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めくりめく日々
(5)
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「はは。楓は優秀な生徒だな。よし、ではステップからだ」
そうして子供を引率するかのように体を緩やかに動かし始めた。意図を持った動きは楓に自然に足を出させる。後ろ、右、右、一歩前。ワンピースの裾が揺れ、足元を空気が流れるのとは反対に、手に汗を握る。
「足は体についてくると思えばいい。背筋を立てて、堂々と振舞うんだ」
蒼い瞳がやさしく楓を見つめている。ダンスを教える生徒に向ける慈愛のようなものだと思うのに、これだけ男性と近くに居ることが恥ずかしくて俯いてしまう。すると直ぐに健斗から指摘が飛ぶ。
「ダンス中に相手から目線を逸らすのは失礼にあたるから、しない方が良い。体は相手に預けて。抱かれる意識で居れば良い」
「だ……っ!?」
健斗の爆弾発言に、楓は今度こそ顔を真っ赤にした。林檎が熟して赤くなるような頬の染まり具合だった。健斗は目の前で恥じらう楓の様子を微笑ましく見ていた。
(不思議なものだ。日本の女は私を苛立たせることしか出来ないのかと思っていたが、やはり楓は別か……。まさか、早川に苛立ちを感じるとは思ってもみなかった)
昨日の早川と楓との社史の勉強中の様子を思い出す。楓は熱心に早川の講義を聞き、早川も楓の素直な様子にまんざらでもなさそうだった。月曜日に出社したら、釘のひとつでも刺しておかねばと思う。
「? 旦那さま?」
胸の高さから楓が健斗を覗き仰いだ。
「いや、なんでもない。君は凄いな、と思っただけだよ」
健斗が言うと、楓は至極疑問顔をした。
「? ?」
「今は分からずともよい。いずれ分かって欲しいと思うけれどね」
「はあ……。……?」
疑問を露わに楓は応える。
(それにしても……)
琴子の言葉を楓は振り返る。過去、パーティーで琴子が沢山の男性とダンスを踊ったというのならば、パーティーに参加した男性だって、沢山の女性と踊ったのではないだろうか。では、健斗も? 健斗も今度のパーティーで多くの女性と踊るのだろうか。そう考えたら、胸の仲がもやもやする。はっきり言って、自分が健斗以外の男性と踊らなければならない可能性のことを考えるより、健斗が自分以外の女性と踊ることを考えることの方が、胸が苦しくなる。
(こんなにお美しい旦那さまだもの。正装されて、淑女の皆さまと踊ったら、きっと美しい絵のようだわ……)
それはきっとそうだろう。でもその光景を見るのが嫌だと思う。
(こうやって、二人きりで、ずっと旦那さまと踊っていられたら良いのに……)
自分だけと。自分だけと踊っている健斗であってほしいと思って胸が躍ってしまう。
(ときめいている場合じゃないわ。妻が失敗したら、恥をかくのは旦那さまだわ。旦那さまもそれを分かっているから、練習を申し出てくれた。私の所為で、旦那さまに恥をかかせるわけにはいかない。しっかり覚えなくては)
楓は自分を戒め、健斗のステップに自らを預けた。
そうして子供を引率するかのように体を緩やかに動かし始めた。意図を持った動きは楓に自然に足を出させる。後ろ、右、右、一歩前。ワンピースの裾が揺れ、足元を空気が流れるのとは反対に、手に汗を握る。
「足は体についてくると思えばいい。背筋を立てて、堂々と振舞うんだ」
蒼い瞳がやさしく楓を見つめている。ダンスを教える生徒に向ける慈愛のようなものだと思うのに、これだけ男性と近くに居ることが恥ずかしくて俯いてしまう。すると直ぐに健斗から指摘が飛ぶ。
「ダンス中に相手から目線を逸らすのは失礼にあたるから、しない方が良い。体は相手に預けて。抱かれる意識で居れば良い」
「だ……っ!?」
健斗の爆弾発言に、楓は今度こそ顔を真っ赤にした。林檎が熟して赤くなるような頬の染まり具合だった。健斗は目の前で恥じらう楓の様子を微笑ましく見ていた。
(不思議なものだ。日本の女は私を苛立たせることしか出来ないのかと思っていたが、やはり楓は別か……。まさか、早川に苛立ちを感じるとは思ってもみなかった)
昨日の早川と楓との社史の勉強中の様子を思い出す。楓は熱心に早川の講義を聞き、早川も楓の素直な様子にまんざらでもなさそうだった。月曜日に出社したら、釘のひとつでも刺しておかねばと思う。
「? 旦那さま?」
胸の高さから楓が健斗を覗き仰いだ。
「いや、なんでもない。君は凄いな、と思っただけだよ」
健斗が言うと、楓は至極疑問顔をした。
「? ?」
「今は分からずともよい。いずれ分かって欲しいと思うけれどね」
「はあ……。……?」
疑問を露わに楓は応える。
(それにしても……)
琴子の言葉を楓は振り返る。過去、パーティーで琴子が沢山の男性とダンスを踊ったというのならば、パーティーに参加した男性だって、沢山の女性と踊ったのではないだろうか。では、健斗も? 健斗も今度のパーティーで多くの女性と踊るのだろうか。そう考えたら、胸の仲がもやもやする。はっきり言って、自分が健斗以外の男性と踊らなければならない可能性のことを考えるより、健斗が自分以外の女性と踊ることを考えることの方が、胸が苦しくなる。
(こんなにお美しい旦那さまだもの。正装されて、淑女の皆さまと踊ったら、きっと美しい絵のようだわ……)
それはきっとそうだろう。でもその光景を見るのが嫌だと思う。
(こうやって、二人きりで、ずっと旦那さまと踊っていられたら良いのに……)
自分だけと。自分だけと踊っている健斗であってほしいと思って胸が躍ってしまう。
(ときめいている場合じゃないわ。妻が失敗したら、恥をかくのは旦那さまだわ。旦那さまもそれを分かっているから、練習を申し出てくれた。私の所為で、旦那さまに恥をかかせるわけにはいかない。しっかり覚えなくては)
楓は自分を戒め、健斗のステップに自らを預けた。
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