【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生1919回血迷った人

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第30話

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 冬弥に頼みを聞いてもらったら、昔に逆戻りしてしまうかもしれない。
 せっかく逃げたのに、昔よりも酷い境遇になってしまうのもしれない。

 それでも今は、自分の身よりも慎二の心の方が大切だった。

 だから、意を決して口を開く。

「離婚の……」
「あ、ちょっと待った。電話出ていい?」

 冬弥が電話がかかってきたと、スマホを指で指すジェスチャーをする。

「うん」
「ちょっと待ってろよ」

 僕の肩にポンっと手を置いてから、冬弥は店の外に去っていった。
 一気に鳥肌が立って、吐き気を催す。

 トイレに駆け込むが、吐き出したのは胃液だけだった。

「そういえば昼に吐いてから何も食べてないや……」

 慎二は追い出された後、お粥やコーンスープを僕に食べさせようとしていたが、那月は全て断っていた。

「こんなんでやっていける自信ないなー」

 便器に座って天井を仰ぎ見ていると、スマホが鳴る。
 画面を見れば、慎二からの電話だった。無視をするが、何度も何度もかかってくる。

「出ちゃいけない……出ちゃいけない……」

 今日は弱っているからか、いつも以上に慎二に甘えたくなる。
 今すぐ電話に出て、迎えに来てもらいたい。

 小刻みに息を吐き出しながら、指で画面を押す。通話に出てしまった。

『もしもし、那……』
 
「すみませーん」

 個室の扉がノックされ、肩をビクリと震わせた。
 我に返り、やけに怒った声が聞こえてくる通話を切る。

「大丈夫ですかー?」

 外から聞こえる声に「はいっ」と裏返った声が出る。

「そろそろ出てもらえると助かるんですけど」
「あ、ごめんなさい。すぐ出ます!」

 トイレから出る間もスマホはなり続け、僕は電源を落とした。
 それからテーブルに戻ると、既に冬弥は戻っていた。

「随分遅かったなぁ」
「ご、ごめん」
「それで? 何か話があるんだっけ?」

 喉をゴクリと鳴らす。

「……離婚したいんだ」

 僕が捻り出した言葉に、冬弥は疑問符を浮かべた表情をする。

「実は僕、結婚してて」

 後ろ髪をかきあげて、うなじにある噛み跡が見えるように冬弥に背を向ける。

「番でもあるんだけど、離婚したくて。冬弥には僕の不倫相手役になって欲しいんだ」

 冬弥の顔が険しくなる。
 そりゃそうだ。プライドの高いアルファにこんなこと頼むなんて、僕も自分の頭がどうにかしてると思う。

 冬弥の顔が近づいてきて、首の近くでクンクンと鼻を鳴らす。

「タバコの臭いで分からなかったが……随分執着心が強い相手みたいだな」
「執着心が強い相手?」
「もしかして分かってないのか?」

 僕が首を傾げるのを見て、冬弥が笑う。

「あー、なるほど。面白いな」

 何が面白いのか分からない。しかし、畳み掛けるなら今な気がする。

「もし協力してくれるなら何でもする。僕ができることなら何でも。だから冬弥お願い」

 冬弥の手を取って、両手で握る。
 すると冬弥は顔を顰め、手を離した。

「分かった。離婚の協力はしてやる。だが、俺に触るな」
「なんで?」

 冬弥は「なんでもない」とため息をつく。

「那月、何でもするんだよな?」
「うん」

 僕は何を要求されるのか、身構えた。

「じゃあ、離婚したら俺の家に来い。そして仕事辞めて家事全般やれ」
「それ以外は?」
「特にない」

 てっきりもっと気分が悪くなるようなことを言われると思っていたから驚いた。
 しかし、仕事を辞めるのは困る。

「仕事も辞めないとダメ?」
「辞めないなら手伝わない」
「分かった、辞める」
「生活費は俺が出すから安心しろ」

 冬弥が見たことないような優しい顔をするので、僕はどんな気持ちでいればいいのかよく分からなかった。
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