大正政略恋物語

遠野まさみ

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薔薇の約束

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(琴子さんはただ、旦那さまに振り向いて欲しかっただけ……。たまたま旦那さまが私のことを好いてくださったから、私は琴子さんにならなくて済んだ)

 では、あの時と同じような衝動がもし、未来の自分に訪れたら? その時に今回の琴子と同じことをしないと言えるだろうか? 自問する楓に何を思ったのか、拝礼から顔を上げた健斗は静かに言葉を発した。

「……実を言うと、君が森内と共に居ると堀下殿から聞いた時、少し焦ったんだ。君を信じていられなかった。すまない」

 自信なさげに言葉を継ぐ健斗に、否やを唱える。

「そんなこと……!」

 楓だって、健斗が自分に黙って何処かの女性と会っていた、と聞かされたら、やはり不安に思ってしまうだろう。それが知った相手なら、尚更そうだと思う。

「だが、そんな自分を知ってもなお、君を手放したくないと思ったんだ。だからこれは、この先ずっと、君を危険にさらさず、幸せにするという誓いの証だ」

 健斗はそう言うと、楓の手のひらに硬いものを載せた。それはあの壊されたかんざしの意匠の一部の薔薇で作った、帯留めだった。艶やかなべっ甲細工が、夕刻の光を淡く弾く。

「改めて、と言うところだろうか。楓、これからも私について来てほしい」

 薔薇越しから見つめられた青い視線に返事を返す。

「はい、旦那さま。私は、どんなことがあっても、旦那さまと共に在れれば幸せです。旦那さまのお力になる為に、何でもしたいのです」

 健斗が楓に生きる希望を与えてくれた。であれば、彼の為に出来ることは何でもしたい。楓に出来ることは限られているけれど、自分じゃなくてはできないのだと、いつか言われたい。そう伝えると、健斗は朗らかに笑った。

「君はもう、十分にしていると思うけどな」

 手を握られる。この温度を、離したくない。楓は思いを込めて、健斗の手を握り返した。健斗が破顔する。沈みゆく太陽が、二人の輪郭を照らし出して居た。






<了> 
 
 
 
 
 
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