレゼントしてくれた。それから公園のベンチで瞑想し始めたかと思うと、指の先でちょんちょんと僕の手や肩をつついて、気持ち悪いかどうか聞き始めたのだ。

 それを何度か繰り返していると、不思議と不快感が和らいだ。

 今は手袋越しの握手くらいなら、特に問題なかった。

「あいつが那月の番か?」

 耳元で囁かれたので、僕は頷く。
 まだ慎二はこちらに気付いていない。それなのに意外と僕の提案に乗り気なのか、恋人っぽい雰囲気を出してくれる。

 なんだか懐かしい。
 こうして手を繋いでいると、昔に戻ったみたいだ。まだ冬弥が優しかったあの頃に。

 一方的な暴力を受けることもなく、優しく僕を気遣って、こうやって手を繋いでデートをして。
 二人で愛を誓いあって、このまま冬弥と番になるんだろうって思っていた。

 そんなことを考えていると、「ごめん」という言葉が隣から降ってきた。

 顔を上げると、何かを伝えようとする冬弥の瞳とぶつかる。そして手を引っ張られ、木陰に連れていかれる。
 慎二が振り向いても見えないような位置だ。

 木を背中に、冬弥を見上げる。

「三年前、那月のこと大切にできなかったこと、本当にごめん」

 冬弥は伏し目がちに、絞り出したような声で呟く。

「何度も謝ろうと思ったんだけど連絡つかなくてさ。それなのにいきなり連絡が来るから、今更なんの用だって今日も初めの方とか那月に当たってた」
「…………」
「本当にごめん」

 胸がギュッと苦しくなる。
 今更、謝られることになるなんて思ってもいなかった。

 あの時は本当に苦しくて、でも逃げる勇気もなくて、あのときの女の子に出会ってなかったら、今でもあの状況が続いていたかもしれない。

 奥歯から歯ぎしりする音が聞こえてくる。

「別に大丈夫。もうそんなこと忘れたから」
「……そうか、忘れたか」

 僕の言葉に何故だか傷ついたような顔をする。
 しかしそれも一瞬。冬弥はまたも耳元に顔を近づけてくる。

「さっきは仕事を辞めろだの、家事をやれだの言ったが、別にそんなことしなくても離婚の手伝いはしてやる。だからもし別れたら、俺とやり直してくれ」

 僕がその言葉に目を瞠る。
 冬弥はもしかして僕のことがまだ……。
 
 それと同時に苦々しい気持ちが湧き上がる。

「それならなんで……」

 DVするようになったのか。そう尋ねようとして辞めた。

 今の僕の目的は、慎二と離婚することで、冬弥に恨み辛みを吐き出すことじゃない。
 冬弥には協力してもらわなければならない。

 僕が「分かった」と頷いた時、とてつもない威圧感のある声が聞こえた。

「おい、そこで何をやっている?」

 声の方を向くと、険しい顔をした慎二がいた。
 説明しようと慎二に近づこうとしたが、それを冬弥に阻まれる。

 そして冬弥は、慎二を睨みつける。

「恋人とイチャついてるだけですが何か? というか、どちらさん?」

 僕は、おぉー! と内心感心した。本当に恋人っぽい!
 冬弥は、僕を慎二から守るような位置で立っている。しかも、手を握って。

 慎二の視線は、その手に注がれている。

「俺は那月の番であり夫だ。その手を離せ」

 腕を掴まれ、慎二の方に引き寄せられた。
 
 空気がとてつもなくピリピリしている。そして、冬弥は冷や汗をかいて固まっている。
 掴まれた腕が鬱血しそうなほど痛い。

 そのまま慎二に引きずられて、マンションの中に連れていかれる。
 エントランスに入った時、冬弥がこちらに走ってくる。

「待てよッ!」

 冬弥はドアが閉まりきる前に滑り込み、慎二の行く手を阻んだ。しかし顔色が悪く、少し走っただけなのに息が上がっている。
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